生命に魅せられた青年
文字数 1,476文字
青年のもとに来て、どれぐらいの月日が過ぎたでしょう。
足のケガはすっかり治り、天の子どもは浜辺を散歩できるまでになりました。
今日も夕暮れの浜辺を一人散歩しています。
いつかの女の子の歌声がなつかしく思い出されます。
「すっかりよくなったみたいだね」
天の子どもが振り向くと、青年がそこに立っていました。
普段は一歩も外に出ようとしない青年です。
天の子どもは驚きました。
「明日は十日に一度の船の来る日だ。それに乗って行くといい。もうここにいる理由もないだろう」
そう言う青年の瞳は、眼鏡の奥でどこかさびしげです。
その夜は、青年との最後の食事となりました。
食事の後、お茶を飲みながら、天の子どもは改めて青年に言いました。
「助けてくれて本当にありがとう。どれだけ感謝してもたりないよ。だけど今、ぼくは本当に一文無しで、何のお礼もできないんだ」
天の子どもはしゅんとなってうつむきます。
「お礼を言うのはぼくの方さ」
「え?」
天の子どもが顔を上げると、青年の笑顔がそこにありました。
「正直、ぼくは君が助からないかと思った。それぐらい君はひどい状態で、弱り切っていたんだ。でも君は生きた。生きようとした。……ぼくは感動したよ。君の生きる力に。ただぼくは、それを手助けしただけなんだ」
その夜、青年は、自分のことを初めて語り出しました。
「ぼくはね、とても裕福な家に生まれたんだ。欲しいものは何でも手に入った。温かな家庭とともだち以外はね。
子どもの頃、ひどいいじめにあってね、ぼくは外に出ることができなくなった。そんなぼくを両親は恥だと思っていた。
孤独だった。本当に孤独だった……。
ある日、ぼくは手首を切った。けれど傷はふさがった。
何度も何度も同じ事を繰り返した。そのたびに、血は固まり、傷はふさがった。
ぼくは絶望の中で、何ともいえない感動をおぼえた。快復 する傷を見て、ぼくは生命の神秘を感じたんだ。
ぼくはもう手首を切るようなことはしなくなったが、そのかわり、死んだ動物を解剖したり、ケガをした動物を拾ってきては処置を施したりするようになった。
両親はとうとうぼくが頭がおかしくなったと思い、見切りをつけた。そうしてこの生活が始まったんだ」
「さびしくないの?」
天の子どもが尋ねると、青年は、ふっと笑って言いました。
「あの家にいるよりはましさ」
「ずっとここにいるの?」
「さあ……。他に行くところもないだろう?」
「だけどケガや病気の苦しみはどこにだってあるんだよ」
「それとぼくと何の関係が……」
「あるさ!」
天の子どもは声を強めて言いました。
「君の力で助かる命がもっとたくさんあるってことだよ。もっと多くの喜びがそこにあるはずさ!」
「喜び?」
「そうだよ!」
天の子どもは、生き生きと明るい笑顔を見せます。
「ぼくは君のおかげで助かって、今こうして生きている。生きているからこそ何でもできる。これ以上の喜びなんてないよ!」
ケガでしばらく身動きもとれなかった天の子どもは、食べられることも、散歩ができることも、何もかもがうれしく思えるのでした。
青年はとまどっていました。
(自分のしたことが誰かの喜びになる……)
青年にとって生まれて初めての不思議な感情がふつふつとわき上がってきます。
「ああ、何だろう? この気持ち……。君の喜びがそのままぼくに伝わって、ぼくの喜びになっていくようだ」
青年の言葉に、天の子どもはにっこりと微笑みます。
温かな気持ちが流れ出し、青年とともにそこにひたされていくのを感じているのです。
それは、何ともいえない幸福感でした。
足のケガはすっかり治り、天の子どもは浜辺を散歩できるまでになりました。
今日も夕暮れの浜辺を一人散歩しています。
いつかの女の子の歌声がなつかしく思い出されます。
「すっかりよくなったみたいだね」
天の子どもが振り向くと、青年がそこに立っていました。
普段は一歩も外に出ようとしない青年です。
天の子どもは驚きました。
「明日は十日に一度の船の来る日だ。それに乗って行くといい。もうここにいる理由もないだろう」
そう言う青年の瞳は、眼鏡の奥でどこかさびしげです。
その夜は、青年との最後の食事となりました。
食事の後、お茶を飲みながら、天の子どもは改めて青年に言いました。
「助けてくれて本当にありがとう。どれだけ感謝してもたりないよ。だけど今、ぼくは本当に一文無しで、何のお礼もできないんだ」
天の子どもはしゅんとなってうつむきます。
「お礼を言うのはぼくの方さ」
「え?」
天の子どもが顔を上げると、青年の笑顔がそこにありました。
「正直、ぼくは君が助からないかと思った。それぐらい君はひどい状態で、弱り切っていたんだ。でも君は生きた。生きようとした。……ぼくは感動したよ。君の生きる力に。ただぼくは、それを手助けしただけなんだ」
その夜、青年は、自分のことを初めて語り出しました。
「ぼくはね、とても裕福な家に生まれたんだ。欲しいものは何でも手に入った。温かな家庭とともだち以外はね。
子どもの頃、ひどいいじめにあってね、ぼくは外に出ることができなくなった。そんなぼくを両親は恥だと思っていた。
孤独だった。本当に孤独だった……。
ある日、ぼくは手首を切った。けれど傷はふさがった。
何度も何度も同じ事を繰り返した。そのたびに、血は固まり、傷はふさがった。
ぼくは絶望の中で、何ともいえない感動をおぼえた。
ぼくはもう手首を切るようなことはしなくなったが、そのかわり、死んだ動物を解剖したり、ケガをした動物を拾ってきては処置を施したりするようになった。
両親はとうとうぼくが頭がおかしくなったと思い、見切りをつけた。そうしてこの生活が始まったんだ」
「さびしくないの?」
天の子どもが尋ねると、青年は、ふっと笑って言いました。
「あの家にいるよりはましさ」
「ずっとここにいるの?」
「さあ……。他に行くところもないだろう?」
「だけどケガや病気の苦しみはどこにだってあるんだよ」
「それとぼくと何の関係が……」
「あるさ!」
天の子どもは声を強めて言いました。
「君の力で助かる命がもっとたくさんあるってことだよ。もっと多くの喜びがそこにあるはずさ!」
「喜び?」
「そうだよ!」
天の子どもは、生き生きと明るい笑顔を見せます。
「ぼくは君のおかげで助かって、今こうして生きている。生きているからこそ何でもできる。これ以上の喜びなんてないよ!」
ケガでしばらく身動きもとれなかった天の子どもは、食べられることも、散歩ができることも、何もかもがうれしく思えるのでした。
青年はとまどっていました。
(自分のしたことが誰かの喜びになる……)
青年にとって生まれて初めての不思議な感情がふつふつとわき上がってきます。
「ああ、何だろう? この気持ち……。君の喜びがそのままぼくに伝わって、ぼくの喜びになっていくようだ」
青年の言葉に、天の子どもはにっこりと微笑みます。
温かな気持ちが流れ出し、青年とともにそこにひたされていくのを感じているのです。
それは、何ともいえない幸福感でした。