スイッチが入ったワナビ

文字数 1,661文字

 相変わらず、蔵前はめげない女の子だった。
「先輩、合宿に行きましょう!」
「うむ。くるしうない」
 俺が笑みを浮かべながら即答した途端、部室に、なぜか重苦しい空気が立ち込める。
「……新次くん、大丈夫? まだ頭の調子がおかしいんじゃ……」
「先輩、リンゴ剥きましょうか? メロンもありますよ」
「あ、あたしは悪くない悪くない! 悪くないったら悪くなーい!」
 なぜか俺が発言をするだけで、えらい騒ぎだ。いまの別になんにも面白くないと思うのだが。ギャグに厳しい俺としては、ちょっぴり複雑な心境だ。
「……で、合宿か。そろそろマンネリ気味だし、旅に出るか。俺も、創作意欲が湧きまくって書きたくて書きたくて仕方がないからな!」
「そ、そうなんですか……? やっぱり、先輩、なにかスイッチが入っちゃったんじゃ……」
 スイッチってなんぞ。俺はいたって正常だ。アブノーマルではない。
「そ、そうだねっ、新次くんの療養も兼ねて、温泉とかいいかもしれない。ね、みんなで、行こうっ」
 なぜか妻恋先輩も大仰に両手をパンと打って、名案とばかりに何度も頷く。
「あたしは悪くないったら、悪くないのー!」
 なんか俺のかわゆい妹が騒いでいるけど、よしとしよう。なぜか知らんが、いまの俺はとても充実したハッピーな気分なのだ。
 将来の悩み? 未来への不安? そんなことを考えたって、しかたがない。愉快な仲間たちとギャグを繰り広げてればいいじゃないか。
 おーるゆーにーどいずぎゃぐ。のーぎゃぐ、のーらいふ。
「ま、まぁ……ともあれ、合宿ですが……。本当に行きますか?」
「ちょっと、新次くんには休息が必要なんじゃないかな……?」
「うー……こいつ、このままこんなんだったらどうしよう? ……や、やっぱりあたしの責任?」
「うむうむ。よきにはからえ」
 美少女三人が顔を合わせて相談する様子はいいものだ。仲良きことは美しき哉!
この名言を残した武者小路実篤先生の書く恋愛小説は素晴らしい。おすすめである。
「そ……それじゃ、先輩……。もう先輩は十分にがんばりましたから、あとのことはなにも心配せずに、わたしたちについてきてください」
 ――なにもかも忘れてしまえたら、どんなに幸せなことだろうか。
 そんな言葉が、蔵前を見ていると浮かんだ。俺は、なにか忘れてはいけないことを忘れている……気がする。

※ ※ ※

「ねぇ……あんた、本当に大丈夫?」
 家に帰って、学生服のまま正座しながら夕方の子供向けアニメを見ていると、なぜか来未に心配そうな顔をされた。
「ふへへへへへへへ」
 見ていたアニメが面白かったので、つい豪快に笑ってしまう。
「……――っ!」
 そんな俺に対して隣の部屋に退避し、柱からこちらを覗きながら怯える来未。まるで、臆病な猫みたいだ。
「……おまえ、かわいいな」
「ひっ……ひぃいいい――っ!?
 本心からそう言うと、来未の奴は悲鳴を上げて、ズザザッ! とあとずさった。
 そして、神速の素早さでメイド服のポケットから携帯電話(元々は俺の所有物なのだが)を取り出すと、光の速さで操作して、耳に押しあてる。
「あっ、希望おねーちゃん!? 新次、本当におかしい! マジでキチ●イじみてる!」
 これこれ、年頃の少女が、マジでキ●ガイじみてるなんて言葉を使っちゃいかん。かわいい女の子がそんな言葉を使ったら、台無しだぞ? まぁ、かわゆい妹の会話を盗み聞きするのは、紳士のすることじゃないしな。俺は、再びアニメを視聴することにした。
「ふへへへへへへへへ」
 やはり、子供向けアニメは癒されるなぁ……。童心に帰ることほど、人生において楽しいことはない。
 その後、来未は身の危険を感じるとかわけのわからないことを言って、妻恋先輩のところへ泊まりに行った。本当に、意味が分からない。
 さて、メシも食べたし寝るかな。
 おっと……そう言えば、最近日記をつけてなかったら、書かねば――。
 俺は机の引き出しから、日記を取り出した。
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登場人物紹介

末広新次……一次落選を連発するワナビ。高校二年生。

末広来未……未来からやって来た子孫を自称する少女

蔵前明日菜……常に高次まで原稿が残るハイワナビ。高校一年生。

妻恋希望……文芸部部長。高校三年生。

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