第94話 繋がる点と点 ~届かない思い 3 ~ Bパート

文字数 3,486文字


「いや駄目って……私、普通の顔をしていると思うのに、私の笑顔。駄目?」
 私は笑顔が好きなのにそう言われるとすごく寂しい。
「駄目じゃないよ。僕はその愛美さんの笑顔、すごく好きだから毎日、いつでも見たいくらいだからまた僕にも見せてよ」
「優希君っ?!」
 まさかの優希君の声に驚いて振り向いた私と、後輩二人の声が綺麗に重なる。
「良かった。やっと愛美さんを見つけられた」
 そう言って、まるでそれが当たり前の行動と言わんばかりに私の隣へ来て、私の手を取って恋人繋ぎをしようとしてくれるけれど、
「……」
 私はそれを避けるように一歩離れると優希君の肩が下がる。
「今日お昼、雪野さんとお昼したでしょ」
「……まあ。でも雪野さんと手は繋いでないし、雪野さんの弁当も食べてないって」
「でも優希君から雪野さんの香水のにおいがするよ?」
「それは愛美さんのお願いを聞いて、雪野さんのフォローをしてるから……」
 そう言って尻すぼみになる言葉。まあ私の方もそう言われると、お願いを聞いてもらってる立場上あまり強くは言えなくなってしまう。
「それで、どうして私を探してくれていたの?」
 だから風向きが悪くなる前に話を変えてしまう。
「うん。今朝の事で愛美さんと話がしたくて」
 今朝の件……今朝と言えば
「……あのメッセージの事?」
 そう。あの妹さんの言葉の途中で切れてしまった通話の事だ。しかも何を思って、いや。私の一言、一動作に慌ててくれる優希君を見てみたいとか思って送ったあのメッセージだ。
 そこまで思い至ればまた気付いてしまう。私のある一点に注がれた優希君の熱っぽい視線に。
 これが因果応報と言うのか。私の一言で慌ててくれる優希君が見てみたかっただけなのに、どうして私が慌てる事になっているのか。
「優希君……あのメッセージ消して?」
 あんなメッセージ送るんじゃなかった。どうして優希君の事になると私は浅慮になってしまうのか。
「メッセージってどれの事? ちゃんと言ってもらわないと分からないよ」
 そして優希君が笑いながら聞いてくるけれど、あの顔は絶対分かってる顔をしている。
「優希君のイジワル……私にもっと優しくしてくれても良いのに」
 風向きが悪くなる前に話を変えたはずなのに、どうして風向きが悪いままなのか。
「……ああっ! そっちか。そっちの話を愛美さんはしてたんだ」
 あれ。なんか話がかみ合っていない気がする。そして今度こそ優希君の中で合点が行ったのか、私を楽しそうにからかう時に見せてくれる笑顔を浮かべる。
「僕は愛美さんがしようとしてくれた、友達の話を聞きたかったんだけど」
「――っ?!」
 これは風向きが悪いどころの話じゃなくなってしまった。
 また、またっ――優希君の前でやってしまったとしか思えない。
「そう。もちろん私もそのつもりだったよ。ちゃんと優希君が覚えてくれているか確認したかっただけなんだから」
 優希君の嬉しそうな笑顔は消えないけれど、どのメールの事かちゃんと言っていない今ならまだ間に合う気がする。
「愛美さんからのお願いのメールを消すなんて事は僕には出来ないけど、あのメール僕宛てじゃない?」
 そう言って少し寂しそうな表情を作る。
「そ、そんな事無いって。ちゃんと優希君にお願いしたい事だよ」
 咲夜さんの話はちゃんと優希君の顔を見ながらしたいって思っていたんだから。
「僕は、愛美さんのお願いを聞く事が優しさだと思ってるんだけど、違う?」
「……そうだよ。私が早合点していただけだよ。ホントは優希君全部分かってるんだよね。いつもいつも優希君私にだけはイジワルだよね。彼女の私にはもっと優しくしてくれても良いんじゃないかな?」
 これ以上の言い訳は盛大な自爆にしかならないかと思って、もうやけくそ気味に認める。
「愛美さんもその……意識してくれてるんだ」
 そう言って喉を鳴らす優希君。
 認めたはずなのに、どうしてもっと恥ずかしい話になってしまっているのか。
「い?! 意識って。今日の優希君、ちょっとイジワルが過ぎるよ?」
 そりゃそれだけ私の唇に熱っぽい視線を向けられたら、嫌でも意識するに決まってる。
 むしろ優希君の方が、すごい意識してるはずなのに、私の方が恥ずかしすぎてとてもじゃ無いけれどそれを口にする勇気はない。今だって断続的にだけれど唇に視線を感じるんだから。
「意地悪なつもりはないけど、愛美さんのその照れた仕草とか、慌ててる表情とか、可愛くて好きだよ」
 そしていつもいつも私への気持ちを口にしてくれる優希君にごまかされる私。
「ホント、優希君ズルいよね。私、そう言われたらもう何も言えないよ」
 好きな人から好きだって言ってもらえたら、もう何でも良いって思えるんだからどうしようもない。
「それに……愛美さんの笑顔も僕が独り占めしたいくらいには好きだよ。だから……ね」
 そして優希君の言葉と優しそうな表情を見て、初めから私への気遣いと優しさが詰まっていた事に気づく。
「……っ!」
「……(はぁ)」
 更に私にとっても、とても可愛い二人の後輩が目の前にいた事も。
 そんな気遣いを見せられたら私が嬉しくならない訳がない。
「ありがとう優希君。私も優希君の事、だ……大好きだよ」
 言葉にはちょっとつまってしまったけれど、優希君にはとっておきの笑顔を向ける。
 そして優希君が後輩二人の前だと言うのに、私の頭の上に手を置いてくれる。
「二人の気持ちも分かるけど、僕は愛美さんの笑顔も好きだから、駄目って言わないで欲しい……まあ愛美さんの笑顔は本当に可愛いから、僕以外の人には見せては欲しくないけど」
 もうすぐ二者面談に時間なのに、優希君の私に対するまっすぐな気持ちが嬉しくて、私の頭の上に置いてある手が心地良くて、雪野さんの匂いがするのに、優希君の隣から動きたくなくなる。
 やっぱり優希君の隣は私以外は絶対に嫌だと、私だけの特等席で居たいって心の中で強く想う。
「愛先輩が可愛すぎる……じゃなくて! じゃあ副会長は愛先輩に他の男が寄って来ても良いんですか?」
「……」
「それは困るけど、って言うかそんなの今更だけど駄目に決まってる。でも愛美さんの良い所――『私が、優希君意外の男の人の隣は嫌だよ』――ありがとう愛美さん」
 そう言って私の頭の上に置いてくれた手をゆっくりと優しく動かしてくれる。
 彩風さんには悪いとは思うけれど、倉本君には申し訳ないけれど、私にとってはこの優希君の気遣いが一番嬉しいのだ。
 優希君が私の浮かべる笑顔を他の男の人には見せて欲しくないと思うのと同じように、私だってこの気遣いは私以外の女の人には絶対にして欲しくないって思っている。
「……それで愛美さん。メッセージの事だけど……」
 初めは咲夜さんの事のはずだったのに、至近距離にも拘らず私の唇に視線を注ぎ続ける優希君。
 もうどっちの事か本当に分からない。
「友達の事は今度二人っきりの時にね」
 だからとりあえずは無難な方の前提で返事をする。
「二人っきり……」
 なのに、どうしてその言葉にだけ反応をするのか。
 ただですら後輩二人の前。先輩としての威厳もあるから、こんな恥ずかしい話。
 この場では絶対に気付かないフリをしないといけない。
「……」
 はずなのに、優希君のあからさまな視線に気づいたのか、後輩二人が顔を赤らめながらも、目を潤ませて瞬きも忘れてこっちを見ている。
「私、そろそろ二者面談だから行こうかな?」
 そう言って私は唇を湿らせるために、口の中に巻き入れるのを
「……」
 今度は三人が三人とも喉を鳴らして私の方を見ていた。
 いや後輩二人は、優希君に何を期待しているのか、優希君の方に視線を送っている。
 私は恥ずかしすぎていたたまれなくなってきたからと
「私もう行くね――エッチ」
 みんなに断りを入れた後、優希君だけに聞こえる声量で一言添えてから、その場から逃げ出すように二者面談へと向かう。
「ちょっと愛美さん! それは誤解だからっ」
「やっぱり愛先輩と副会長が一番お似合いですから、今まで以上にあーしはお二人に協力します」
「アタシも協力しますけど、どうして副会長はあそこで押してしまわないんですか! 愛先輩絶対待ってましたよ!」
 慌てた優希君の声に私の目的が達成できた満足感と、後輩の片や嬉しい言葉と、もう片や恥ずかしすぎる激励を背に。

 ……別に期待はしてはいないよっ! 女の子にはこう言うの、ちゃんと心の準備があるんだからねっ!

 誰ともなしに言い訳をしながら。

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