#22
文字数 2,716文字
“Confusion”
「……おい」
ハカナがベッドの中で呆然としている最中、いつの間にかセレンが一人で部屋の入り口に戻ってきていた。相変わらず不機嫌そうな顔をしている。そして、ハカナが彼に気付いたのを見ると、すぐさまセレンは手に持ったモノを投げて寄越した。
ペットボトルに入った水と、開封済みのビスケットのような固形物、俗に言う携帯食料 だ。
「お前の分だ」
「水ッ……!」
色々起こりすぎて本人も忘れていたが、ハカナは廃墟を歩き続け、喉がカラカラに渇いている状態だった。彼は急くようにペットボトルの蓋を開け、一息に飲み干す。そして、そのままビスケットも恐る恐るかじってみた。少し湿っていて、変な味だ。だが、食べられないことはない。彼は構わず咀嚼して、飲み込んだ。
(でもなんだろう。この味、最近食べた覚えがあるような……?)
そんな風にハカナはビスケットと格闘しながらも、ちょっとした疑問をセレンにぶつけてみる事にした。
「……なぁ、お前も、『コナトゥス』ってやつを持っているのか……?」
「あン……? そんなん、当たり前じゃねーか」
仏頂面でセレンは答える。ラタネがハカナの怪我を治した不思議な力のこともシンゴは教えてくれた。
『コナトゥス』。
――――『コナトゥス 』は神が人を殺し合わせる為に与えた異能の力だ。理屈はわからない。考えるだけ無駄だろう。
……その本質は人の生きる衝動、意志を明確な形にした力だと、俺は伝え聞いている。
その力の種類は人それぞれ。『神仔』の『神性』に比べたら効果は限られ、その力も微々たるものだ。だが、リスクはほぼないと言って良い。
例えば、俺のコナトゥスは、『直観』だ。自分でも曖昧な代物だと思うが、俺は人より少しばかり、勘が良い。
お前も、『生きる意志』があるのならば、何らかのコナトゥスを持っているはずだ――――
なんて、シンゴはハカナに語った。しかし……
(僕にそんな力はない。あるはずがない)
彼は怪物を前にして逃げただけだ。何もしてはいない。そして、戦って殺し合いなんて、普通の高校生だった彼が出来るはずもなかった。
「えっと、お前のそれって、どんな力なんだ……?」
「はぁ? なんでテメーにそんなこと教えなきゃならねーんだ」
取り付く島もないという風にセレンは言う。しかし、それを推してまで聞く気力は今のハカナにはなかった。
「そっか……」
「……ん? 何だよ? 辛気臭ぇヤツだな……」
ハカナの反応にセレンが怪訝そうな顔をしたところで、空から、としか言い様のない声が唐突に響いた。
『休戦時間マデ残リ十分前トナリマシタ。タダチニ戦闘行為ヲ停止シ、拠点ヘノ待避ヲ行ッテクダサイ』
それは、昼から夜に移り変わる合図だ。
『神々が決めたルールか、日が沈むことがない』
シンゴから伝え聞いた言葉で、ハカナは彷徨っていた時にあった違和感の正体に気付いた。
……太陽の位置が変わらないのだ。初めて目覚めた時から、ずっと。そのため昼と夜の代わりに、自由時間と休戦時間という風に時間が分けられているらしい。
休戦時間には外に雨が降る。それだけだと何てことはないと思うが、その雨はなんと命を吸う雨、らしい。全身に浴びたが最後、命の限り吸い尽くされ、枯れ果てるように死ぬとシンゴは言っていた。
それ故に、この時間は誰も戦いなんて起こせない。
ハカナは水たまりを思い出す。あの、不可思議な異次元の色彩を。
(……飲まなくて本当によかった)
機械の怪物となった子には感謝は出来ないけれど、お陰で助かったと彼は胸を撫で下ろす。
(しかし、一体、今の地球はどうなっているんだろう。環境汚染なんて話はよく聞いていたけれど……)
何気なく、ハカナがセレンを見ると、彼も同じ携帯食料 を不機嫌そうに食べていた。袋はなく、中身だけだ。恐らくは一つをハカナの分と分けたのだろう。そこまではいい。
問題は、彼の持つ携帯食料は綺麗に空いた穴があったことだ。まるで、何か、例えば。銃弾に撃ち抜かれたような……
そこでハカナは気付いてしまう。彼の食べた携帯食料の湿り気と味の正体を。そして、忘れようとしていた事実も連動して思い出してしまう。あの、ぬめりけのある、喉を通った鉄錆の味と感触を。
「うっ……アガッ…………」
あの時と同じようにハカナは吐き出そうとして。
「……食えよ。オレたちみたいなはぐれ者には他に食い物なんてねーんだよ」
と、セレンは戻そうとするハカナを見咎めた。そして、彼の目の前まで近寄り、胸倉を掴んで容赦なく引き寄せる。喉まで出かけていたものが止まる。
同時にハカナの額にヒンヤリとした冷たい感触。 セレンの持つ拳銃 の銃口が、彼のこめかみに押し当てられていた。
「ううっ……!?」
「……オレはテメーみたいなヘタレ野郎が大嫌いだ。死にたくなったらさっさと言え。オレが楽にしてやる」
「……っ!?」
「フンッ……!」
そうセレンは言い捨てて、ハカナをベッドに突き飛ばすと、やはり不機嫌そうに部屋を出て行った。
「ぐ……ううっ……」
セレンが出て行って、しばらくしてもハカナの体が動かない。自分の呻き声さえ、他人事のように感じている。
知れば知るほどハカナの混乱と恐怖が深まっていく。思考を重ねれば重ねるほど、頭の中がめちゃくちゃになっていく。
『このゲームのルールを作った神はひどく杜撰みたいでな。ドロップアウトした生き残りに関するルールは、存在しないらしい。俺たちはゲームの外にいた神仔であるレキナと出会い……ただ死を待つのではなく、生き足掻くことを選択した』
ハカナの出会った者たち、シンゴたち『アウトサイダー』。彼らはゲームの敗北者であり、生き残りらしい。勝ち負け以前に、遊戯の盤上に上がっているのかすら疑わしい。だが、それでも彼らは生き延びようとしている。
分かったことも、多い。しかし、それ以上に理解出来ないもの、起こったものがあまりにも多過ぎた。
滅んだ世界、機械の少女、多くの眼を宿した少女、神仔、マレブランケ、アウトサイダー、コナトゥス、神々のゲーム。そして、ハカナにとってなにより分からないのは、彼自身のことだった。
「僕は……このままどうなってしまうんだろう……?」
雨の気配を肌で感じる。
いくら逡巡しても問いに答えは得られるはずもなく、ハカナの魂はずっと霧の中に囚われていた。
「……おい」
ハカナがベッドの中で呆然としている最中、いつの間にかセレンが一人で部屋の入り口に戻ってきていた。相変わらず不機嫌そうな顔をしている。そして、ハカナが彼に気付いたのを見ると、すぐさまセレンは手に持ったモノを投げて寄越した。
ペットボトルに入った水と、開封済みのビスケットのような固形物、俗に言う
「お前の分だ」
「水ッ……!」
色々起こりすぎて本人も忘れていたが、ハカナは廃墟を歩き続け、喉がカラカラに渇いている状態だった。彼は急くようにペットボトルの蓋を開け、一息に飲み干す。そして、そのままビスケットも恐る恐るかじってみた。少し湿っていて、変な味だ。だが、食べられないことはない。彼は構わず咀嚼して、飲み込んだ。
(でもなんだろう。この味、最近食べた覚えがあるような……?)
そんな風にハカナはビスケットと格闘しながらも、ちょっとした疑問をセレンにぶつけてみる事にした。
「……なぁ、お前も、『コナトゥス』ってやつを持っているのか……?」
「あン……? そんなん、当たり前じゃねーか」
仏頂面でセレンは答える。ラタネがハカナの怪我を治した不思議な力のこともシンゴは教えてくれた。
『コナトゥス』。
――――『
……その本質は人の生きる衝動、意志を明確な形にした力だと、俺は伝え聞いている。
その力の種類は人それぞれ。『神仔』の『神性』に比べたら効果は限られ、その力も微々たるものだ。だが、リスクはほぼないと言って良い。
例えば、俺のコナトゥスは、『直観』だ。自分でも曖昧な代物だと思うが、俺は人より少しばかり、勘が良い。
お前も、『生きる意志』があるのならば、何らかのコナトゥスを持っているはずだ――――
なんて、シンゴはハカナに語った。しかし……
(僕にそんな力はない。あるはずがない)
彼は怪物を前にして逃げただけだ。何もしてはいない。そして、戦って殺し合いなんて、普通の高校生だった彼が出来るはずもなかった。
「えっと、お前のそれって、どんな力なんだ……?」
「はぁ? なんでテメーにそんなこと教えなきゃならねーんだ」
取り付く島もないという風にセレンは言う。しかし、それを推してまで聞く気力は今のハカナにはなかった。
「そっか……」
「……ん? 何だよ? 辛気臭ぇヤツだな……」
ハカナの反応にセレンが怪訝そうな顔をしたところで、空から、としか言い様のない声が唐突に響いた。
『休戦時間マデ残リ十分前トナリマシタ。タダチニ戦闘行為ヲ停止シ、拠点ヘノ待避ヲ行ッテクダサイ』
それは、昼から夜に移り変わる合図だ。
『神々が決めたルールか、日が沈むことがない』
シンゴから伝え聞いた言葉で、ハカナは彷徨っていた時にあった違和感の正体に気付いた。
……太陽の位置が変わらないのだ。初めて目覚めた時から、ずっと。そのため昼と夜の代わりに、自由時間と休戦時間という風に時間が分けられているらしい。
休戦時間には外に雨が降る。それだけだと何てことはないと思うが、その雨はなんと命を吸う雨、らしい。全身に浴びたが最後、命の限り吸い尽くされ、枯れ果てるように死ぬとシンゴは言っていた。
それ故に、この時間は誰も戦いなんて起こせない。
ハカナは水たまりを思い出す。あの、不可思議な異次元の色彩を。
(……飲まなくて本当によかった)
機械の怪物となった子には感謝は出来ないけれど、お陰で助かったと彼は胸を撫で下ろす。
(しかし、一体、今の地球はどうなっているんだろう。環境汚染なんて話はよく聞いていたけれど……)
何気なく、ハカナがセレンを見ると、彼も同じ
問題は、彼の持つ携帯食料は綺麗に空いた穴があったことだ。まるで、何か、例えば。銃弾に撃ち抜かれたような……
そこでハカナは気付いてしまう。彼の食べた携帯食料の湿り気と味の正体を。そして、忘れようとしていた事実も連動して思い出してしまう。あの、ぬめりけのある、喉を通った鉄錆の味と感触を。
「うっ……アガッ…………」
あの時と同じようにハカナは吐き出そうとして。
「……食えよ。オレたちみたいなはぐれ者には他に食い物なんてねーんだよ」
と、セレンは戻そうとするハカナを見咎めた。そして、彼の目の前まで近寄り、胸倉を掴んで容赦なく引き寄せる。喉まで出かけていたものが止まる。
同時にハカナの額にヒンヤリとした冷たい感触。 セレンの持つ
「ううっ……!?」
「……オレはテメーみたいなヘタレ野郎が大嫌いだ。死にたくなったらさっさと言え。オレが楽にしてやる」
「……っ!?」
「フンッ……!」
そうセレンは言い捨てて、ハカナをベッドに突き飛ばすと、やはり不機嫌そうに部屋を出て行った。
「ぐ……ううっ……」
セレンが出て行って、しばらくしてもハカナの体が動かない。自分の呻き声さえ、他人事のように感じている。
知れば知るほどハカナの混乱と恐怖が深まっていく。思考を重ねれば重ねるほど、頭の中がめちゃくちゃになっていく。
『このゲームのルールを作った神はひどく杜撰みたいでな。ドロップアウトした生き残りに関するルールは、存在しないらしい。俺たちはゲームの外にいた神仔であるレキナと出会い……ただ死を待つのではなく、生き足掻くことを選択した』
ハカナの出会った者たち、シンゴたち『アウトサイダー』。彼らはゲームの敗北者であり、生き残りらしい。勝ち負け以前に、遊戯の盤上に上がっているのかすら疑わしい。だが、それでも彼らは生き延びようとしている。
分かったことも、多い。しかし、それ以上に理解出来ないもの、起こったものがあまりにも多過ぎた。
滅んだ世界、機械の少女、多くの眼を宿した少女、神仔、マレブランケ、アウトサイダー、コナトゥス、神々のゲーム。そして、ハカナにとってなにより分からないのは、彼自身のことだった。
「僕は……このままどうなってしまうんだろう……?」
雨の気配を肌で感じる。
いくら逡巡しても問いに答えは得られるはずもなく、ハカナの魂はずっと霧の中に囚われていた。