第6話 友理奈
文字数 2,619文字
大学のゼミで教授が店舗経営の説明をしている。
俺も孝弘も喫茶店経営が目標だったから、それを重点的に基本から確認した。
白いヒゲを蓄えた、背の低い小太りな教授。まるい顔が赤らんでいて、狭いゼミの教室の温度が高いことが分かる。この教室にいて、俺自身も少し暑い。
教授を中心に、立地、季節メニュー、宣伝、従業員の確保、メニューの工夫、仕入れ、調理、等、色々と話し合う。
孝弘はコーヒーや紅茶の種類にも詳しかった。豆屋と懇意にして店を盛り上げたいと言っている。
「でも、あんまり珍しいコーヒーは高くなるからな。リーズナブルな値段で美味いコーヒーを飲んでほしいんだ。豆は賞味期限がある。珍しい豆は極力仕入れたくない。一般的な上の中くらいの豆で一杯ずつに時間をかけて出したい」
孝弘は隣に座っていた俺にそう語った。
俺も全く同意見だった。
チェーン店では出来ない、手の込んだ、それでいてリーズナブルな値段でコーヒーを楽しめる。それは俺の夢でもあった。そういう喫茶店があればいいな、と思っていたから。
時間のない客には、敬遠されるだろう。
でも日頃の喧騒から逃れて、ここで一休みしたい人には向くのではないか。
「ああ、分かるよ、それ。俺もそういう喫茶店をやってみたいんだ」
気が合うってこういう事なのかな。
二人して同じような店を経営したいと思っている。
そんな俺たちを見て、教授がにこりと笑った。
「君たちは仲直りしたみたいだね」
「え?」
「は?」
二人してあっけにとられて教授に振り向く。
「気が合って何より何より」
白いヒゲを撫でて、教授は俺たちを見て嬉しそうに笑んでいた。
アパートに帰って携帯を確認すると、実家から電話が入っていた。
何かと思ってかけなおすと、先日のお見合い相手の友理奈さんとの交際をOKしたというではないか。
電話番号を教えたからよろしくと言われ、俺自身も母親から友理奈さんの電話番号を教えられた。電話をしろと言われて、俺は激昂した。
余計なことを!
しかし、怒鳴ったって事態が変わるわけではなかった。
父親や母親にしてみれば、このお見合いがとても魅力的なのだろう。
なんせ相手は結構なお金持ちだ。
俺のうちもそれなりにお金に苦労はしないが、友理奈さんの家は俺の家よりも金持ちらしい。家格は俺のうちの方がいいらしく、お金と名前が互いに欲しい双方の利害が一致しているのだ。
取り敢えず登録しておく。万が一かかってきたときに、迷惑電話としてウイルスソフトに弾かれないようにだ。
俺から電話を掛けることはしない。
しかし、次の日にその友理奈さんから電話がかかってきてしまったのだった。
「こんばんは。いま、大丈夫ですか?」
遠慮がちにそう小さな声でかかってきた電話に俺はたじろいだ。
「大丈夫ですよ」
取り敢えず、そう返事をしておく。
「ああ、よかった。この前の話を覚えていますか? 私も和沙さんも映画が好きだって話」
「ええ」
緊張して事務的になってしまう。
「良かったら、一緒に映画を観に行きませんか? 宇宙戦争3を。お好きなんでしょう?」
「ああ、それなんですが、」
俺が返事をする前に、友理奈さんはこころなしかウキウキして話しだした。
「私、和沙さんと観に行けたらって、とっても楽しみにしていましたの。宇宙戦争3って壮大なロマンス映画ですわよね」
ロマンス映画? 俺は迫力のある超大作SF映画だと思ったが。
「二人で観に行くにはとってもいいと思いますの。どうですか?」
宇宙戦争3は、この前孝弘と一緒に観に行ったばっかりだ。
でも、女性にここまで言わせて断る勇気が俺にはなかった。
「分かりました。次の休みあたり、観に行きましょうか」
「わあ、嬉しいですわ!」
こうして俺たちは、奇しくも孝弘と映画を見た同じショッピングモールの映画館で、孝弘と観た同じ映画をみることになった。
私服姿の友理奈さんは、飛びぬけて綺麗だった。長い黒髪、細い首すじ、手首、色っぽくて俺はうっとりしてしまう。この前も思ったけれど、まさに花だ。
映画を観終わって、喫茶店で休憩、そんなところまで孝弘のときと同じコースを彼女は選ぶ。
俺は彼女について行く形で、喫茶店に入った。
席について彼女はうっとりと映画を振り返った。
「サーナ姫と主人公のデールの恋愛が素敵でしたわ。最後には結ばれてハッピーエンドでしたものね」
「えーと、そうでしたっけ? ああ、そうでしたね」
正直、どうでもいい展開の内容だった。
そういえば姫とのロマンス、そんな描写もあったな。
「ガンズも同僚のソフィアと結ばれて、観ていて気持ちが良かったですわ」
「あ、ああ、そう」
そういえばガンズも恋人がいたんだっけ。
戦闘シーンとかヒロイックな内容の方が頭に残っていて、いまいち話についていけない。
孝弘との会話を思い出してしまう。
『あの宇宙船母艦とか最後の主砲ビームとか、凄かったな。迫力があって』
『敵ロボットも精緻ですごかった』
『ああ。あのしゃべる戦闘ロボットな』
『小型戦闘機で、みんなで宇宙要塞を叩くところなんて、鳥肌ものだったよ』
楽しかった。心の底から楽しかった。
友理奈さんとは、映画の見方が違うのだと思った。
それは男と女の感性の違いかもしれない。
ロマンスにときめく彼女は、まったく女性らしくてかわいい。
でも、俺はなにか物足りなく思ってしまう。
手持無沙汰にポケットに手を入れると、そこにはあの日、孝弘がくれた手袋が入っていた。
それを見て、俺の意識は一気に孝弘とのあの日へと戻っていった。
俺の冷たい手を温めてくれた孝弘。
そして、俺が寒くないように手袋をくれた孝弘。
手を振って俺を見送って――
「和沙さん? どうしたんですか?」
「い、いや……なんでもない」
フラッシュバックした。
電車に乗って帰る孝弘を思い浮かべたところで、友理奈さんに現実へ引き戻された。
「何か、思いつめているような顔をしていましたわ」
彼女の顔をみることができない。
きっと悲しそうな顔をしているだろう。
俺が彼女といてもすごく上の空だから。
こんなことなら、初めから映画なんて観に来るんじゃなかった。
どうして孝弘のことばっかり思い出すんだ。
最初は俺のことが好きだと言ったヤツが、すごく嫌だったのに。
なによりこのままの気持ちじゃ友理奈さんに失礼だ。
今度こそ、断ってもらおう。この縁談は縁がなかったのだと。
俺も孝弘も喫茶店経営が目標だったから、それを重点的に基本から確認した。
白いヒゲを蓄えた、背の低い小太りな教授。まるい顔が赤らんでいて、狭いゼミの教室の温度が高いことが分かる。この教室にいて、俺自身も少し暑い。
教授を中心に、立地、季節メニュー、宣伝、従業員の確保、メニューの工夫、仕入れ、調理、等、色々と話し合う。
孝弘はコーヒーや紅茶の種類にも詳しかった。豆屋と懇意にして店を盛り上げたいと言っている。
「でも、あんまり珍しいコーヒーは高くなるからな。リーズナブルな値段で美味いコーヒーを飲んでほしいんだ。豆は賞味期限がある。珍しい豆は極力仕入れたくない。一般的な上の中くらいの豆で一杯ずつに時間をかけて出したい」
孝弘は隣に座っていた俺にそう語った。
俺も全く同意見だった。
チェーン店では出来ない、手の込んだ、それでいてリーズナブルな値段でコーヒーを楽しめる。それは俺の夢でもあった。そういう喫茶店があればいいな、と思っていたから。
時間のない客には、敬遠されるだろう。
でも日頃の喧騒から逃れて、ここで一休みしたい人には向くのではないか。
「ああ、分かるよ、それ。俺もそういう喫茶店をやってみたいんだ」
気が合うってこういう事なのかな。
二人して同じような店を経営したいと思っている。
そんな俺たちを見て、教授がにこりと笑った。
「君たちは仲直りしたみたいだね」
「え?」
「は?」
二人してあっけにとられて教授に振り向く。
「気が合って何より何より」
白いヒゲを撫でて、教授は俺たちを見て嬉しそうに笑んでいた。
アパートに帰って携帯を確認すると、実家から電話が入っていた。
何かと思ってかけなおすと、先日のお見合い相手の友理奈さんとの交際をOKしたというではないか。
電話番号を教えたからよろしくと言われ、俺自身も母親から友理奈さんの電話番号を教えられた。電話をしろと言われて、俺は激昂した。
余計なことを!
しかし、怒鳴ったって事態が変わるわけではなかった。
父親や母親にしてみれば、このお見合いがとても魅力的なのだろう。
なんせ相手は結構なお金持ちだ。
俺のうちもそれなりにお金に苦労はしないが、友理奈さんの家は俺の家よりも金持ちらしい。家格は俺のうちの方がいいらしく、お金と名前が互いに欲しい双方の利害が一致しているのだ。
取り敢えず登録しておく。万が一かかってきたときに、迷惑電話としてウイルスソフトに弾かれないようにだ。
俺から電話を掛けることはしない。
しかし、次の日にその友理奈さんから電話がかかってきてしまったのだった。
「こんばんは。いま、大丈夫ですか?」
遠慮がちにそう小さな声でかかってきた電話に俺はたじろいだ。
「大丈夫ですよ」
取り敢えず、そう返事をしておく。
「ああ、よかった。この前の話を覚えていますか? 私も和沙さんも映画が好きだって話」
「ええ」
緊張して事務的になってしまう。
「良かったら、一緒に映画を観に行きませんか? 宇宙戦争3を。お好きなんでしょう?」
「ああ、それなんですが、」
俺が返事をする前に、友理奈さんはこころなしかウキウキして話しだした。
「私、和沙さんと観に行けたらって、とっても楽しみにしていましたの。宇宙戦争3って壮大なロマンス映画ですわよね」
ロマンス映画? 俺は迫力のある超大作SF映画だと思ったが。
「二人で観に行くにはとってもいいと思いますの。どうですか?」
宇宙戦争3は、この前孝弘と一緒に観に行ったばっかりだ。
でも、女性にここまで言わせて断る勇気が俺にはなかった。
「分かりました。次の休みあたり、観に行きましょうか」
「わあ、嬉しいですわ!」
こうして俺たちは、奇しくも孝弘と映画を見た同じショッピングモールの映画館で、孝弘と観た同じ映画をみることになった。
私服姿の友理奈さんは、飛びぬけて綺麗だった。長い黒髪、細い首すじ、手首、色っぽくて俺はうっとりしてしまう。この前も思ったけれど、まさに花だ。
映画を観終わって、喫茶店で休憩、そんなところまで孝弘のときと同じコースを彼女は選ぶ。
俺は彼女について行く形で、喫茶店に入った。
席について彼女はうっとりと映画を振り返った。
「サーナ姫と主人公のデールの恋愛が素敵でしたわ。最後には結ばれてハッピーエンドでしたものね」
「えーと、そうでしたっけ? ああ、そうでしたね」
正直、どうでもいい展開の内容だった。
そういえば姫とのロマンス、そんな描写もあったな。
「ガンズも同僚のソフィアと結ばれて、観ていて気持ちが良かったですわ」
「あ、ああ、そう」
そういえばガンズも恋人がいたんだっけ。
戦闘シーンとかヒロイックな内容の方が頭に残っていて、いまいち話についていけない。
孝弘との会話を思い出してしまう。
『あの宇宙船母艦とか最後の主砲ビームとか、凄かったな。迫力があって』
『敵ロボットも精緻ですごかった』
『ああ。あのしゃべる戦闘ロボットな』
『小型戦闘機で、みんなで宇宙要塞を叩くところなんて、鳥肌ものだったよ』
楽しかった。心の底から楽しかった。
友理奈さんとは、映画の見方が違うのだと思った。
それは男と女の感性の違いかもしれない。
ロマンスにときめく彼女は、まったく女性らしくてかわいい。
でも、俺はなにか物足りなく思ってしまう。
手持無沙汰にポケットに手を入れると、そこにはあの日、孝弘がくれた手袋が入っていた。
それを見て、俺の意識は一気に孝弘とのあの日へと戻っていった。
俺の冷たい手を温めてくれた孝弘。
そして、俺が寒くないように手袋をくれた孝弘。
手を振って俺を見送って――
「和沙さん? どうしたんですか?」
「い、いや……なんでもない」
フラッシュバックした。
電車に乗って帰る孝弘を思い浮かべたところで、友理奈さんに現実へ引き戻された。
「何か、思いつめているような顔をしていましたわ」
彼女の顔をみることができない。
きっと悲しそうな顔をしているだろう。
俺が彼女といてもすごく上の空だから。
こんなことなら、初めから映画なんて観に来るんじゃなかった。
どうして孝弘のことばっかり思い出すんだ。
最初は俺のことが好きだと言ったヤツが、すごく嫌だったのに。
なによりこのままの気持ちじゃ友理奈さんに失礼だ。
今度こそ、断ってもらおう。この縁談は縁がなかったのだと。