第5話 抵抗
文字数 1,948文字
それから更に一週間が過ぎた。例の物体は依然として赤道上高度約十万キロメートルを保って地球の自転をなぞりながら太陽の周りを回っているようだった。何度も国際会議が開かれ、滝山の他、主任の森、そして山本が参加することもあった。一方でこの頃には、U国の科学者が指摘していた通り、各国の政治家が主体となる会議が増えていった。そこではロケットを撃ち込むという、U国の提案が中心となって話が進んでいった。一週間変化のない謎の物体に対して、もっとも素早く到達し反応を伺うことができる手段であることは疑いがない。
「もし例の物体が破壊された場合、宇宙空間に残骸が漂うことにはなるだろうが、地球に落下してくることはないだろうね」観測を続ける山本に、滝山所長が話かけてきた。
「大気圏に入って、大抵のものは燃え尽きるとは思いますが、あれは我々の目に見えないようですから、その事実すら確認できないかもしれません」
山本はそう答え、謎の物体について思いをはせた。物質の性質そのものについては専門ではないが、宇宙空間の様々な物質を電磁波で観測することにかけては世界でも指折りの存在だと自負している。そんな自分が、ライバルであり仲間でもある森主任とタッグを組んでも分からない。分かるための手段が分からない。破壊してしまったら、より一層分からなくなるのかもしれない。そう思うと、現在の計画には待ったをかけたい。
「所長、やっぱり破壊はよくないですよ。知的探求心から言っても」
「それは多くの研究者が思っていることだろう」滝山が続ける。
「世界の潮流というのはしかし、止められるものではないよな。まだ事は始まっていないので、何かできるかもしれないけれど、代わりの案がない限りは説得できない」
「せめて時間を引き延ばせないですかね」
「もう政治の領域に入っているからな。世論や経済界が大きく反対すれば、可能性はあるかな」
「となると、マスコミですか」
「今の時代、彼らの誘導もあまり影響はないかもしれない。個人の動画や投稿の方が影響力があるかもしれないな」
そこに若杉がやってきた。本日は勤務外だが、最新の動向が気になって出勤してきていた。
「ミサイル反対キャンペーンを、ここから流しますか?」
若杉の友人にネット社会では有名なインフルエンサーがいるそうだ。彼女は普段、ファッションなどの投稿が多いのだが、政治的な事柄を時々投稿し、多くの若者がその内容に 目を通すということだった。
「近頃はこういう人からの情報をもとに、選挙の時に誰に入れようかと考えたりするんですよね」若杉は滝山所長を改めて見つめ、続けた。
「彼女にロケット反対だと書いてもらいましょう。もちろん本人は同じ意見なのでそこは大丈夫です。少なくとも我が国の若者がこの件に関心をもち、そこから反対意見が世界に拡散すれば、と」
滝山の表情は暗いままだ。山本がそれに気づき、話を続ける。
「まずそのインフルエンサーの女の子に、我々がそれを書かせた、と受け取ることが可能なものはすべて削除しよう」
これは確かに心配材料だ。彼女の投稿はあくまで彼女の責任で行われる。が、その内容を一観測所が誘導しているとなれば、倫理的に許されるものではない。しかもU国主導のロケット案に表立って反対したことのない我々がそれをやっているとなると、国際的にも問題だろう。
「ごもっともです。それに加え、これも裏から手を回すような話ですが、彼女の身が安全であるよう、やはり何とかしたいですね」若杉は切実な表情だ。
「内容というか、表現に十分配慮すれば、彼女自身は大丈夫だろう。そもそもネット社会に彼女は精通しているのだろう?」滝山所長が言う。
「それはそうですが」若杉はそう答えながら、インフルエンサーに連絡をした。
わずか三日後のことだった。ミサイル撃ち込みに疑問を投げかける投稿が大きく増えていることが分かった。しかもそれは多くの言語に渡っている。U国内からの発信も当然存在していた。やはり世界の人々は不安だったのだ。
そこに批判を旨とするマスコミが乗りかかる。発端となる投稿に関してのみ内容の監修を行った若杉だが、予想を大きく上回る反響下においてはもはや各投稿の誤りを訂正することができない。ただ、ミサイルを撃ち込むことさえ延期させられるのなら、それでよいと思っていた。
「さすがにこの流れを無視できないだろう」
山本はそう言って個人所有のタブレットの画面をスワイプした。画面には似たような内容の見出しが連なっているので、大きく指を動かし、別の話題を探る。が、今日も謎の物体をどうするのか、という内容一色。休暇でウイスキーを片手にしているが、全く寛いだ気分になれない。画面を閉じようとした山本だが、ある見出しに目が留まった。
「もし例の物体が破壊された場合、宇宙空間に残骸が漂うことにはなるだろうが、地球に落下してくることはないだろうね」観測を続ける山本に、滝山所長が話かけてきた。
「大気圏に入って、大抵のものは燃え尽きるとは思いますが、あれは我々の目に見えないようですから、その事実すら確認できないかもしれません」
山本はそう答え、謎の物体について思いをはせた。物質の性質そのものについては専門ではないが、宇宙空間の様々な物質を電磁波で観測することにかけては世界でも指折りの存在だと自負している。そんな自分が、ライバルであり仲間でもある森主任とタッグを組んでも分からない。分かるための手段が分からない。破壊してしまったら、より一層分からなくなるのかもしれない。そう思うと、現在の計画には待ったをかけたい。
「所長、やっぱり破壊はよくないですよ。知的探求心から言っても」
「それは多くの研究者が思っていることだろう」滝山が続ける。
「世界の潮流というのはしかし、止められるものではないよな。まだ事は始まっていないので、何かできるかもしれないけれど、代わりの案がない限りは説得できない」
「せめて時間を引き延ばせないですかね」
「もう政治の領域に入っているからな。世論や経済界が大きく反対すれば、可能性はあるかな」
「となると、マスコミですか」
「今の時代、彼らの誘導もあまり影響はないかもしれない。個人の動画や投稿の方が影響力があるかもしれないな」
そこに若杉がやってきた。本日は勤務外だが、最新の動向が気になって出勤してきていた。
「ミサイル反対キャンペーンを、ここから流しますか?」
若杉の友人にネット社会では有名なインフルエンサーがいるそうだ。彼女は普段、ファッションなどの投稿が多いのだが、政治的な事柄を時々投稿し、多くの若者がその内容に 目を通すということだった。
「近頃はこういう人からの情報をもとに、選挙の時に誰に入れようかと考えたりするんですよね」若杉は滝山所長を改めて見つめ、続けた。
「彼女にロケット反対だと書いてもらいましょう。もちろん本人は同じ意見なのでそこは大丈夫です。少なくとも我が国の若者がこの件に関心をもち、そこから反対意見が世界に拡散すれば、と」
滝山の表情は暗いままだ。山本がそれに気づき、話を続ける。
「まずそのインフルエンサーの女の子に、我々がそれを書かせた、と受け取ることが可能なものはすべて削除しよう」
これは確かに心配材料だ。彼女の投稿はあくまで彼女の責任で行われる。が、その内容を一観測所が誘導しているとなれば、倫理的に許されるものではない。しかもU国主導のロケット案に表立って反対したことのない我々がそれをやっているとなると、国際的にも問題だろう。
「ごもっともです。それに加え、これも裏から手を回すような話ですが、彼女の身が安全であるよう、やはり何とかしたいですね」若杉は切実な表情だ。
「内容というか、表現に十分配慮すれば、彼女自身は大丈夫だろう。そもそもネット社会に彼女は精通しているのだろう?」滝山所長が言う。
「それはそうですが」若杉はそう答えながら、インフルエンサーに連絡をした。
わずか三日後のことだった。ミサイル撃ち込みに疑問を投げかける投稿が大きく増えていることが分かった。しかもそれは多くの言語に渡っている。U国内からの発信も当然存在していた。やはり世界の人々は不安だったのだ。
そこに批判を旨とするマスコミが乗りかかる。発端となる投稿に関してのみ内容の監修を行った若杉だが、予想を大きく上回る反響下においてはもはや各投稿の誤りを訂正することができない。ただ、ミサイルを撃ち込むことさえ延期させられるのなら、それでよいと思っていた。
「さすがにこの流れを無視できないだろう」
山本はそう言って個人所有のタブレットの画面をスワイプした。画面には似たような内容の見出しが連なっているので、大きく指を動かし、別の話題を探る。が、今日も謎の物体をどうするのか、という内容一色。休暇でウイスキーを片手にしているが、全く寛いだ気分になれない。画面を閉じようとした山本だが、ある見出しに目が留まった。