第10話 アイドル部本格始動!

文字数 2,657文字

ヒカルはボクらの前で自分の過去を告白してくれた。
「僕は中学校2年生の2学期から不登校になったんだ。ちょうど、その頃、僕の父親がインサイダー取引の疑いで逮捕されたんだ。そして、それはニュースになった。学校では、同級生に陰でコソコソ言われていたんだ。アイツは欲の皮が突っ張った人間の子どもだって」

ヒカルは、告白を続ける。
「僕の担任の先生は、僕を慮っていろいろと手を回してくれた。でも、当時の僕は田舎特有の、ただ身内の不祥事があったという事実だけで、排他的になる学校の雰囲気になじめなかった。母もすごく辛い無かっただろうけど、僕のことを心配していろいろと気を遣ってくれた。でも、あの当時はそんな母の気遣いもすごく重く感じていた。家族を顧みず、犯罪行為に手を染めた父も憎んださ。元々、父とは話をする中でも無かったから余計にね。そして、僕は何の非もない僕たち家族に対しても冷たいまなざしを向ける学校社会、近隣住民の存在を憎んだ。お前達は当事者でないのに、なぜ善人面して、僕らに心ない言葉を投げることができるのだ」ってね。

ボクはヒカルの告白に対し、うろたえざるを得なかった。
成績優秀で聡明なヒカルだったからこそ、
家庭環境は通常の家庭より恵まれているものだと勝手に思っていたからである。

ヒカルは、さらに当時の心境を綴った。
「ボクは、学校に行くとね。磔にあった気分だった。今から死刑台に昇る死刑囚のようにね。担任の先生には無理を言って、保健室登校という扱いで、なんとか出席日数だけは確保することにしたんだ。保健の先生は、非常に良心的な人だった。こんな僕だったけど、「あなたのように学校に通いたくても通うことのできない1年生の女の子がいるの。良かったら勉強を教えてあげてくれないかしら」と言って、僕に居場所を作ってくれたりした。僕の中学生時代は暗黒時代だよ。早く高校に進学して、中学時代の人間とは、関わりのない世界に移りたかった。そうなると、必然的に入るのが難しい学校群となる。そうして僕は、今、県下一の進学校である尾張第一高校に進学した。こんな理由で僕は今、この高校に通っている。必死に塾に通って、良い大学に入ろうとこの学校の門を叩いてきた子には本当に申し訳ないけどね」

ヒカルは、自分の中学生時代の過去を話した後、再びリンちゃんに向かってこう言った。
「僕はリンちゃんのように自発的に不登校になったわけじゃない。いわゆる嫌な出来事を避けるために、保健室登校を選んだ消極的な人間だよ。リンちゃんは、こんな僕を軟弱者だと思うだろうね。でも、僕は変わりたいと思っている。この「アイドル部」を発足した理由も、この窮屈で自分の居場所を見つけられない、友達もいない、窒息しそうな学校社会・人間社会において、それでも「自分らしく生きたい」という熱情をぶつけたいんだ。そして、この声を同じような境遇の子に拡散したい。思いを「形」にするには、メディアに発信して、周知され、周りの人の心を動かすことがやっぱり必要だと思っている。ここにいる僕たちは、それぞれに心の奥に傷を負っている。リンちゃんも、普通の人と同じ生き方を選ばず、孤独を選んだよね。僕たちのような人たちの味方をこの社会にもっと増やしたい。そのために、リンちゃんに、ぜひこのアイドル部で輝いてほしいと思っている」

ヒカルの真剣な思いに、リンちゃんも少し考えた後、こう返事をした。
「ヒカルが本気なのは分かった。でも、アタシは今まで社会の目なんか気にせず、自分の表現したい者を描き続けてきただけ。アイドルなんて、人から人気を集めるような仕事が自分にできるとは思えない。アタシは美人じゃないし、性格もよくない。スタイルもモデルさんみたいじゃない。私みたいなのがアイドルになっても笑われるだけじゃないかな」

ボクは、リンちゃんの告白に対して、自分の思いを率直に述べていた。
「それは違うよ、リンちゃん。確かに、アイドルの中には飛びきり美人で歌も上手くて、スタイルもモデル並みの子がたくさんいる。でも、ボクはアイドルっていうのはいろんな形があってもいいと思うんだ。ステレオタイプなアイドル像は、男の欲望を具現化しただけでつまんないじゃないか。ボクたちはアバタもエクボなんだ。いや、アバタがエクボなんだ。コンプレックスを武器にするんだ。ボクたちは社会の既成の価値観に反逆するために表現活動をするんだよ。少なくとも、ボクは、リンちゃんのことを好きになってくれる人が必ずいると思うんだ。少なくとも、ボクは自立した強いリンちゃんが好きだよ。ボクは「好き」ということには責任を持っているつもりだよ。これでも、この部の中ではプロデューサ―だからね」

リンちゃんは、ボクの思いのほか真面目な発言に赤面しながらも
「ありがとう」とボクに言ってくれた。
そして、続けてこう言った。
「分かった。アタシ入部する。男に二言はなしよ。こう言ったんだから絶対、プロデュースしてブレイクさせてよね」
ボクとヒカルは声を合わせて「もちろん」と返事をした。

これで、ヒイラギさん、レイラさん、リンちゃんの3人が揃った
尾張第一高校アイドル部「ボクらの抵抗(résistance)」が正式に発足することになった。

ヒイラギさんはヒカルに尋ねた。
「ところで、アイドルグループの人数が揃ったけど、もうどんな企画をするかプランニングはあるの」
ヒカルは、次のように返事をした。
「ええ、もうこの3人になると決めてからはすでに準備を進めていますよ。3人とも、勉強が非常にできるので、最初の企画は、「模試を解いてみた」という企画をYouTubeにアップロードしようと思っています。アイドルと言えば、おバカタレントといったような世間の価値観をまず揺さぶって、様子を見たいと思っています。皆さん、仕事やそれぞれのライフスタイルもあるので、今日のように対面でセッションする日は限られるでしょう。なので、Zoomなどを使ってWeb会議形式でセッションしていければいいと思っています。まずは、費用対効果の関係で、速報性・周知性に優れたYouTube企画を何本かやります。手応えを感じたら会場を貸し切ってライブなんていうのもあるかも知れません。いずれにせよ、ボクたちの最終目標はアイドル甲子園で優勝することです。そのために、資金調達や広告戦略など、あらゆることを絨毯爆撃で展開するつもりです。そのためのスペシャルな人材も招聘しているのでね」

尾張第一高校アイドル部、本格始動が始まった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み