第90話 対応

文字数 2,053文字

 マレイのように顔や髪を濡れていくのをラーラは気に留めず曇天の空を見上げる。その視界はすぐにさえぎられた。ノエンが片腕を伸ばすことで広げた自身のマントを立ち尽くすラーラに傘のように差し出して遮っている。ノエンは心配そうにラーラへ尋ねた。

「姉さま。工房長と何を話したんだ?」
「食えない人。導火線に火のついた爆弾を投げてよこしてきた」
「爆弾?」

 ノエンは例え話とわかっていてもその物騒な物言いに思わず聞き返す。

「ええ。あの大剣の技術は取り扱いが難しい。必ず何人もの権力者や商人達の思惑が絡んで揉めるわ。私はその隙をついて一つ稼ごうと考えていたの。でも工房長は私の目の前に独占交渉権をぶら下げてきた」

 ラーラは濡れた顔をてで拭いながら正面の虚空を見つめて語る。

「挑発じゃなく、本気の提案ってことか」
「あの足元を見透かした感じ。私たちが商人としての独立を目論んでいることも知っていたはず。ポートネス商会にではなくラーラ個人にだけ交渉権を譲ってもいいと言っていたわ」

 はぁ、と短くラーラは息を吐く。その顔の眉間には浅いしわが寄っていることがノエンには見て取れた。

「危険とわかっていてもこの機会を逃すようなら商人ではいられない。
 まったく。面倒なことに巻き込まれたものよ。無理矢理に博打の席へ着かされた気分だわ」

 不機嫌に悪態をつくラーラを見てノエンはふっと温和に笑った。

「でも姉さま、その賭けに負けるつもりはないんでしょ」
「もちろん。必ず勝って見せるわ」

 ぎらつく視線でラーラはノエンを見上げ、頼もしく答える。すでにその表情に不機嫌さはなく、いきいきした笑顔がマントの影から覗いていた。



 雨はその勢いを弱めることなく振り続ける。大工房の正面玄関にあたる二本の巨大な柱にも雨粒は降りつけられ流れ落ちる雨水がそこで警備にあたる兵士たちの足元へ続いていた。

「この雨だと今日の馬車の乗り入れは少なそうですね」

 数人の内の一人の若い兵士がそばに立つ初老の兵士へ言葉を掛けた。

「そうだな。ただ気を抜きすぎるなよ。大橋砦では魔物に襲われたらしいからな。騎士団連中が早々に退治したらしいが、ここも絶対に安全というわけじゃない」

 若い兵士は「はい!」と威勢よく返事をして返す。ちょうどその時、大工房へ向かってくる一大の荷馬車が雨の先から浮かび上がった。

 荷馬車は柱に近づくとそれまでの進行速度を落とし始め兵士たちの前で停車する。普段では通り過ぎていくだけの荷馬車の変わった動きに警備を任された兵士たち全員に緊張感が漂った。

「あの、ご報告なのですが・・・」

 若干殺気立った兵士たちに怯えたのか御者の中年の男がおそるおそる声を発した。

「報告?どうした。ゴブリンでも見たのか?」

 初老の兵士が御者の言葉に対して少し大きめの声で返す。

「い、いえ。ゴブリンではありません。先ほど街道沿いを変なモノが動いていたのを見かけたのでお知らせしようと」
「変なモノだと?ゴブリンではないんだな!」

 雨にかき消されまいと声を張り上げた初老の兵士に御者は気をされる。見かねた若い兵士が間に入った。

「変なモノとはどんなモノだ。見たままでいい。教えてくれ」
「はい。えっと、あんた方の腰より少し高いくらいの大きさの大きな卵のような何かが街道沿いを浮いてこちらに向かって移動していました」
「卵だと?いや今それはどうでもいい。こちらに向かってきているのは確かなんだな!」

 初老の兵士は御者の言葉を聞いて会話に割り込んみ大声で質問する。

「そ、そうです。馬車ほどの速さはないが確かに大工房へ向かっていた」

 それを聞いた兵士たち全員の緊張感はより高まりをみせた。

「わかった。乗り入れ場に割り込んで構わない。今話したことを本部に大至急伝えてくれ。知らせてくれてありがとう!急いで行ってくれ!」

 そう言うと初老の兵士は大きく手を振って馬車を進むめるように促す。御者は一度頭を下げてすぐに出発すると速度を増して雨の中へ消えていった。

 残った警備兵たちはそれぞれ武器をすぐさま抜き放ち、まだ何も見えない街道の先へ視線を集める。あたりは石畳の街道や草を打つ雨音だけが響き渡っていた。

 そして注視する方向に変化が現れる。丸みを帯びた輪郭が雨でかすんだ街道の端に浮かび上がった。

「おい!警報を発動。警戒度最大。全員臨戦態勢だ」

 初老の兵士は影を確認するとすかさず指示を出す。若い兵士は柱に寄ると柱に手を触れ小さくつぶやいた。

 すると触れていた柱の天辺が明々と赤白い炎と煙を吹き始める。その炎は雨に負けることなく燃え盛り、すぐにもう一本もそれに呼応するようにして同じ色の炎を上げ始めた。

 卵型した何かはそんなこともお構いなしに浮かせたまま進行してくる。そして兵士達からよく見えるとこまで進むと卵型から少しだけ飛び出していた二対の突起ので着地した。

 兵士たちは隙を見せず一定距離を保って武器を構える。降り続く雨の中、卵型した謎の物体から音が響いた。

「我、伝言者。『ユウト』ヲ此処ヘ、呼ビ、願ウ」
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