君が好きなんだ

文字数 2,648文字



ある町に一匹の黒ネコがいました
黒ネコはとても臆病でした。一人では散歩もできませんでした
黒ネコはすぐに傷つきました
他のネコから悪口を言われたり、
反対に自分が悪口を言ってしまったりすると、
黒ネコはずっと悩んでしまいました
黒ネコはそんな自分が大嫌いでした
ある日、黒ネコは決心しました
「誰も傷つけず、誰からも傷つけられないようにするぞ」

黒ネコは誰も傷つけないようにしました
最初のころは勢いでひどいことを言ってしまうこともありましたし、
怒って叩いてしまうこともありました
でも黒ネコはがんばって、誰も傷つけないようにしました

黒ネコは何をされても傷つかないようにしました
もちろんとてもつらい時もあったし、
泣きたくなるほど痛いこともありました
でも黒ネコはずっと平気なフリをしました

すると、だんだん黒ネコは誰も傷つけず、
誰からも傷つけられなくなりました
黒ネコはとても喜びました
「僕はもう誰も傷つけないし、誰からも傷つけられないんだ」

気が付くと黒ネコは独りでいることが多くなりました
大好きだったお母さん、お父さんからも離れて、
仲の良かった友達とも会わなくなりました

近くにいると傷つけてしまうかもしれないし、
傷つけられてしまうかもしれないからです

どんどん独りの時間が増えました
でも黒ネコは平気でした
黒ネコにとっては誰も傷つけないこと、
傷つけられないことが一番大事だったのです

黒ネコはいつのまにか独りぼっちになりました



ある日、となり町から一匹の白ネコがやってきました
白ネコは道が分からなくて、たまたま見つけた黒ネコにたずねました
「ねえ、そこのあなた、三毛猫のジローさんがどこに
 住んでるか知らない?」
黒ネコは答えました
「知らないよ、僕はずっと独りなんだ
 誰とも会ってないんだ」
白ネコはキョトンとしてたずねました
「あら?どうして?」
黒ネコは答えました
「誰も傷つけず、誰からも傷つけられないためさ」
白ネコはその答えを聞いて笑いました
「あははは、何それ?変なの」

黒ネコは怒って言いました
「変じゃないよ。どうしてそんなことを言うの?」
白ネコは答えました
「変だよ、そんなの。そんなことしたってさびしいだけじゃない」
「どういうことさ?」
「教えてあげない」
黒ネコは怒ってそっぽを向きました
白ネコはクスクスと笑っています
「あら?怒ってるの?」
「怒ってないよ。用は済んだでしょ?あっちへ行ってよ」
「いや、私はもう少しここにいることにするわ、
 だって、とてもおもしろいもの」
「じゃあ僕が向こうにいくよ」
黒ネコは歩きはじめました
すると白ネコもついてきました
「どうしてついてくるんだ?」
「あら?私もそっちに用があるだけよ?」
「うそだ、そんなの、僕を困らせようとしてるんだ」
「あら?あなたは傷つかないんじゃないの?」
「もちろんそうさ。へっちゃらさ」
「じゃあ、いいじゃない」
「うん」
変だなと思いながら、黒ネコはうまく言いくるめられてしまいました

それから、黒ネコと白ネコは毎日一緒に過ごしました
晴れの日も雨の日も
ある日は丘の上で
ある日は原っぱで
ある日は港で
2匹ならんで座っていました

黒ネコはだんだんと白ネコといるのが好きになりました
白ネコも黒ネコといるのが好きでした
2匹はとても幸せでした

でも黒ネコはとても怖くなりました
もし白ネコに何かしてしまったらどうしよう?
もし白ネコがいなくなったらどうしよう?
もし白ネコに嫌いだって言われたらどうしよう?
黒ネコは怖くて、怖くて仕方ありませんでした
そしてこう思いました

「白ネコといるのはもうやめよう
 もとに戻るんだ
 独りぼっちに戻るんだ
 そしたらもう怖くなくなる」

黒ネコは白ネコに言いました
「もう君とはいたくない、もうついてこないでくれ」
白ネコはびっくりして言いました
「どうして急にそんなことを言うの?何かあったの?」
「もう嫌なんだ、僕は独りになりたいんだ
 もう君と一緒にいたくないんだ
 君が大嫌いなんだ」
白ネコはぽろぽろと泣きました
その涙を見て黒ネコはとても傷つきました
「僕はもう誰も傷つけたくないし、
 誰からも傷つけられたくないんだ
 でも君がいるとダメになるんだ
 だから君とはいられない」
白ネコは泣きながら言いました
「誰も傷つけないし、誰からも傷つけられないなんて、
 そんなのさびしいだけよ
 どうして分からないの?」
「うるさい!とにかくもうこれっきりだ!」
黒ネコは白ネコを置いて走り去りました

それからまた黒ネコは独りぼっちになりました
黒ネコはずっと白ネコのことばかり考えていました
黒ネコは白ネコに会いたかったのです
でも、会えば白ネコを傷つけてしまいます
白ネコを傷つけたら、自分も傷ついてしまいます
黒ネコはずっと白ネコに会いたいのを我慢していました

ある日、黒ネコが横断歩道を渡っているときのことです

キキーッ!!

車が突っ込んできて、黒ネコはひかれてしまいました
黒ネコの黒い毛が血で真っ赤に染まりました
もう助かりそうにありません

その時、黒ネコは思いました

「そうだ、今なら言えるぞ
 
 白ネコに言える
 
 思ってること全部言えるんだ
 
 だって、どうせもう死んじゃうんだから
 
 もう誰を傷つけてもかまわないさ
 
 伝えよう
 
 白ネコに伝えよう
 
 僕の本当の気持ちを」


黒ネコは最後の力をふりしぼって立ち上がり白ネコのもとへ行きました


白ネコは港にいました
黒ネコとよく一緒にきていた場所です
黒ネコはひっそりと歩み寄って、
白ネコの後ろから声をかけました
「久しぶり」
白ネコはおどろいて黒ネコの姿を探しました
「動かないで
 そのままできいて
 君に伝えたいことがあるんだ」
「何よ、どうしたのよ
 私のことなんて嫌いなんでしょ?」

「ごめん、それはウソなんだ
 最後だから
 僕の本当の気持ちを伝えるよ」









「君が好きなんだ

 ようやく言える

 僕は君が好きなんだ

 ずっと君と一緒にいたいんだ」




「どうして今さらそんなこと言うの?」



「今だから言うんだよ

 僕はもう消えるから

 君の気持ちなんて考えない

 君がどんなに傷ついてもいい

 君が好きなんだ

 僕は君が好きなんだ」

白ネコは黒ネコがケガをしていることに気付きました
とてもひどいケガです

「どうしてこんな?」

「車にひかれちゃってさ
 でもよかった
 君に伝えられた
 僕が伝えたかったことを伝えられた
 それだけで十分さ
 僕はいま、すごく幸せなんだ」

「どうしてそんなことばかり言うの?」
 どうして私を傷つけるの?」

「ごめんね
 本当にごめん」

黒ネコはそれっきりしゃべらなくなりました
白ネコは黒ネコのそばで泣きつづけました





おわり
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