違反/好意

文字数 654文字

 通勤時の朝、勤務先近くのコンビニで何やら商品を物色する職場の同僚のAさんを見つけた。今日のお昼に食べるための惣菜パンをよくよく見ていた。僕は少し離れた店内の角からAさんに声を掛けようとしたが躊躇した。こんなに沢山、種類が豊富にあるパンの中からどれを選ぶのだろう。僕は少しく興味がわいた。決して感心できることではないが、覗いてみたいと思ってしまった。
 店員によって丁寧に真っ直ぐに整列されたパン群を前に、Aさんはどれにしようかとしばらく悩んだあと小首を傾げ、人差し指をあご先に付け「これだ」と、はしゃぐような満面の笑顔を見せた。そのわずか一瞬のタイミングであった。本当はAさんの選ぶであろうパンを隠れて盗み見しているはずの僕が、斜めから見えるAさんのその愛くるしい横顔に目を奪われてしまっていたのだ。僕の血液が体中を猛スピードで走り回った。間違いなくスピード違反である。「止まれ!」しかし懸命の制止を無視し走り続け、とうとうAさんの姿に僕の目線は釘付けとなってしまった。

 パンを取ったあと、Aさんはまた最優柔不断な表情へと変わり、近くにいた店員となにやら話し、悩んだあげくにこれと決めたであろうパンを棚に戻して、反対側にあるお弁当のコーナーへと早々と移動してしまった。

 もう僕はAさんがどのパンを選んで、なぜまた棚に戻してしまったかなんてどうでも良い気がした。

 結局、Aさんに声も掛けることが出来ずに茫然とコンビニを出た。冬の冷え冷えとした空気が違反を犯した僕に反省を促すように僕の体を急速に冷やしていった。
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