第50話 銭湯に刺青集団が来た

文字数 1,257文字

先日、7時からの予約のキャンセルが二人あり、ぽっかりと1時間空いた。
教室を7時に閉め、桶川駅に向かってランラン気分で散歩する。
桶川駅東口の「日高屋」でビール、餃子、イカの唐揚げを注文した。
ゆっくりと煙草をくゆらせる。
店内はまあまあのお客がいる。この雑沓の中の一人の世界がまた心地よい。
ぼんやりと周囲を眺めながらビールを飲み、つまみをたべまた1本追加した。
小1時間して快い気分で店を出た。
桶川駅東口通りのわき道を右に入る。そこに中くらいのお寺がある。
その横に鄙びた銭湯があった。「梅の湯」と書いてある。看板は汚れて錆びている。
入口の引き戸は少し建てつけが悪く傾いている。
「男湯」「女湯」の張り紙が入口の引き戸に貼ってある。
入ってみようと思う気持ちになってきた。
引き戸を開ける。右に昔ながらの番台がある。誰も座っていない。
引き戸を開けた音で気づいてか中から40代くらいの男が出てきた。
「いらっしゃい」
「何も持ってないのですがいいですか」
「貸しタオルはあります」
「新しいタオルもあります」

タオルやせっけんを買いそろえ入浴料とで合計650円を払った。
昭和30年代の光景が眼の前にある。ちょうど「おかみさん時間ですよ」の世界だ。
昔ながらの大箱のマッチ。ブリキの灰皿。ガラス戸の向こうには小さな湯船。
人は誰もいない。ゆっくりと裸になり。風呂場の硝子戸をあけた。
ポツンと一人で中に入った。湯船には泡が吹き出している。
超音波風呂と書いてある。中に手を入れるとかなり熱い。
それでも我慢してゆったりと湯船につかり、孤独な一人の世界を楽しんだ。

時計は9時ごろを回っている。看板に4時から10時半までと書いてあった。
誰も来ないでこの銭湯。やっていけるんだろうかとと余計な心配をする。
湯船を出たり入ったりしているうちに、何人かお客が入ってきた。
じいさん二人、若者二人。中年の親父等5~6人が着ているものを脱いでいる。
やばい! 一人目は背中に彫物がある。
消すのを失敗したあとのような汚らしい刺青だ。
二人目、全身真っ黒の総刺青。おかめひょっとこが笑っている。
三人目、両腕に蛇の刺青。4人目、5人目とそれぞれ刺青をしている。

一気に緊張が高まった。湯船から出られない。汗がだくだくだ。
いつまでもこうしてはいられない。
湯船から出て顔を合わせないようにして、鏡の前に行き体を洗い始めた。
すると右左に刺青の男が座った。どっきりカメラの世界と同じだ。
体を小さくして、シャボンをかけないように気を付けた。
水をはねないように、注意しながら体を洗った。
そおっと、そおっと洗い、なにも気にしてないような顔をして、
ゆっくりと体をふきお風呂場から抜け出した。
汗はだくだくと出ている。濡れたままの体に下着をつけズボンとシャツを着た。
入れ墨の人を見ないようにして出口のある番台のほうに向かった。
こういう時に臆病で小心者は幸せだ。コソコソとその場から去ればいい。

銭湯の主人が、「ありがとうございました、またどうぞ」と言った。
なにか、その顔がニヤリと笑っていたような気がした。
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