まりちゃんの足あと
文字数 6,191文字
まりちゃんの一日は、おとうさんとの約束で始まります。
「外に出るときは?」
「はい! たくさんおようふくをきて、あたたかくします!」
「遊びに行くときは?」
「はい! あしもとにきをつけて、とおくへいかないようにします!」
「どんなに楽しくても?」
「はい! おてんとさまがいるうちにかえります!」
おとうさんはうなずいて、小指をだしました。
「はい。それでは今日も」
「がんばりましょうっ!」
まりちゃんも小指を出して、おとうさんとしっかりゆびきりげんまんをしました。
「それじゃ、夕方には帰ってくるから、いい子にしてるんだよ」
おとうさんは、大きな手でまりちゃんの頭を優しくなでました。
「うん。きをつけて、おしごといってらっしゃい!」
真っ白な雪道を走るおとうさんの車が見えなくなるまで、まりちゃんは両手をいっぱいに広げて見送りました。
町から離れた山のログハウスで、まりちゃんはおとうさんと二人で暮らしていました。少し前までは、朝早くにおとうさんと車に乗って、ふもとの小学校へ行っていたのですが、冬休みになって、まりちゃんはおとうさんが帰ってくるまで毎日お留守番をしていました。
ご飯を準備するのはおとうさんの役目ですが、ほかのことは、まりちゃんの役目でした。まりちゃんは急いでおうちに戻ると、流しの前にふみ台を持ってきてお皿を洗いました。
お皿洗いが終わると、今度は洗濯です。スイッチを入れて洗濯している間は掃除をして、終わったらベランダへ干します。まりちゃんが使いやすい高さになった、おとうさんお手製の物干しざおにハンガーをかけて、朝のお仕事はようやくおしまいになるのでした。
今日は風もない、いいお天気でした。まりちゃんはおとうさんとの約束どおり、コートと手ぶくろと帽子であたたかくして、お菓子と予備の靴下が詰まったリュックサックを背負い、お気に入りの、赤い水玉のながぐつをはいて、雪がいっぱいつもったお庭に出ました。
雪が降る冬の間は、まりちゃんは学校のおともだちと会えません。でも、まりちゃんはちっともさみしくありませんでした。なぜなら、冬にしか会えないおともだちがいたからです。
まりちゃんはおともだちを呼ぶために、思いっきりジャンプをして、積もった雪の上にぎゅっと足あとをつけました。
「おはよう! みーちゃん! ひーちゃん!」
まりちゃんは足あとをのぞきこんで元気な声で言いました。
すると、まりちゃんの足あとの中からひょっこりと、帽子をかぶった小さな女の子と男の子が顔を出しました。
右の足あとにいる赤い帽子の女の子がみーちゃん、左の足あとにいる青い帽子の男の子がひーちゃんです。ふたりは足あとに住む妖精で、冬になって雪が降ると、まりちゃんと一緒に遊んでくれるのでした。
「みーちゃん、おはよう! ひーちゃんは……まだねむたいのかな?」
ひーちゃんは枕を持って大あくびをしています。みーちゃんが一生懸命起こそうとしますが、ひーちゃんはうとうとして、また眠ってしまいました。
困った顔をしたみーちゃんに、まりちゃんは言いました。
「だいじょうぶ。さきに、きりかぶのひろばにいってまってるから。きょうはフユイチゴをとりにいこうね!」
まりちゃんは、いったんふたりと別れて、さくさくと森の中に入っていきました。
ひーちゃんがぱっちり目を覚ましたときには、太陽が一番高いところで光っていました。
みーちゃんとひーちゃんは、まりちゃんの足あとをたどっていきました。みーちゃんは右の、ひーちゃんは左の足あとをぴょんぴょん跳ねて、まりちゃんのところへ急ぎます。
約束していた、大きなきりかぶのあるひろばに着いたとき、まりちゃんの姿はありませんでした。足あとはたくさんあったので、まりちゃんは少しずつフユイチゴを探していたみたいです。二人はきりかぶのまわりの足あとで追いかけっこをしながら、まりちゃんが戻ってくるのを待ちました。
けれども、いくら待ってもまりちゃんは戻ってきませんでした。晴れていた空もいつの間にか雲でいっぱいになり、ちらりちらりと雪が降り始めました。
みーちゃんとひーちゃんは心配になって、まりちゃんを探すことにしました。
ひろばから川に沿って、まりちゃんの足あとは山の奥へ向かっていました。ときどき、足あとの向きが変わったり、戻ってきたりしています。どうやら、ここでもフユイチゴを探していたようです。でも、まりちゃんは見当たりません。
二人はますます心配になって、大急ぎで足あとをたどっていきました。
しばらくすると、リズムよくぴょんぴょん跳ねていたひーちゃんが、ピタッと止まりました。
まりちゃんの足あとが左だけなくなったのです。代わりに、ひきずったような細長い溝が、右の足あとの隣に続いていました。
みーちゃんとひーちゃんは、それぞれの足あとしかたどることが出来ません。みーちゃんは、ひーちゃんの分も探すことを約束して、まりちゃんのところへ急ぎました。
雪はたくさん降るようになっていました。早くしないと、まりちゃんの足あとが消えてしまいます。みーちゃんは休まずに足あとをたどりつづけました。
空が真っ黒になったころ、みーちゃんは小さなほら穴の前に着きました。入口で途切れた足あとの先には、まりちゃんが背中をまるめて座っていました。
「みーちゃん!」
まりちゃんはみーちゃんに気づくと笑顔になって、ほら穴の入口まで出てきました。みーちゃんも嬉しくなって、まりちゃんの手に飛びつきました。
「フユイチゴをさがしていたら、いつのまにかとおくにきてたの。とちゅうでころんじゃって、あしがいたくなったから、ゆきがやむまで、じっとしておこうとおもって……。でも、ぜんぜん……やまなくて……」
まりちゃんは泣き出してしまいました。みーちゃんはまりちゃんを元気づけようと、ぴょんぴょん跳ねました。
「ごめんね、みーちゃん。ひーちゃんとはなればなれになっちゃったよね」
みーちゃんは首を横にふって、まりちゃんの赤い水玉のながぐつを指差しました。
「そっか。あしあとをつくればいいんだね!」
まりちゃんは左のながぐつを脱ぐと、ぎゅっと雪の上に押しつけました。
すると、新しく出来た足あとの中から、青い帽子をかぶったひーちゃんが現れました。
みーちゃんとはなれてからも、ずっと心配していたひーちゃんは、まりちゃんの姿を見ると一目散にその手に飛びつきました。
「よかった。またあえた!」
まりちゃんも寂しくなくなって、笑顔になりました。
けれども雪は止むどころか、ますますたくさん降ってきます。まりちゃんたちは、ほら穴から、暗くなった空を見上げていました。
「どうしよう……。おとうさんとやくそくしたのに、このままじゃおてんとさまがいなくなっちゃう……」
まりちゃんの目に、また涙が浮かんできました。おとうさんとの約束が守れないのもそうですが、どんどん暗く、冷え込んでいく山は、まるで化け物のように風を唸らせて、まりちゃんを怖がらせているのでした。
みーちゃんとひーちゃんは、お互いに顔を見合わせると大きくうなずきました。そして、まりちゃんのながぐつを指差して、持ちあげる仕草をしてみせたのです。
「え?」まりちゃんは目をまんまるくして言いました。「みーちゃんとひーちゃんが、おとうさんをよんできてくれるの?」
二人は一生懸命うなずきました。
「でも……。おとうさんには、ふたりがみえないんだよ? もしも、きづいてくれなかったら……」
涙がぽろぽろ溢れてきたまりちゃんに、みーちゃんとひーちゃんは飛び跳ねて、猛アピールをしました。
二人の熱意が伝わったのか、まりちゃんは涙をぬぐうと、ながぐつを貸してくれました。
「わかった。みーちゃんとひーちゃんをしんじてまってる。ふたりとも、きをつけてね!」
まりちゃんは予備の靴下を全部履いて足を冷やさないようにすると、みーちゃんとひーちゃんを送り出しました。
さっきまでが嘘のように山は静かになり、空にはいつの間にか星も見えていました。
ぽーっん、ぴょこっ!
ぽーっん、ぴょこっ!
すっかり足あとが無くなった雪道を、みーちゃんとひーちゃんは必死に戻っていきました。
ながぐつを投げて、足あとをつけ、移動して、また投げて……の繰り返し。
ぽーっん、ぴょこっ!
ぽーっん、ぴょこっ!
子供用のながぐつとはいえ、二人にとっては体と同じくらい大きなものです。とってもとっても大変でしたが、大好きなまりちゃんのために、休まず進み続けました。
頭の良いみーちゃんが、道をしっかり覚えてくれていたおかげで、迷うことなくきりかぶのひろばまで戻ってくることが出来ました。ここまで来れば、まりちゃんのおうちはもうすぐです。
けれども、みーちゃんはもう限界でした。まりちゃんを探してひーちゃんと別れてから、ずっと走って来たのです。ながぐつを持ちあげるのも、やっとの思いになっていました。
悔しさに泣きだしそうなみーちゃんに、ひーちゃんは自分の背中とながぐつを交互に指差しました。右のながぐつを背負っておうちまで行くと言うのです。
みーちゃんはびっくりして、そんなことは無理だと、首をふりました。
でも、ひーちゃんは言うことを聞きません。みーちゃんからもぎ取るようにながぐつを受け取ると、大急ぎで体にしばりつけました。
残された右の足あとの中で、みーちゃんは心配そうにひーちゃんを見つめます。
ひーちゃんはちからこぶを作る仕草をして見せると、しっかりと左のながぐつを持ちあげて、まりちゃんのおうちへ向かいました。
ぽーっん、……ぴょこっ!
ぽーっん、……ぴょこっ!
右のながぐつを背負ったまま、左のながぐつを投げて進んでいくことは、決して簡単なことではありませんでした。何度も何度も転んでしまい、そのたびにながぐつにつぶされそうになりながら起きあがりました。
みーちゃんの言うとおり、無理だったのかもしれません。だけど、ひーちゃんは絶対にやらなければいけないと心に決めていたのです。
自分が寝坊しなければ、まりちゃんは遠くまで行かなかったかもしれません。
任せっきりにしなければ、みーちゃんが疲れることはなかったかもしれません。
ひーちゃんは、悔しかったのです。心配でたまらなかったのです。
みーちゃんにひっぱってもらってばかりで。まりちゃんが一人でいるのに待つことしか出来なくて。
だから、ひーちゃんはあきらめませんでした。転んでも転んでも、起きあがって一歩一歩、前に進んでいきました。
ぽーっん、……ぴょこっ!
ぽーっん、……ぴょこっ!
仕事から帰ったおとうさんは、まりちゃんがいないことにびっくりしました。
「まり! まりっ!!」
家中を探し回りますが、返事はありません。靴箱にながぐつが無いと分かると、おとうさんの顔色が変わりました。
「まだ帰っていないのか……?」
おとうさんは仕事カバンを放り投げてランタンをひっつかむと、スノーブーツを走りながら履きました。
庭をすみずみまで回りましたが、まりちゃんの姿はありません。おとうさんはまた、まりちゃんの名前を叫びましたが、つもった雪に吸いこまれるだけでした。
おとうさんはまりちゃんが行きそうな場所を思い返して、庭を抜け、森の中へ入っていった――そのときでした。
「まりっ!?」
おとうさんが、なにかを見つけて駆け寄ります。
ランタンに照らし出されたのは、きちんとそろえられた、まりちゃんの赤いながぐつでした。
「ながぐつだけ……?」
おとうさんの声がふるえて、ますます顔色が悪くなったときでした。
ぎゅっ。ぎゅっ。
足踏みをするように、ながぐつが勝手に動いたのです。
おとうさんは驚いて、思わずながぐつから離れてしまいました。
「まり……。一体どこに……」
おとうさんはぽつりとつぶやきます。
それに答えたのは、ながぐつでした。おとうさんのほうへ向いていたつま先が、森のほうへくるりと回転したのです。
またしても驚いたおとうさんでしたが、ふと、あることを思い出しました。
「みーちゃんとひーちゃん……?」
まりちゃんが、足あとに住む妖精のおともだちと遊んでいるのだと、毎日のように話していたのです。けれども、おとうさんには姿が見えませんでしたし、正直なところ、本当のことだなんてちっとも思っていなかったのです。
おとうさんはまだ信じられない気持ちでしたが、気を取り直してながぐつに近づくと、ゆっくりとたずねました。
「まりはそっちにいるのかい?」
すると、ながぐつはぴょんぴょんと、跳ねるように足踏みをしました。
おとうさんが森のほうをランタンで照らすと、不思議な歩幅の足あとが奥へずっと続いていました。
おとうさんはちょっとだけ、安心したように肩の力を抜きました。
「一緒に来てくれるかな? 分からなくなったら教えて欲しいんだ」
ながぐつの下にいたみーちゃんとひーちゃんは、とびきり高く飛び上がって答えました。
両足が同時に飛び上がってたのすら、気付かないくらいに、ね。
星を数えていたまりちゃんの目に、ランタンの灯はとてもまぶしく感じました。
「おとうさん!!」
まりちゃんは、ほら穴から飛びだしておとうさんに抱きつきました。
「まったく、心配かけて……」
「……ごめんなさい……」
安心したまりちゃんの目からは大粒の涙がこぼれていました。
おとうさんは、まりちゃんの頭をポンポンとなでて、抱きしめてくれました。
「ちゃんと、妖精さんにもお礼を言っておくんだよ」
そう言っておとうさんは、まりちゃんのながぐつを、雪の上にそろえて置きました。
「おとうさん、みーちゃんとひーちゃんがみえるの!?」
驚いて顔をあげるまりちゃんに、おとうさんは微笑んで首を横にふりました。
「いや、見えなかった。でも――」
おとうさんがしゃがむと、ながぐつは嬉しそうに足踏みを始めました。
「まりのことを、とても心配してくれていたのは分かったよ」
まりちゃんは、ながぐつを持ちあげました。小さな足あとの中で、みーちゃんとひーちゃんは、手を合わせて喜びあっていました。
「……ありがとう。みーちゃん、ひーちゃん。また、あしたね」
おとうさんの背中に負ぶさったまりちゃんは、すぐに眠ってしまいました。
みーちゃんとひーちゃんは、まりちゃんとおとうさんが見えなくなるまで、ずっとずっと手をふっていました。
明日は寝坊をしないように。
明日は遠くへ行かないように。
あたたかくして、はやく寝よう。
だから明日も、一緒に遊んでね。
みーちゃんとひーちゃんは、顔を見合わせて嬉しそうに笑うと、足あとにもぐっていきました。
朝になればまた、元気な声が聞けるでしょう。
雪が降る冬の間、まりちゃんの足あとでは、心優しい妖精が見守ってくれています。
「外に出るときは?」
「はい! たくさんおようふくをきて、あたたかくします!」
「遊びに行くときは?」
「はい! あしもとにきをつけて、とおくへいかないようにします!」
「どんなに楽しくても?」
「はい! おてんとさまがいるうちにかえります!」
おとうさんはうなずいて、小指をだしました。
「はい。それでは今日も」
「がんばりましょうっ!」
まりちゃんも小指を出して、おとうさんとしっかりゆびきりげんまんをしました。
「それじゃ、夕方には帰ってくるから、いい子にしてるんだよ」
おとうさんは、大きな手でまりちゃんの頭を優しくなでました。
「うん。きをつけて、おしごといってらっしゃい!」
真っ白な雪道を走るおとうさんの車が見えなくなるまで、まりちゃんは両手をいっぱいに広げて見送りました。
町から離れた山のログハウスで、まりちゃんはおとうさんと二人で暮らしていました。少し前までは、朝早くにおとうさんと車に乗って、ふもとの小学校へ行っていたのですが、冬休みになって、まりちゃんはおとうさんが帰ってくるまで毎日お留守番をしていました。
ご飯を準備するのはおとうさんの役目ですが、ほかのことは、まりちゃんの役目でした。まりちゃんは急いでおうちに戻ると、流しの前にふみ台を持ってきてお皿を洗いました。
お皿洗いが終わると、今度は洗濯です。スイッチを入れて洗濯している間は掃除をして、終わったらベランダへ干します。まりちゃんが使いやすい高さになった、おとうさんお手製の物干しざおにハンガーをかけて、朝のお仕事はようやくおしまいになるのでした。
今日は風もない、いいお天気でした。まりちゃんはおとうさんとの約束どおり、コートと手ぶくろと帽子であたたかくして、お菓子と予備の靴下が詰まったリュックサックを背負い、お気に入りの、赤い水玉のながぐつをはいて、雪がいっぱいつもったお庭に出ました。
雪が降る冬の間は、まりちゃんは学校のおともだちと会えません。でも、まりちゃんはちっともさみしくありませんでした。なぜなら、冬にしか会えないおともだちがいたからです。
まりちゃんはおともだちを呼ぶために、思いっきりジャンプをして、積もった雪の上にぎゅっと足あとをつけました。
「おはよう! みーちゃん! ひーちゃん!」
まりちゃんは足あとをのぞきこんで元気な声で言いました。
すると、まりちゃんの足あとの中からひょっこりと、帽子をかぶった小さな女の子と男の子が顔を出しました。
右の足あとにいる赤い帽子の女の子がみーちゃん、左の足あとにいる青い帽子の男の子がひーちゃんです。ふたりは足あとに住む妖精で、冬になって雪が降ると、まりちゃんと一緒に遊んでくれるのでした。
「みーちゃん、おはよう! ひーちゃんは……まだねむたいのかな?」
ひーちゃんは枕を持って大あくびをしています。みーちゃんが一生懸命起こそうとしますが、ひーちゃんはうとうとして、また眠ってしまいました。
困った顔をしたみーちゃんに、まりちゃんは言いました。
「だいじょうぶ。さきに、きりかぶのひろばにいってまってるから。きょうはフユイチゴをとりにいこうね!」
まりちゃんは、いったんふたりと別れて、さくさくと森の中に入っていきました。
ひーちゃんがぱっちり目を覚ましたときには、太陽が一番高いところで光っていました。
みーちゃんとひーちゃんは、まりちゃんの足あとをたどっていきました。みーちゃんは右の、ひーちゃんは左の足あとをぴょんぴょん跳ねて、まりちゃんのところへ急ぎます。
約束していた、大きなきりかぶのあるひろばに着いたとき、まりちゃんの姿はありませんでした。足あとはたくさんあったので、まりちゃんは少しずつフユイチゴを探していたみたいです。二人はきりかぶのまわりの足あとで追いかけっこをしながら、まりちゃんが戻ってくるのを待ちました。
けれども、いくら待ってもまりちゃんは戻ってきませんでした。晴れていた空もいつの間にか雲でいっぱいになり、ちらりちらりと雪が降り始めました。
みーちゃんとひーちゃんは心配になって、まりちゃんを探すことにしました。
ひろばから川に沿って、まりちゃんの足あとは山の奥へ向かっていました。ときどき、足あとの向きが変わったり、戻ってきたりしています。どうやら、ここでもフユイチゴを探していたようです。でも、まりちゃんは見当たりません。
二人はますます心配になって、大急ぎで足あとをたどっていきました。
しばらくすると、リズムよくぴょんぴょん跳ねていたひーちゃんが、ピタッと止まりました。
まりちゃんの足あとが左だけなくなったのです。代わりに、ひきずったような細長い溝が、右の足あとの隣に続いていました。
みーちゃんとひーちゃんは、それぞれの足あとしかたどることが出来ません。みーちゃんは、ひーちゃんの分も探すことを約束して、まりちゃんのところへ急ぎました。
雪はたくさん降るようになっていました。早くしないと、まりちゃんの足あとが消えてしまいます。みーちゃんは休まずに足あとをたどりつづけました。
空が真っ黒になったころ、みーちゃんは小さなほら穴の前に着きました。入口で途切れた足あとの先には、まりちゃんが背中をまるめて座っていました。
「みーちゃん!」
まりちゃんはみーちゃんに気づくと笑顔になって、ほら穴の入口まで出てきました。みーちゃんも嬉しくなって、まりちゃんの手に飛びつきました。
「フユイチゴをさがしていたら、いつのまにかとおくにきてたの。とちゅうでころんじゃって、あしがいたくなったから、ゆきがやむまで、じっとしておこうとおもって……。でも、ぜんぜん……やまなくて……」
まりちゃんは泣き出してしまいました。みーちゃんはまりちゃんを元気づけようと、ぴょんぴょん跳ねました。
「ごめんね、みーちゃん。ひーちゃんとはなればなれになっちゃったよね」
みーちゃんは首を横にふって、まりちゃんの赤い水玉のながぐつを指差しました。
「そっか。あしあとをつくればいいんだね!」
まりちゃんは左のながぐつを脱ぐと、ぎゅっと雪の上に押しつけました。
すると、新しく出来た足あとの中から、青い帽子をかぶったひーちゃんが現れました。
みーちゃんとはなれてからも、ずっと心配していたひーちゃんは、まりちゃんの姿を見ると一目散にその手に飛びつきました。
「よかった。またあえた!」
まりちゃんも寂しくなくなって、笑顔になりました。
けれども雪は止むどころか、ますますたくさん降ってきます。まりちゃんたちは、ほら穴から、暗くなった空を見上げていました。
「どうしよう……。おとうさんとやくそくしたのに、このままじゃおてんとさまがいなくなっちゃう……」
まりちゃんの目に、また涙が浮かんできました。おとうさんとの約束が守れないのもそうですが、どんどん暗く、冷え込んでいく山は、まるで化け物のように風を唸らせて、まりちゃんを怖がらせているのでした。
みーちゃんとひーちゃんは、お互いに顔を見合わせると大きくうなずきました。そして、まりちゃんのながぐつを指差して、持ちあげる仕草をしてみせたのです。
「え?」まりちゃんは目をまんまるくして言いました。「みーちゃんとひーちゃんが、おとうさんをよんできてくれるの?」
二人は一生懸命うなずきました。
「でも……。おとうさんには、ふたりがみえないんだよ? もしも、きづいてくれなかったら……」
涙がぽろぽろ溢れてきたまりちゃんに、みーちゃんとひーちゃんは飛び跳ねて、猛アピールをしました。
二人の熱意が伝わったのか、まりちゃんは涙をぬぐうと、ながぐつを貸してくれました。
「わかった。みーちゃんとひーちゃんをしんじてまってる。ふたりとも、きをつけてね!」
まりちゃんは予備の靴下を全部履いて足を冷やさないようにすると、みーちゃんとひーちゃんを送り出しました。
さっきまでが嘘のように山は静かになり、空にはいつの間にか星も見えていました。
ぽーっん、ぴょこっ!
ぽーっん、ぴょこっ!
すっかり足あとが無くなった雪道を、みーちゃんとひーちゃんは必死に戻っていきました。
ながぐつを投げて、足あとをつけ、移動して、また投げて……の繰り返し。
ぽーっん、ぴょこっ!
ぽーっん、ぴょこっ!
子供用のながぐつとはいえ、二人にとっては体と同じくらい大きなものです。とってもとっても大変でしたが、大好きなまりちゃんのために、休まず進み続けました。
頭の良いみーちゃんが、道をしっかり覚えてくれていたおかげで、迷うことなくきりかぶのひろばまで戻ってくることが出来ました。ここまで来れば、まりちゃんのおうちはもうすぐです。
けれども、みーちゃんはもう限界でした。まりちゃんを探してひーちゃんと別れてから、ずっと走って来たのです。ながぐつを持ちあげるのも、やっとの思いになっていました。
悔しさに泣きだしそうなみーちゃんに、ひーちゃんは自分の背中とながぐつを交互に指差しました。右のながぐつを背負っておうちまで行くと言うのです。
みーちゃんはびっくりして、そんなことは無理だと、首をふりました。
でも、ひーちゃんは言うことを聞きません。みーちゃんからもぎ取るようにながぐつを受け取ると、大急ぎで体にしばりつけました。
残された右の足あとの中で、みーちゃんは心配そうにひーちゃんを見つめます。
ひーちゃんはちからこぶを作る仕草をして見せると、しっかりと左のながぐつを持ちあげて、まりちゃんのおうちへ向かいました。
ぽーっん、……ぴょこっ!
ぽーっん、……ぴょこっ!
右のながぐつを背負ったまま、左のながぐつを投げて進んでいくことは、決して簡単なことではありませんでした。何度も何度も転んでしまい、そのたびにながぐつにつぶされそうになりながら起きあがりました。
みーちゃんの言うとおり、無理だったのかもしれません。だけど、ひーちゃんは絶対にやらなければいけないと心に決めていたのです。
自分が寝坊しなければ、まりちゃんは遠くまで行かなかったかもしれません。
任せっきりにしなければ、みーちゃんが疲れることはなかったかもしれません。
ひーちゃんは、悔しかったのです。心配でたまらなかったのです。
みーちゃんにひっぱってもらってばかりで。まりちゃんが一人でいるのに待つことしか出来なくて。
だから、ひーちゃんはあきらめませんでした。転んでも転んでも、起きあがって一歩一歩、前に進んでいきました。
ぽーっん、……ぴょこっ!
ぽーっん、……ぴょこっ!
仕事から帰ったおとうさんは、まりちゃんがいないことにびっくりしました。
「まり! まりっ!!」
家中を探し回りますが、返事はありません。靴箱にながぐつが無いと分かると、おとうさんの顔色が変わりました。
「まだ帰っていないのか……?」
おとうさんは仕事カバンを放り投げてランタンをひっつかむと、スノーブーツを走りながら履きました。
庭をすみずみまで回りましたが、まりちゃんの姿はありません。おとうさんはまた、まりちゃんの名前を叫びましたが、つもった雪に吸いこまれるだけでした。
おとうさんはまりちゃんが行きそうな場所を思い返して、庭を抜け、森の中へ入っていった――そのときでした。
「まりっ!?」
おとうさんが、なにかを見つけて駆け寄ります。
ランタンに照らし出されたのは、きちんとそろえられた、まりちゃんの赤いながぐつでした。
「ながぐつだけ……?」
おとうさんの声がふるえて、ますます顔色が悪くなったときでした。
ぎゅっ。ぎゅっ。
足踏みをするように、ながぐつが勝手に動いたのです。
おとうさんは驚いて、思わずながぐつから離れてしまいました。
「まり……。一体どこに……」
おとうさんはぽつりとつぶやきます。
それに答えたのは、ながぐつでした。おとうさんのほうへ向いていたつま先が、森のほうへくるりと回転したのです。
またしても驚いたおとうさんでしたが、ふと、あることを思い出しました。
「みーちゃんとひーちゃん……?」
まりちゃんが、足あとに住む妖精のおともだちと遊んでいるのだと、毎日のように話していたのです。けれども、おとうさんには姿が見えませんでしたし、正直なところ、本当のことだなんてちっとも思っていなかったのです。
おとうさんはまだ信じられない気持ちでしたが、気を取り直してながぐつに近づくと、ゆっくりとたずねました。
「まりはそっちにいるのかい?」
すると、ながぐつはぴょんぴょんと、跳ねるように足踏みをしました。
おとうさんが森のほうをランタンで照らすと、不思議な歩幅の足あとが奥へずっと続いていました。
おとうさんはちょっとだけ、安心したように肩の力を抜きました。
「一緒に来てくれるかな? 分からなくなったら教えて欲しいんだ」
ながぐつの下にいたみーちゃんとひーちゃんは、とびきり高く飛び上がって答えました。
両足が同時に飛び上がってたのすら、気付かないくらいに、ね。
星を数えていたまりちゃんの目に、ランタンの灯はとてもまぶしく感じました。
「おとうさん!!」
まりちゃんは、ほら穴から飛びだしておとうさんに抱きつきました。
「まったく、心配かけて……」
「……ごめんなさい……」
安心したまりちゃんの目からは大粒の涙がこぼれていました。
おとうさんは、まりちゃんの頭をポンポンとなでて、抱きしめてくれました。
「ちゃんと、妖精さんにもお礼を言っておくんだよ」
そう言っておとうさんは、まりちゃんのながぐつを、雪の上にそろえて置きました。
「おとうさん、みーちゃんとひーちゃんがみえるの!?」
驚いて顔をあげるまりちゃんに、おとうさんは微笑んで首を横にふりました。
「いや、見えなかった。でも――」
おとうさんがしゃがむと、ながぐつは嬉しそうに足踏みを始めました。
「まりのことを、とても心配してくれていたのは分かったよ」
まりちゃんは、ながぐつを持ちあげました。小さな足あとの中で、みーちゃんとひーちゃんは、手を合わせて喜びあっていました。
「……ありがとう。みーちゃん、ひーちゃん。また、あしたね」
おとうさんの背中に負ぶさったまりちゃんは、すぐに眠ってしまいました。
みーちゃんとひーちゃんは、まりちゃんとおとうさんが見えなくなるまで、ずっとずっと手をふっていました。
明日は寝坊をしないように。
明日は遠くへ行かないように。
あたたかくして、はやく寝よう。
だから明日も、一緒に遊んでね。
みーちゃんとひーちゃんは、顔を見合わせて嬉しそうに笑うと、足あとにもぐっていきました。
朝になればまた、元気な声が聞けるでしょう。
雪が降る冬の間、まりちゃんの足あとでは、心優しい妖精が見守ってくれています。