斑猫
文字数 1,570文字
金属光沢のある緑色の髪、ビロードの黒紫のコートには中央部分に紅い横帯が入り
光沢のある青緑色のブーツを履いていた
斑猫の放つ芳香は
果実の様な独特な香りがした。
サラサラと筆を走らせて長い巻物に言葉を紡いでいく秀真は
斑猫を見ることなく香りで気が付いたが
そのまま筆を置くことはせずに書き続けた。
斑猫は秀真がみえる位置で跪くと
そのままの姿勢でただひたすら、秀真の次の行動を待っていた。
やっと筆を置くと
何も言わずに立ち上がった秀真は
沢山の巻物の中から色褪せた紫陽花柄の巻物を選び手にした。
斑猫がなぜ訪ねてきたのかは知っていたからだ。
巻物の中身を確かめることもなく、そのまま斑猫に手渡した。
「賜ります。」
斑猫も余計な言葉は一切発することなく
巻物を大切にゆっくりと頭上に掲げ
深く一礼した。
秀真が記す文字には神の言葉が宿ると言われている
魔多羅神の言葉を御先に伝える命令書のような巻物や
神様や御先たちと人が交した≪約束≫が記されたのもが保管されている。
斑猫は【道しるべ】としての仕事に誇りを持っているようだった。
「大切な約束を記憶から失ってしまっても、
それでも約束は繰り返し果たされている。
短い一生ではその事に気付かないままの場合も多い…
あぁ…なんて儚いんだ人間は…」
秀真の部屋をでた斑猫の大きな声の独り言に
「我々が人間の罪過を事細かく天帝に告げているからね。
そりゃ、寿命も儚くなるさ。」
と三尸の青姑が笑いながら言った。
青姑、白姑、血姑と呼ばれている
三尸が
小児の様な背丈の姿で現れた。
60日に一度めぐってくる庚申の日に眠ると
この三尸が人間の身体から抜け出し悪事を天帝に報告し人間の寿命を縮める。
上尸の青姑、中尸の白姑、下尸の血姑、の三尸は
頭、腹、足の中にそれぞれ人間が生まれ落ちる時から体内にいる
「お前らが真面目に報告するのは
人間の寿命を縮めて宿っている人が死亡すれば自由になり
鬼(き)になれるからだろ?」
大が急に現れて言った
「あら、何でもいいじゃない?真面目に働いているんだから。ねぇ?」
玄も続いて現れた
「そう、我々は真面目にやるべき事をやっているだけだ。」
白姑が大に詰め寄った
大は両手を上げて
「降参!はやく報告にいけよ。」
と争う気はないと示した。
「やめておけ白姑。行くぞ。」
青姑と歩き出していた
血姑に促され白姑は渋々歩き出し後に続いた。
「庚申の縁日か…今宵は騒がしくなるな…。」
三尸をずっと見送るように巻物を抱えて立っていた斑猫に
玄が声をかけた
「ほら、斑猫。はやく巻物を届けなさい?
どんな言寄さし?」
斑猫は秀真から受け取った巻物を確かめるように抱え直し
嬉しそうに
「これは、花守りの約束の巻物です。
それでは失礼いたします。」
と言って会釈をするとその場から消えた。
「花守りの約束!?」
「時を得たって事!?」
大と玄は思わず顔を見合わせた。
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