サタナエル

文字数 1,455文字

(古記録より)

 ……新皇帝は、〝熱情王〟及び〝強健公〟を伴いて辺境の()の地を訪れ、次の如く語れり。

 即ち、「先帝は我等に命じ、汝等〝未来あるもの〟達に知恵の光を分け与えしめたり。(しか)し、帝威を借りし一部の奸臣(かんしん)共は、汝等を自らの私兵として選別・徴用すべく相争(あいあらそ)わせ、その意に満たざる者達を滅ぼさんと図れり。我等はかかる蛮行に異議を唱えたるが、悪臣共はこれに乗じて我等をも罪人と断じ、帝国軍の一部を率いて討伐を開始せり」

「我等帝国の忠臣及び、汝等〝未来あるもの〟のうち〝海を渡るもの〟達は、力を合わせてこの邪悪なる企みを阻まんと努めたるも、戦いは困難を極めたり。我等は幾度(いくたび)かの危機を乗り越え、最も凶悪なる一派の討滅に成功せしが、争いのうちに先帝消息不明となるに及び、自ら独立の国主を僭称(せんしょう)する帝国の諸侯・将軍数多(あまた)現れ出で、遂には国家秩序もまた(ことごと)瓦解(がかい)するに至れり」

「事ここに至りては、もはや旧来の帝国の存続は不可能なるがため、我等はこの地を含む広大なる実効的支配領域に、新王朝を創始することを決定せり。故に、我は今ここに帝国法に従い、皇家と我と訪問団の名において【編者注※ この部分は当時における未公開情報を含んでいたため、翻訳に意図的な修正あり】、汝等に対し新たなる治世(ちせい)の開始を告げるものなり」と。

 続けて(いわ)く、「〝未来あるもの〟のうちでも〝地を()べるもの〟の階梯(かいてい)にある汝等は、未だこの地を離れて我等と共に戦うこと(あた)わざらん。故に汝等は、もはや先帝の御名(みな)による加護(かご)はなきものと心得、知恵の光に輝く自らの存在のみを正当性の(あかし)と為すべし。また今はただ、その輝きを汝等の幸福なる世界を築くためにのみ用い、旧帝国の賊臣賊将が放ちたる間諜(かんちょう)に惑わされ、相争(あいあらそ)うが如きことなきよう、ここに要請する。これより汝等に国民として求める協力につきては、後日派遣する代表使節を通じ、あらためて伝達せん」と。

 さらに重ねて(いわ)く、「汝等がこの言を守りて、自らの惑星をよりよく()べる資質を養い、また星の河を越えて近隣の惑星を開拓し、さらには星の海を渡りて他の惑星系に到る能力をも得たる暁には、此度(こたび)の戦争の帰趨(きすう)如何(いかん)に関わらず、空蝉(うつせみ)の如く形骸化せし旧帝国の体制に代わるべき新秩序において、必ずや名誉ある地位を獲得せん」と。




 放送映像に映る彼女は、栗色の御河童(おかっぱ)頭をせる愛らしき少女の姿なりしが、かつては〝知恵の光をもたらす者(ルシファー)〟の二つ名を与えられし、旧帝国の文明開発長官なりき。即ち、発展途上種族に対する文明支援の功績から量子頭脳への人格転移(マインドアップローディング)を裁可され、最先進の文明段階〝心結びしもの〟に至れる種族の、代表人格を宿(やど)分離個体(アバター)なり。彼女の種族は先帝種族への情愛と帝国への忠誠(あつ)きが故に、先帝を善神に()し、彼女自ら悪役を演じる伝承説話までも用いて、対象地域の文明発展に多大なる貢献を果たし来たれり。

 帝国の慣習法に従いて統治を宣言したる後、新皇帝サタンは後任の文明開発長官アスモデウス、新設の本土防衛司令官アモンと共に、太陽系の第三惑星〝地球〟を離れ、次の目的地たる惑星系に(おもむ)けり。


注※ この部分は後に、次のとおり用語を意訳していたことが判明した。

皇家:〝種族融合体〟(知的種族サタンの全個体が人格を転移(マインドアップロード)し、思考能力の向上や集合人格の形成が可能となった、母星の量子頭脳本体)

我:〝分離個体(アバター)〟(個々の人格が活動するために自らを再転移(ダウンロード)して用いる、生体または機械の身体)

訪問団:〝種族分離体〟(複数の人格が母星外で活動するために自らを再転移(ダウンロード)した、対外派遣用の量子頭脳)
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