第16話 (休題)とあるネット討論番組からの抜粋 《日本の良さとは?》

文字数 6,873文字

番組名「日本の良さとは?」
サブタイトル「雑誌 オーソドックススペシャル」
長テーブルを挟んで、片方には神谷さんを司会者の一番側に、”オーソドックスメンバー”が並び、もう片方には番組のレギュラーを持つ数名と、この回は女性の国会議員二名ほどが出席していた。この番組の視聴者には常連の二名だ。両陣営合わせて八名ほどの討論番組。
因みに毎回出てくるこの司会者は、このネットテレビ局の代表権社長で、神谷さんとは長い付き合いらしい。名前は木嶋均。歳は六十六。数寄屋に初めて行った時に知り合った、小説家の勲さんと同い年だ。テレビ局の運営以外にも、色んな活動をしているらしい。この人も追々話に大きく絡んでくる。


木嶋「えー、では神谷先生、毎度の事ですが、まず議論に入る前に、皆さんに一度話を伺うという事で、先生からそのー…問題提起と言いましょうか、話して頂けたらと思います」
神谷「んー…問題提起ねぇ…。木嶋さんは今日のテーマで僕を呼ぶあたり、嫌がらせのつもりじゃないかと思うんだけれど(笑)」
一同(特にオーソドックスの面々)「あははは」
…ふふ。
木嶋「い、いやいや、そんなつもりはないですよ(苦笑)」
神谷「んー…まぁ、日本の良さ…。大体人から『あなたの良い所はどこなんだい?』と聞かれて、まさかアレコレと幾つかの例を出して説明する訳にもいかない…恥の感覚があれば答えられない事で。まぁそれはともかく、今こうして日本人として生まれ落ちて、何十年も生き、そしてまぁ近々死ぬ事になるんですがね」
一同「いやいや(苦笑)」

神谷「で、自分が日本というものに馴染んでいるというのは、何も幾つか良い所があるのを見つけれたからではなく、仮にこの国が四季折々など全くなく、灼熱だったり、はたまた寒冷地だったり、砂漠だらけの不毛な土地に占められた国家だとしても、その国家に生まれ落ちたからには、必然的にその国家が危機に晒されれば何とかしようと足掻くし、で、そう戦っていくうちに、尚更その国家、母国という感覚が湧き上がってきて、ますます愛着が湧いてきて、そして母国が一番だと、そう自覚が生まれてくるものだと思う。…でも、最近巷で流行っているのを見たら、何処かの国と比べて何が良いとか優れてるとか、一種の自信の無さとしか見えない神経症にしか私なんかからしたら見えないけれど、良さを十項目上げられたから好きになるとしよう…そんな馬鹿げた価値判断は無いですよね?男女の関係を見たらすぐに分かるでしょう。これは…こないだお亡くなりになった、落語界で最後の名人だと自他共に認めておられた”師匠”、彼が私に、とあるね、自分にとって師匠格にある人の落語の一部を教えて貰ったんですがね…ある貧乏長屋で、昼間、井戸端で奥さん二人が会話してるって場面。『アンタの亭主、今日もどこかで仕事もしないで呑んだくれてるのかい?』『えぇ、まぁね』『アンタの前だけど、すごくグータラなのね?』『えぇ、本当に参っちゃう』『何か見込みがあるの?』『無いわよ、あんな人なんか』『…じゃあ何で一緒になってるのよ?』『だって”寒いんだもん”』」
一同「あー…」
あー…
神谷「とまぁ、こんな具合で、理屈が確かにつくこともあるだろうけれど、何かを好きになるって時に、何も全てに理由…いや、少なくとも自覚できるレベルというのはマレですね。…っていや、話が逸れちゃったな。だからまぁ…もし仮に、他の何処かに日本以上に良い点を挙げられる国があったとしたら、そっちの方を好きになるのか?…そんなことは無いでしょう?だから木嶋さん、こんな日本の良さなんて番組、ここいらで良しとしませんか?(笑)」
木嶋「あ、え、いやいや、まぁそう言わずに、どうせなんで、どうか最後まで付き合って頂きたいと思います(苦笑)。では次どうぞ…」

議論は段々と、他の国との差異が何処にあるかに向かった。その中で、ネット界隈では”右のテレビ局”と称される局の代表を務めるだけあって、木嶋は徐々に一人熱くなり、天皇論から何からを語り始めた。
木嶋「…だから、日本人というのは、昔から相手と戦争などで戦っても絶滅させることは無いですし、西洋の人たちみたいに”自分”と”他人”を分けないんですよ」
神谷「いやいや、まぁそれは日本人の特質としてあげても良いんですけれどね、そもそも今日の議題は日本の”良さ”でしょ?これは価値判断の話ですよ。価値を見極めるためには、それを計る物差し、基準が必要でしょう?それは国家国民それぞれ各様なはずですよ。その基準というのは、その国々の歩んできた歴史の中で醸成されてくるもの。要はどこに自分の視点を置いているのかキチンと自覚した上で、判断をしなくてはならない。木嶋さん、あなたは確かに自分の価値基準の元、日本人の良さをおっしゃった。天皇がおわすからだとか、二千年以上の歴史がある国だとか、日本人の本性として、自と他を分けないだとか。…最後の自と他を分けないという点は後に置いといて、そもそも天皇がいるから日本は良い国だとか、二千年以上歴史があるからと、”それだけの理由”、そんな表面的な理由だけでは、いくらこれが良さだと言ったって、他の国には説明出来ないし、言えば言うほど煙たがられて無視されてくのがオチですよ。…っていや、何が言いたいかっていうと、別にその個々の例に関して反対なんかしない。ただ今の世界情勢の中で、いつ食われるかもしれないという激動の時代の中で、そんな引きこもりよろしく、自閉的に内向的になって、あれやこれやと無理くり自分の良さを何とか探し出して、それを愛でてるだけでは、結局周囲の国際情勢によって蹂躙されて、お陀仏になりますよと言いたいんですよ」
…うん、なるほどなぁ…まったくその通りだ。流石神谷先生。
木嶋「い、いや、先生…」
神谷「ちょっと待ってください、後あなたが言った”自と他を分けない”という事についても触れたいので。いいですか?自と他を分けない…それがあなたの言う”和”なのでしょう。まぁ百歩譲ってそうだとして、私からしたら、だからどうしたとしか言いようが無いんです。確かに西洋人、特にヨーロッパの人々はその気があります。でもこれはさっきも言ったように、あくまで一つの違いであって、良い悪い、善悪の話じゃないでしょう?自と他を分けないと言うのが、自と他をはっきりと区別する欧州人と比べて、何処が良いといえるんですか?」
番組レギュラーの男性A「それは先生、先生もご存知の通り、彼らはその為というか、一神教というのもあるせいか、あちらこちらに敵を作っては戦争をずっとしてきたじゃないですか?木嶋さんが言われてましたけど、最終的には相手を絶滅させるような」
女性議員A「そうですよ先生。だから、それだからこそ、今日本というのは世界から注目されているんじゃないですか?」
神谷「注目?だから?他の国々に注目されて褒められたからなんだって言うんですか?他国に褒められないとプライドが満たされない、そんな貧相な国民しかいない国なんですか、日本は?まぁそうだと言うのなら、私も同調しないでもないけれど。んー…いや、良いんですよ?日本が世界で一番良い国だと言うのは。私も討論の初めに言ったように、そもそも何の因果か日本という国に、日本人として生を受けたのだから、否応なく母国だというその理由だけで、『自分にとって世界で一番良い国は日本』この一言で終わるはずだと思うんですけれど、さっきから言ってるように、何かアレコレと例を引っ張ってきて、だから日本は良い国なんだと言い張る者共が多すぎる…それじゃあダメだと言ってるんですよ」
この場面は、討論が始まって一時間半ほどの場面だった。
神谷さんはずっとこのような話を一貫してしてるのだが、この木嶋という司会者兼パネリスト、そしてその周りのレギュラー陣、それに加えて自称保守だと言い張る女性議員、彼らとの議論がずっと平行線に終わっていた。
私個人の見解を述べれば、自然と頭に入ってきて納得出来るのは、勿論神谷さんの論だった。これは何も義一の”身内”だからではない。個人的な感想を言えば、とても客観的に日本人を俯瞰している神谷さん、そしてここでは挙げなかったが他のオーソドックスの皆さんと比べると、他の出演者はあまりにも些細な、瑣末な事柄に耽溺しすぎて、マーラーが言ったような、昔の燃えかすである灰をただ拝んでいる、その事に喜びを見出しているだけのクダラナイ偏狭な”伝統主義者”としか見えなかった。
神谷「自と他を分けない…まぁ百歩譲って、本当にそれが”良いこと”だとしましょう。でも、それに固執していると、その内にこの国は激動の国際情勢の荒波に飲まれて、すぐに消滅してしまいますよ?自と他を分けない、という事は、他者と自分を区別しないという事ですよね?今この国、日本にもたくさんの移民が流れ込んで来てるけど、今日はこの場にいないが武史くん(この間、”数寄屋B”に登場した、義一と仲良さげに話していた男性だ)から聞いた話では、今や世界的に見てもベスト5位に入るほどのペースらしい。…さて、今後もたくさんの多国籍の人が入って来るのだろう。しかも、どの国民も”自と他を分けない”だなんて考えを持っていないから、日本に来ても決してその土地の風土には馴染まないし、そもそも馴染もうとはしないだろう。彼らはキチンと自国のアイデンティティーを、まぁ表面上は移民してる時点で母国を捨ててるのだから、必ずしも言えないという反論は受けつつ、それでも育ってきた環境に人間というものは影響されないという事はあり得ない、それを引き摺った者が移民として入ってくる…それを受ける我々側が、自と他を分けないだなんて態度でいたら、長い月日など待たずとも、すぐにその移民たちに文化、いわゆる日本人の個別性を壊されるのは、火を見るよりも明らかじゃないですか?自と他を分けないのだから…」
レギュラーB「でも先生、そもそもそんな風に和をもって尊して来たから、今こうして日本文化があるんじゃないんですか?昔も当時の中国から、仏教から何からが伝来してきても、それでも結局は全てが日本流になって、溶けてしまってるじゃないですか?」
神谷「んー…まぁ色々と突っ込みたいのだけれど、ちょっとあまりにも私ばかり話してしまってるから、他の人にも振りたいからという前置きをさせてもらって、それでも少し話させてもらいましょうか…。今この限られた時間の中で触れられるとすればこの点、あなたは今『今こうして日本文化がある』とおっしゃった…おっしゃったけれどね、一体どこにその日本文化があるんですか?勿論全くないとは言いませんよ?でもそれはもう息絶え絶えに、何とか一部の良識のある人々によって辛うじて残ってるのみで、その他大勢は外国…もっとハッキリと言えばアメリカ流に全てを置き換えようとしてるじゃないですか?確かに、そういう流れは今は昔ほどでは無くなったと聞いてますけど、それでもやはり脈々と、いや、今は巧妙に隠れているからなおタチが悪い。というのも、これも武史くんから教えてもらった事だけれど、彼は大学の先生をしてるからね、普段から生徒たちと会話をしているというんでこんな話をしてくれた。確かに彼らは今や我々のような年寄り、下はそうだなぁー…まぁ大体四十代までのアメリカ文化にどっぷりな世代と比べると表面上はアメリカナイズされてない。…されてはないけど、彼らが学ぶ、いわゆる社会科学というもの、この社会科学を武史くんの教え子たちは必死になって勉強してるわけだけれども、今の日本で主流になってる社会科学というのは、元を辿ればアメリカ流に歪められた思想観念が盛り込まれた学問なわけです。それをいくら自分がアメリカナイズされてはいないと思っていても、結局は知らず知らずのうちに汚染されていってしまう…こういう訳なんです。いや、また話が逸れてしまったけど、昔も確かに、主に当時の中国から色んな思想などの形而上のものから、物品などの目に見える形而下のものまで入ってきても、最終的には日本的なものになる、それはあなた…それに、このチャンネルに集う方々の言う通りでしょう。しかし、考えてみて下さい、昔はそれこそ、仏教伝来は西暦で言うと五百年代と言われていますが、その後で、便宜上単純化して言わせて頂くが、神道を守ろうとする物部氏と、新しく来た仏教を推そうと考えた蘇我氏の間で血みどろの闘争をしたり、まぁその他でも、一神教の国じゃない我が日本でも、それなりに色々としてた訳です。で、何が言いたいかというと、当時の日本人は、新旧共に、いや、特に昔からの風習を守ろうとする人々は、自分の命のことなど置いといて、それらを守ろうとして多くの血を流してきた訳ですよ。要は、簡単に日本的にしていくとおっしゃったが、そんな単純なものじゃない。日本化するためにどれほどの苦難を経たのか、それを念頭に置かなければいけないでしょう。で、問題なのは現代、現代人です。今巷では、このチャンネルの効果も大きいと聞きますが、主に若者を中心に”右傾化”してるという。それはそれで、木嶋さんを初めとする皆さんには朗報なのでしょうが、私は全くそれに関して諸手を挙げて喜べません。そもそもどんな思想観念を持って、こちら側に賛意を示してくれてるのか全く見えない以上、すぐには喜べませんね。…っていや、また話が逸れました。確かに今若者の層は、移民に対して反対らしい。…あなたがたと違って、キチンと『自と他を分けて、自分とは一体何者なのか?』それを考え始めたような兆候が見えるのも事実です。それはそれで良いですが、果たして彼らが昔の日本人のように、自分の血を流す覚悟、自分の命を捨てる覚悟があると、そう思われますか?『それを言うなら、そんな世の中にしたお前ら年寄りが責任を取れ』と言われそうです。そう言われてしまえば、私はまず一度素直にその若者たちに首を深く垂れて謝ります。謝りますが…私も一人の人間、力及ばずと知りつつも、この日本という国家の片隅で、必死になるべくブレないようにしながら、訴え続けてきたつもりだと、それだけは自己弁護のために言うでしょう。…と、そんな与太話は置いといて、まぁ話を戻せば、そういうわけで、私は皆さんのおっしゃる『自と他を分けない』という日本人の特質性…自と他を分けずに他者に対して、”おもてなし”の美名の下、自分の臆病さを誤魔化しつつおもねる様な、この特質性は今の世に於いて悪習でしかないと言い切りたいと思います」
…こういった、またもや私からしたらスッと入ってくる様な論も、木嶋含む向こう側の人々にはダメだったらしく、せっかく大局的な話をしていたのに、また些細な事例の羅列に終始してしまった。
時折神谷さんを初めとするオーソドックスの皆さんの顔は映し出されていたが、皆苦笑を浮かべていた。それを自室で見ていた私も、一人ため息をつかざるを得なかった。

三時間番組も、結局”いつも通り”に平行線に終わろうとした最後の数分。あれほど激論をしたのに、今はまた神谷さんと木嶋、その他の面々が笑顔で談笑をしていた。これぞ本当の討論って感じだが、その”本当”が出来たのも、神谷さんのお陰を置いて他に無いだろう。
神谷「…でもなぁ、今日みたいな一つの分野に括られないような、多角的な討論の時には、ぜひ出て来て欲しい人材がいるんだけれどね」
木嶋「へぇー、それは一体どなたです?先生がそこまでおっしゃる方というのは?」
浜岡洋次郎(軽くしか触れてないので覚えていなくて当然だが、彼は文芸批評家にして雑誌オーソドックスの編集長、小さな大学に文学部教授という役職を持ち、そして鎌倉にある博物館で館長を務める、今年還暦を迎えた人だ)
「先生、それは先ほど触れていらした中山くん(武史のこと)ですか?」
木嶋「中山くん?あぁ、武史さんのことですか」
神谷「あはは、そう、勿論武史くんもそうなんだけれど、あと一人、私たちの雑誌の中で、一番の秘蔵っ子がいるんだよ」
木嶋「ほーう、誰ですか?その方は?随分の入れ込み様ですけれど」
神谷「あはは、ごめんね?いくら木嶋さんのお願いでも、今は名前を言えないんだ。あれほどの頭脳と才能を持ち合わせているのに、本人が人前に出たり、名前が出るのを嫌がっててね?でも…『近々僕は死ぬんだから、その後は嫌でもなんでも、今度は君が出てこなければいけないよ?』と脅してるんだけれど」
一同「またまた先生ー、そんな事を言ってー(苦笑)」
神谷「あははは」
木嶋「あはは…さて、このまま雑談をしててもアレなので、今日の討論は以上にしたいと思います。では皆さん、先生も、今日はどうもありがとうございました」
一同「ありがとうございました」
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