タンザナイト――2―5
文字数 2,523文字
ベンチに座って一度帰るかこのまま理久を待つか、なんて考えているとその本人が公園に現れた。
「お兄さん、今日は早いですね」
「まあ、色々あったんだよ。色々な」
「お兄さんも大変そうですね」
どんなことを想像したのか知らないが、苦笑いを浮かべているという事は同情されたと捉えていいのだろう。
「俺のことより、お前は彼女とかいないのか。いつも俺といるけどさ」
「いないですよ、彼女なんて。告白は二回ほどされましたけど、振りました」
まるで興味が無いように淡々としていた。
理久は見た感じでは中学生くらいなので、あまり男女の付き合いに興味を持たない奴がいても不思議でもないのだろう。
俺も中学生の頃は、襲い来る秘密結社を薙ぎ倒す妄想に耽ったり、部屋に引きこもってゲームをしていたものだ。
「あと何年かした時、あの時受けておけばって、思うかもよ」
「――無いですよ、絶対」
一切の迷いもないその言葉に、今まで告白なんてされたこともない俺は変な笑顔を浮かべてしまう。
「そうです。一つ、例え話をしませんか、お兄さん」
「おう、俺はいいけど。どうした突然」
「それでは。もし、お兄さんがお兄さんではなく、お姉さんだったら。僕のことどう思いますか」
「なんだ、そのよくわかんねえ質問」
理久は目を瞑ると、胸に手を当てて何も言わなくなる。そうやって返答を強制しているのだろうか。
「そうだな、今と同じようになんとなく会って話している年下の男の子、とかじゃないかな。よくわかんねえけどそんなもんじゃないのか」
「なら、胸の大きい子の方が好き?」
「あー、悪い。あんまり考えたことないや。俺の知り合いに胸の大きい女性ってあんまりいない気がするからな。想像できないな」
この世界に来てからの話ではなく、俺の知っている女性、母さんや学校の先生その全てを含めての話だ。
「それじゃあお兄さんの好みってどんな人なの」
どんな人が好きか、そんな話をした覚えは何度かあったが、芸能人でいうとなんて言われても、肝心の芸能人に疎い俺はまともに答えたことは無かった。
今、目を閉じてじっくり考えてみると、初恋のお姉さんや、愛梨さんの姿が頭をよぎる。
「多分だけどさ、自分よりちょっと年上の相手、とかじゃないか」
「ふーん、そうなんだ」
自分で聞いた割にはまるで興味がなさそうだった。
お前から聞いてきたんだろなんて思ったが、内容が内容なだけに俺はそんなことで争うような小さい人間ではない。
正直に言うならどうでもよすぎて指摘すら面倒くさいだけだが。
「お兄さん」
俺の袖を理久は力なく掴む。
「少し、用事を済ましてきますね。すぐ戻ってくるので」
「そうなのか。なんか悪いことしたな」
「大丈夫ですよ。気にしないでください」
急ぎの用というわけではないのか急いでいる様子はなく、自然に歩いていた。
すぐ戻ってくるとのことなので、ここで待っていればいいのだろう。
ベンチに戻って日が昇りだした空を呆然と眺めると、たったそれだけで何かをしようというやる気がかなりの勢いで削がれていく。
名前も知らない鳥がどこかへと飛んで行った。
あまりにも暇だからか、それともとても眠いからか大きな欠伸が出る。
動くのも面倒に思い、眠くてもぐだぐだとベンチの上で溶けていた。
自分では起きているつもりだったのだが、眠っていたのかいつの間にか目の前に理久がいた。手にはいつも通り白い花を持っている。
「寝不足ですか」
「そういうのじゃない。ただ、のんびりしてた」
「お兄さんってのんびり屋さんなんですね」
理久はおどけたように笑って言った。
「俺はすーぱー無気力まんだからな」
「誰かと遊ぶより毛布に包まってる方が好きだったり?」
「まあ、そうなのかもなあ」
自分でもだらしないと思うが、ゆっくりと伸びをしながら答える。
「あれだな、俺のやるきにみちみちたこのゆうしをめに、焼き付けるのだな」
ベンチにくつろぎながらやる気なく宣言したせいか、理久の表情は思いの外苦々しい。
「理久は普段何してるんだ?」
「なんだろうね、何してると思う?」
「知らねえよ、ゲームでもしてるのか」
からかっているような顔の理久に溜息交じりに返す。
「お兄さん結婚願望とかないの」
こちらの問いに答えないどころか向こうから飛んできた。
「お前なあ、俺を何歳だと思ってんだよ」
そんなに老けて見えるのかと思うと、女性でなくともなかなか辛いものがある。
「十七プラマイ一歳くらいだと思ってるんだけど、違ったかな?」
「あってるよ。わかってるなら、なんで――」
そこまで気が付いて口を噤む。
ここは日本ではないので俺の年齢で結婚するのも問題ではない、或いは普通の可能性があるのだ。
深く息を吐いて呼吸を整える。
「例えあったとしても生まれてこのかた彼女なんかいない、年齢イコール彼女いない歴の俺にはしばらく出来そうもないな」
皮肉を言うように、自嘲するように言う。
理久は何も言わない。何か追及しようとも茶化そうともしない。ただ、どこか満足そうないし、安心から来る喜びのような笑みを浮かべるだけだった。
「それなら今は彼女募集中なんですか?」
「まあ、そうだな」
気になる人はいるけどと続けよとも思ったがやめた。配慮や小難しい理由があったわけではなく、ただ言わなかった。
「そう、ですか」
気の抜けたような返事をすると理久は俯いてぼそぼそと何かを呟く。
もしかすると何も言ってないのかもしれない。それくらい小さな声で、実際にはただの気のせいで、何も言っていないのかもしれない。
「それでは僕は帰ります。その前にこれを」
いつものように花を渡される。八本目だ。
「おう、またな」
少しづつ離れていく後姿を見つめていると一つ質問したいことが出来たが、今日はいいかと頭の隅へと押し込む。
灰色のビルやガラス張りのビルが青い空へと伸び、緑色に繁る草木は風に吹かれて白色の雲は揺蕩う。
「この世界は、ああ、本日も晴天也」
やけに甘いジュースを片手に持って公園を後にする。
「お兄さん、今日は早いですね」
「まあ、色々あったんだよ。色々な」
「お兄さんも大変そうですね」
どんなことを想像したのか知らないが、苦笑いを浮かべているという事は同情されたと捉えていいのだろう。
「俺のことより、お前は彼女とかいないのか。いつも俺といるけどさ」
「いないですよ、彼女なんて。告白は二回ほどされましたけど、振りました」
まるで興味が無いように淡々としていた。
理久は見た感じでは中学生くらいなので、あまり男女の付き合いに興味を持たない奴がいても不思議でもないのだろう。
俺も中学生の頃は、襲い来る秘密結社を薙ぎ倒す妄想に耽ったり、部屋に引きこもってゲームをしていたものだ。
「あと何年かした時、あの時受けておけばって、思うかもよ」
「――無いですよ、絶対」
一切の迷いもないその言葉に、今まで告白なんてされたこともない俺は変な笑顔を浮かべてしまう。
「そうです。一つ、例え話をしませんか、お兄さん」
「おう、俺はいいけど。どうした突然」
「それでは。もし、お兄さんがお兄さんではなく、お姉さんだったら。僕のことどう思いますか」
「なんだ、そのよくわかんねえ質問」
理久は目を瞑ると、胸に手を当てて何も言わなくなる。そうやって返答を強制しているのだろうか。
「そうだな、今と同じようになんとなく会って話している年下の男の子、とかじゃないかな。よくわかんねえけどそんなもんじゃないのか」
「なら、胸の大きい子の方が好き?」
「あー、悪い。あんまり考えたことないや。俺の知り合いに胸の大きい女性ってあんまりいない気がするからな。想像できないな」
この世界に来てからの話ではなく、俺の知っている女性、母さんや学校の先生その全てを含めての話だ。
「それじゃあお兄さんの好みってどんな人なの」
どんな人が好きか、そんな話をした覚えは何度かあったが、芸能人でいうとなんて言われても、肝心の芸能人に疎い俺はまともに答えたことは無かった。
今、目を閉じてじっくり考えてみると、初恋のお姉さんや、愛梨さんの姿が頭をよぎる。
「多分だけどさ、自分よりちょっと年上の相手、とかじゃないか」
「ふーん、そうなんだ」
自分で聞いた割にはまるで興味がなさそうだった。
お前から聞いてきたんだろなんて思ったが、内容が内容なだけに俺はそんなことで争うような小さい人間ではない。
正直に言うならどうでもよすぎて指摘すら面倒くさいだけだが。
「お兄さん」
俺の袖を理久は力なく掴む。
「少し、用事を済ましてきますね。すぐ戻ってくるので」
「そうなのか。なんか悪いことしたな」
「大丈夫ですよ。気にしないでください」
急ぎの用というわけではないのか急いでいる様子はなく、自然に歩いていた。
すぐ戻ってくるとのことなので、ここで待っていればいいのだろう。
ベンチに戻って日が昇りだした空を呆然と眺めると、たったそれだけで何かをしようというやる気がかなりの勢いで削がれていく。
名前も知らない鳥がどこかへと飛んで行った。
あまりにも暇だからか、それともとても眠いからか大きな欠伸が出る。
動くのも面倒に思い、眠くてもぐだぐだとベンチの上で溶けていた。
自分では起きているつもりだったのだが、眠っていたのかいつの間にか目の前に理久がいた。手にはいつも通り白い花を持っている。
「寝不足ですか」
「そういうのじゃない。ただ、のんびりしてた」
「お兄さんってのんびり屋さんなんですね」
理久はおどけたように笑って言った。
「俺はすーぱー無気力まんだからな」
「誰かと遊ぶより毛布に包まってる方が好きだったり?」
「まあ、そうなのかもなあ」
自分でもだらしないと思うが、ゆっくりと伸びをしながら答える。
「あれだな、俺のやるきにみちみちたこのゆうしをめに、焼き付けるのだな」
ベンチにくつろぎながらやる気なく宣言したせいか、理久の表情は思いの外苦々しい。
「理久は普段何してるんだ?」
「なんだろうね、何してると思う?」
「知らねえよ、ゲームでもしてるのか」
からかっているような顔の理久に溜息交じりに返す。
「お兄さん結婚願望とかないの」
こちらの問いに答えないどころか向こうから飛んできた。
「お前なあ、俺を何歳だと思ってんだよ」
そんなに老けて見えるのかと思うと、女性でなくともなかなか辛いものがある。
「十七プラマイ一歳くらいだと思ってるんだけど、違ったかな?」
「あってるよ。わかってるなら、なんで――」
そこまで気が付いて口を噤む。
ここは日本ではないので俺の年齢で結婚するのも問題ではない、或いは普通の可能性があるのだ。
深く息を吐いて呼吸を整える。
「例えあったとしても生まれてこのかた彼女なんかいない、年齢イコール彼女いない歴の俺にはしばらく出来そうもないな」
皮肉を言うように、自嘲するように言う。
理久は何も言わない。何か追及しようとも茶化そうともしない。ただ、どこか満足そうないし、安心から来る喜びのような笑みを浮かべるだけだった。
「それなら今は彼女募集中なんですか?」
「まあ、そうだな」
気になる人はいるけどと続けよとも思ったがやめた。配慮や小難しい理由があったわけではなく、ただ言わなかった。
「そう、ですか」
気の抜けたような返事をすると理久は俯いてぼそぼそと何かを呟く。
もしかすると何も言ってないのかもしれない。それくらい小さな声で、実際にはただの気のせいで、何も言っていないのかもしれない。
「それでは僕は帰ります。その前にこれを」
いつものように花を渡される。八本目だ。
「おう、またな」
少しづつ離れていく後姿を見つめていると一つ質問したいことが出来たが、今日はいいかと頭の隅へと押し込む。
灰色のビルやガラス張りのビルが青い空へと伸び、緑色に繁る草木は風に吹かれて白色の雲は揺蕩う。
「この世界は、ああ、本日も晴天也」
やけに甘いジュースを片手に持って公園を後にする。