第6話 世界を騙した男 サム・バンクマン=フリード③

文字数 3,790文字

 11月6日にFTXの信用が突如失われ、取り付け騒ぎが起こり、顧客資金の引き出しが停止されると、インターネット上では凍結されたアカウントが違法に売買され始めた。取引所のアカウントとは銀行口座のようなものだ。この時点では、預金者へお金が返ってくる可能性もあったので、二分の一の確率に賭けたのだろう。

 それから、世界中のユーザーの出金が停止されていたにも関わらず、FTXの本社がバハマにあったせいなのか、バハマ在住のユーザーだけは引き出しができるという噂が流れた。この噂の真偽は不明だが、次はバハマ市民権が違法に売買され始めた。


 11月11日に破産を申請して辞職したサムに代わり、ジョン・レイ3世(John Ray III)がFTXのCEOに就任した。彼は、2001年に破綻したエネルギー大手、エンロンの清算を指揮した人物である。
 破産申請から数時間後の11日深夜、FTXの新CEOとなったジョン・レイ3世は、取引所が次々とハッキングされ、6億ドル以上の顧客資金が流出したことを発表した。

 12日、ブロックチェーンセキュリティ監査企業であるハッケン(Hacken)は、この「ハッキング」のうち約4億ドルが内部関係者の犯行であると突き止めたのである。(※1)


(FTX のホットウォレットが、異なるネットワークで数時間前に不審な動きを示しました。盗まれた資金の額は4億ドル近くになる可能性があります。以下はその詳細です。)


 ハッケンの共同創業者兼CEOのディマ・ブドリン(Dyma Budorin)は、「ハッカーは愚かなミスを犯した」とCoinDesk TVに語った。
 ハッケンの調査によれば、FTXから4億ドル以上を盗み出した「ハッカー」は、暗号通貨取引所クラーケン(Kraken)の認証済み個人アカウントを使っていたのだ。クラーケンは、2011年にアメリカで設立された世界最古の暗号通貨取引所の一つである。
 
 クラーケンは、ライバルであるFTXを攻撃した「ハッカー」を特定し、法執行機関の捜査に協力すると発表した。



(ハッケンの共同創業者兼CEOディマ・ブドリン「ハッカーは経験の浅い内部犯行者である可能性が非常に高い。ハッキングの間、資金の送信にクラーケンが使われた。」)

(クラーケンの最高セキュリティ責任者、ニック・パーココ(Nick Percoco)「我々は犯人の身元を特定している」)


 内部犯という情報が明らかになるや「サムがシステムにあらかじめバックドアを作らせていて、彼自身か彼の側近のうちの誰かがハッカーを装い、顧客の資金を抜き取ったのだ」という憶測が飛び交った。
 こうした中で、飛行機の位置情報を追跡し公開するサービスである「フライトレーダー」が、同じく12日に「FTXの創業者で元CEOが所有する機体がアルゼンチンへ向かっている」とツイートし、サムが顧客資金を抜き取ってアルゼンチンへ逃げたという噂が急速に広がった。(※2)

 さらに、FTXの100億ドルの顧客資産がアラメダの損失を補填するために不正流用されていたことを示す証拠も明らかとなり、サムは刑事捜査の対象となった。
 FTXやアラメダの社員たちの元には嫌がらせや殺害予告が相次いだ。

 11月15日、フロリダ州の連邦地裁にFTXに対して損害賠償を求める集団訴訟が提起された。原告は110億ドル(約1兆5,400億円)もの損害を被ったと訴え、被告にはサムはもちろんのこと、FTXの広告塔であったプロスポーツ選手たちも含まれている。アンバサダー契約を結んでいた大谷翔平選手や大坂なおみ選手も、宣伝広告に責任があるとして訴えられてしまった。
 フロリダ州マイアミ・デイド郡は、FTXが取得したアリーナの命名権を取り消し、違約金として1650万ドル(約23億円)を60日以内に支払うことを求めた。期日までに支払われない場合、支払いが完了するまで年率12%の利息を請求するという。


 一方、サムがバイデン陣営へ多額の寄付をしていたことで、彼をいわゆる「ディープステート」と結びつける陰謀論者(Qアノン信者)たちは、今回のFTX破綻とサムの失墜を「自分たちの勝利」だと喜び、喝采を叫んでいた。
 陰謀論者は何かと「ユダヤの陰謀」と言いたがるものだ。陰謀論者たちの暗号通貨嫌いやサム個人に対するヘイト感情は、サムがユダヤ系アメリカ人であることと無関係ではないだろう。

 11月28日、FTXの倒産に連鎖して、かつてFTXが救済しようと試みたブロックファイが連邦破産法第11条(チャプター11)の適用を申請した。
 スタンフォード大学では12月7日、法学部の教授であるサムの両親が、来期は授業を持たないという声明を出した。


 FTXの崩壊は結局、人間の問題だった。FTXは中央集権型の取引所で、ごく少数の人間によって恐ろしいほどずさんな管理がされていたのだ。
 FTXの新CEOであるジョン・レイ3世は、「今回のような企業統制の完全な失敗と、信頼できる財務情報の完全な欠如を見たことがない」と語っている。(※3)

 サムと彼の側近たちが顧客の資金を私物化してきた実態が白日の下となり、厳しい目が向けられている。
 バハマにある3000万ドル(約42億円)のペントハウスで生活を共にしていた、サムを含めた10人のルームメイトたちが、FTXとアラメダを実質的に支配していた。
 彼らは皆、サムがマサチューセッツ工科大学で知り合った友人や、ジェーン・ストリートで働いていた時の元同僚だった。

  2021年10月からアラメダのCEOを務めていたキャロライン・エリソン(Caroline Ellison)は、「FTXの顧客資金をアラメダに送り、負債を埋める」というサムの判断を知っていた幹部4人のうちの1人だったと、ウォールストリート・ジャーナルが報じている。(※4)
 キャロラインの父親であるグレン・エリソンは、サムの母校であるマサチューセッツ工科大学の経済学の教授で、母親のサラ・フィッシャー・エリソンも同大学で教える経済学者である。名門大学の教授の娘であるキャロラインは、同じく名門大学の教授たちの息子であったサムと、生育環境などが似ていたのだろうか。
 スタンフォード大学で数学を学んだキャロラインは、ジェーン・ストリートでトレーダーとして働き、アラメダに移籍した。彼女もバハマのペントハウスに他の9人と同居していて、例の「効果的利他主義」を標榜し、サムとは恋人関係だったという。
 FTXの破産申請後、新CEOのジョン・レイ3世によって、キャロラインはその職から解雇された。

 サムとキャロラインにとって「効果的利他主義」とは何だったのか。慈善団体に寄付するよりもまず、顧客の資金を守るべきではないか。
 彼らが本当に自己の利益よりも他者の利益を優先する利他主義者であったならば、FTXに預けられた顧客の資金をアラメダに不正送金したりはしないだろう。


 100万人を超えるユーザーがFTXに資産を預けていたのは、資産に対する利回りを得るためだった。 
 伝統的銀行にお金を預けている顧客の資産は、規制によって守られている。
 しかし、政府による保証や規制を受けていない中央集権型取引所は、破産すれば顧客の資産は完全に消滅する可能性が高く、救済措置もないのである。
 暗号通貨業界には、中央で管理する企業が存在しない分散型取引所(DeFi)がすでに運用されている。
 それにも関わらず、多くの人々が分散型取引所よりも中央集権型取引所を選んでしまうのは、従来の銀行と似ているため「安心」という幻想を抱いてしまうからかもしれない。
 実際は自分のお金が守られていないのに、守られていると錯覚してしまうのだ。

 サムの凋落によって、世界最大の暗号通貨取引所バイナンスのCEOであるチャンポン・ジャオが、新たな「救世主」として早くも祭り上げられつつあるが、誰も信じてはいけない。
 暗号通貨業界は、映画『アウトレイジ』や『スーサイド・スクワッド』のように「登場人物全員悪人」だと思うべきである。この業界は、その誕生の時からずっとリバタリアン(自由至上主義者)たちの世界だったのだから。



※1 FTX Hack or Inside Job? Blockchain Experts Examine Clues and a ‘Stupid Mistake’, Krisztian Sandor, CoinDesk, November 15, 2022.
※2 Flightradar24 @flightradar24, November 12, 2022.
※3 New FTX Boss Condemns Management of the Crypto Exchange During Sam Bankman-Fried's Tenure, Jack Schickler, CoinDesk, November 17, 2022.
※4 Alameda, FTX Executives Are Said to Have Known FTX Was Using Customer Funds, The Wall Street Journal, November 12, 2022.
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