保育園にお迎えに行ったらね。ケガをしてたよ、なっちゃんが。

文字数 2,034文字

 今日は私の方が定時で上がれたので、久々に保育園に夏美をお迎えに行った。
 いつもは私たちが遅くならない限り、園庭で遊んでいる夏美がいない。
 あれ? と思いながら、私は教室までお迎えに行った。

「ママ~。おかえりなさい」
 私を見つけた夏美は、すぐに私の元に走ってくる。
「ただいま、なっちゃん。良い子にしてたかな? あれ?」
 膝のところに包帯が巻かれている。でも、走っているって事は、大したことないんだよね。

「相沢さん。すみません、少しお時間を頂けますか?」
 保育園の先生が、少し困ったような顔で私に言ってきた。

 夏美を他の先生に頼んで、私は別室の使っていない教室に先生と入る。

「今日、夏美ちゃんが男の子をたたいてしまって」
 え? 
「あ……いえ。夏美ちゃんだけが悪いんじゃないんです。先に男の子の方が夏美ちゃんを突き飛ばして、ケガをさせたので……。それで、夏美ちゃんが相手の男の子をグーでたたいてしまって」
 いやそれ、たたいた……じゃなくて、殴ったって事でしょう?

「夏美が何かその子が嫌がることを言ったとか……」
 それなら、突き飛ばされた夏美にも非がある。

「いえ、これは子ども達や先生方の証言もあるので間違いないのですが。夏美ちゃんが他の子達と遊んでいた所にその男の子がやって来て、いきなり突き飛ばしたのだと」
 それで、身構えも出来ず転んであのケガか……。お迎えが拓海くんじゃ無くて良かったかな? まぁ、先生に文句言ったりはしないだろうけど。

「わかりました。でも、子ども同士の事ですし、うちは気にしませんよ」
 クレーム言う親御さん多いから先生も大変だな……そう思って、私は大丈夫ですよと笑って見せた。

 なのに、先生の顔はまだ暗い。
「それが……相手のお母様の方が怒ってまして……。でも、今回だけじゃないんですよ、あちらがトラブルを起こすの。話し合いの場を持たせても、相手が謝罪するのが当たり前と思っているようでして」

 なるほど、これは先生が困るわけだ。





「……と言うわけなのよ」
 私は、家事を済ませ夏美を寝かせた後に、拓海くんに事情を説明した。
「ふうん。話し合いの場を持てば良い話なんじゃない? お互いの子どもも交えて」
「拓海くん?」
「うん。土日なら当面空いているし、先生に調整してもらおう」
 拓海くんは、冷静にそう言ってきた。なんか、意外……。



 そして、週末。私と拓海くん、夏美の三人で保育園の教室に行った。
 相手方はもう息子さんを連れてやって来ていた。
 私たちは、相手方と迎え合わせで座り、先生方2人は横に座る。

 先生方がトラブルの経緯(いきさつ)を説明してくれていた。あくまでも、男の子が先に突き飛ばしたことも含めて。
「女の子なのに、人を殴るなんてどういう(しつけ)をされてるんですか?」
 相手の母親は、いきなりこちらに文句を言ってきた。

「夏美。相手の子にまず謝りなさい」
 拓海くんがそう言った瞬間、夏美は信じられないって顔をして言う。
「なんで? あいつが先にやったから」
「やり返した時点で、同罪だろう? 夏美」
 拓海くんにいつもの甘さは無い。夏美はしぶしぶだけど、席を立って謝った。
「ごめんなさい」
「申し訳ございません」
 拓海くんと私も深々と頭を下げて謝った。こっちの筋は通したからね。

「さて、こちらもケガをさせられているのですが……」
 謝った後、拓海くんは相手方に、次はそちらの番ですよとばかりに言い出す。

「ちょっと、身体が当たっただけでしょう? ケガと言ってもこけて出来た傷じゃないですか」
「ええ。他の方の証言通り突き飛ばされたのだとしても、私どもは何も言うつもりはありませんでした。子ども同士のトラブルなど、よくある事ですから」
 拓海くんは、にこやかに言っているけど、かなり怒っているなぁと思う。

 それが相手にも伝わったのか
「い……慰謝料を払えばいいんでしょ?」
 そんなことを言い出した。
 それを受けて拓海くんが何か言い出す前に、相手の男の子が椅子から立ち上がって謝って来た。

「つきとばして、ごめんなさい」
 さっき、こちらがしたように深々と頭を下げている。
 拓海くんは、夏美をうながした。
「いいよ。もうしないでね」
「うん。もうしない」

「お子さんの方が、良くわかっているようだ」
 ため息を吐きながら拓海くんは言った。
「申し訳ございません。うちの子が、とんだことを……」
「いえ。良いんですよ。こちらは元々何も言うつもりは無かったのですから」
 穏便に事が収まり、先生方もホッとした表情を見せた。

「なっちゃんにこっちをみてほしくて、つい」
 男の子の言葉に、拓海くんが反応する。
「ちょっと、男同士の話を……」

「じゃ、私たちはこれで失礼します。良いですよね、先生」
「え……ええ。今日はご足労頂いてありがとうございました」
 先生にも不穏な空気が伝わったのか、さっさと私たちを帰そうとしてた。
 
 私は、「ええ~。ちょっと待って、美桂ちゃん」と言っている拓海くんを引きずって、保育園を後にしたのだった。
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