今日は、近々17歳の誕生日を迎えるりえへ贈るプレゼントを選びに、デパートまで足を運んでいた。
連休中で我が家に泊まりに来てくれているマッキーも、スーパーバイザーとして同行してくれている。
入り口で腰に手を当てると、マッキーは口火を切った。
「さーて、りえちゃんのプレゼント狩りにいくよー、ヒナ♪」
「か、狩るって……」
マッキーのハンターみたいな発言に、ぎょっとしたぼくだけれど、マッキーは人差し指を立てて小さく振る。
「年に一度しかない誕生日だもの。愛を示せるチャンスは大物狙ってこうってコト!」
「うっ……うん! ぼく、がんばるよ!!」
「よしよし、その意気♪」
ぼくは気合を入れなおし、改めてマッキーに向きなおった。それにしても……。
「ねえ、マッキーの私服っていつもすごくかっこいい……!」
マッキーのからだのラインに沿った、白を基調とする丈の長い中華服――『チャンパオ』っていうのかな――……風のそれは、彼をひたすらに神々しく魅せていた。
「あー、デザインいいなぁって思って買ったんだー。ありがと、ヒナもとってもかっこいいよ」
「そ、そうかなぁ……」
一方ぼくは黒地のチェスターコートにダークグリーンのニットを重ね着して、ベージュのパンツという出で立ち。20代男性のファッション、いろいろ調べてみてよかった……!
「中身はどこまでもカワイイけどね」
「それ褒めてくれている!?」
「最大級の賛辞だよ♪さ、レッツショッピング!」
意気揚々と歩きだし、視線でぼくを促すマッキーを、慌ててとととっ、と追いかけた。
***
(りえに自信を持って渡せるかなって思えるプレゼントの)捜査(?)は、きっと独りでは難航していた。
りえはつかみどころのない部分もあるし、特に彼女が思春期に入ってからは、“こういうものがすき”というお話をあまり聞かなくなったからだ。
それでも半日しないで決めることができたのは、マッキーが決定的なアドバイスをくれたから。
「――ひよこモチーフってどうかな?」
「ひよこ?」
「ほらオレ、りえちゃんが所属してる家庭科部をたまに手伝ってるでしょ? そのときお裁縫すると、いつもりえちゃん、ひよこの小物作ったり刺繍入れたりするんだよね」
「そ、そうなんだ……!?」
ちなみにぼくはプログラミング部の顧問を任せてもらっている。週に三回、お茶の時間を挟みつつパソコンでプログラムをするまったりした雰囲気の部活だよ!
でも、本来なら保健医のマッキーに顧問を請け負う義務はないので……。
「マッキーは、本当にがんばり屋さんでえらいね……。でもあまり無理はしないでほしいな」
思わずマッキーに手を伸ばし、頭をなでなですると。
「――もっとして」
驚いたような表情を一瞬しながらも、マッキーは目を細めて、ぼくの手のひらへうれしそうに頭をすりよせた。ぼくはなんだか先生モードになってしまって。
「よしよし、マッキーはいい子ですねっ」
にこにこしながら撫でつづけていると、
「「きゃああぁ〜っ」」
急に響いた黄色い声に驚いて辺りを見回すと、ぼくたちの周囲にはちょっとした人だかりができていた。えっ、どうしたの皆さん……!? 女性がほとんどを占めているそのひとびとからは“尊い”と絶え間なく聞こえて、泣きながら拝んでいるかたもいるのだけれど!!?
「あっ、あの、あの……!?」
ぼくが戸惑っていると、
「……続きはふたりきりでしよっか」
マッキーがぼくの耳許で、それでいて周りへ聞こえるようそう言うと、取り囲むかたがたからぎゃわーっ、みたいなさっきよりすごい悲鳴(?)が轟いた。
「さっ、ヒナ♡」
華麗にぼくをエスコートしてその場を離れるマッキー。
「マ、マッキー!? あの、もしかしてなにか誤解されちゃったんじゃ……?」
「ふふっ、そうだろうね。だからサービスしといた♪ちらっと『眼鏡わんこ×長髪わんこ』って聞こえたから、あのヒトたちの脳内では今頃オレが、あられもない様相を呈してるのかなー」
「……!」
あまり詳しくはないけれど、少しなら男性同士の恋愛について知識はあるので赤くなってしまった。というかマッキー、なんでそんなにうれしそうなんだろう……!?
そんなこんなありつつもお買い物はなんとか終わり、あっという間にりえの誕生日はやってきた。
***
「りえっ、17歳の誕生日おめでとう!」
ここはりえの部屋。
誕生日会を一時ふたりで抜けさせてもらって、ぼくはにこにこしながら、カラフルなリボンでラッピングされている大きな包みをりえに手渡す。
「わ、ヒナくんありがとう……! 開けてもいい?」
「う、うん、どうぞ!」
心を籠めて選んだけれど、やっぱり直接見てもらう瞬間は緊張してしまう。どきどきしながら、りえを見つめた。
「! ひよこの抱きぐるみ……」
家庭科部の『お手伝い顧問』(?)をしているマッキーから直々に、りえが最近、ひよこさんモチーフにはまっているらしいことを知ったぼく。たくさん悩んだけれど最終的には、大きくてふわっふわなこの、ひよこさん抱きぐるみを選んだんだ。
「ひよこさんなのはマッキーに提案してもらったのだけれど……りえ、部屋にいっぱいクッションがあるから。やわらかいものがすきなのかなって思って」
改めて部屋を見渡すと、前来たときと変わらず星やハートを模したクッションがところどころに置いてあって、ちょっとほっとする。
「! ……うん!」
りえはひよこさんをきゅっと抱きしめて、愛らしい満面の笑みを見せてくれた。でもみるみるその表情に『しょっぱさ』みたいなものが混ざりだし、不安げにぼくへ問うた。
「あの、でも……大丈夫? ヒナくん書籍の無差別購入で、お財布事情が危険な状態へ陥ってるのに……」
「なんでそんな節操なしみたいに言うの!?」
確かに、本屋さんや電子書籍のサイトさんで学術書とか見かける度にお会計しちゃったりするけれど!
「大切なりえの誕生日だもの。プレゼントのお金は絶対ちゃんと残すに決まっているよ」
「〜〜!」
「りえ?」
「ヒナくん、そういうのダメ……」
「えええ、どうして!!?」
今の発言に、なにかヘンな要素あった!? ぼくが心底びっくりしていると、
「んーん……。わからないなら大丈夫。でもね、ほんとにうれしい! ありがとう、大事にするね!!」
りえはぱあっと輝く笑顔でお礼を言ってくれて、ぼくももう一度、心から誕生日のお祝いを述べる。
そして、最後まで迷っていたとある候補についてなんとなく話してみる。
「ぼくとしては、眉毛がこれでもかっていうくらい太いひよこさんがエジプトの神様みたいなポーズしてる柄のTシャツもいいなって思ったんだけれど。マッキーに“いろいろな意味でやめとくべきかも”ってアドバイスもらって……」
りえが着たら素敵だと思うんだけど、と照れながら告げたら、
「あとで牧先生に15回くらいお礼言っておく……」
と、遠い目をされてしまった。慌てたぼくは、一生懸命弁明する。
「いやっ、ぼくだってそれが、オシャレかオシャレじゃないかで言ったらとてもオシャレとは言いがたいかなっていうのは百も承知だよ!? けれど、かわいくて知的なりえがおもしろおかしい服を着ていたらって想像するだけで、異様にどきどきしてきちゃうっていうか!!」
「ヒナくんは若干の変態さんだね……?」
あああ!? 本音を言っただけなのに、りえが……りえがどんどん遠くなってゆく……!?!
ぼくはスマートフォンを取りだして、必死に操作を始める。
「えとね、ひよこさん縛りでおしゃれな服だと……あっ、このひよこさん色のワンピースなんか……!」
「……あの、ヒナくん。そもそも男性が女性にお洋服を送る意味って知ってるの?」
「……? えと、自分が似合うかなって思ったデザインを実際に着てもらいたいから……」
詳しく考えたことなんてなかったけれど……。思いついたまま言ったら、りえは抱きぐるみで顔を隠しながら、ぽそりと告げた。
「そのお洋服を、脱がせたいって意味だよ……」
「……――」
ぼくが絶句していると、りえは声色を変えて、ひよこをぴこぴこ動かしながら、
「女の子から『これ』を言わせちゃうのも、ダメだぴよ」
……なんて言いつつも、その声はほんの少しだけ震えているものだから。
ぼくがだんご虫みたいになって悶絶しちゃったのは、言うまでもないお話――。
☆☆おわり☆☆