崩れたヘクセンハウス
文字数 1,861文字
夜も更けた頃、クリスマスのライヴはまだ続いていたが、後半のセッションを断ったメタルヘッズ達は倉庫へと向かっていた。
「あれ? ロキ君が開けてくれてると思ったんだけど……」
倉庫の扉が開いていない事を不審に思いながら、ローニはリディアを見遣る。
「鍵は私も借りてるから開けられるけど……ロキ君、何処に行ったのかしら」
リディアは首を傾げつつも扉の鍵を開け、照明のスイッチに手を伸ばした。
灯りが点いた刹那、リディアの甲高い悲鳴が無人の倉庫にこだました。
「な、なによこれーっ!」
最後に見た時には整えられていたはずの倉庫内が、激しく荒らされていた。
ツリーは倒れ、お菓子の家は崩れ、机の上のマグカップやワインボトルも倒されていた。
「おい、ちゃんと鍵は閉めてたんだろうな?」
慌てたあまりに的を得ない質問を投げ掛けるダーク・フェアリーテイルのギタリストであるフェリックスの後頭部をミヒャエルは小突いた。
「アホか。鍵ならさっき、俺達の目の前で開けただろうが」
一瞬の沈黙に冷たい風が吹き抜け、ダーク・フェアリーテイルのステージを手伝ってベースを弾いた後に着替えたまま、Tシャツにパーカーを羽織っただけのマリウスは震え上がった。
「と、とりあえず中に入ろうぜ……」
ミヒャエルは渋い表情を浮かべながら、荒らされた倉庫の中へと進んだ。
「しかし……誰がこんな事を……クリスマスに恨みでもあんのかな」
倒されたツリーと崩されたお菓子の家を見遣りながら、ミヒャエルは首を傾げた。
その後ろで、マリウスが青ざめる。
「ん? マリウス君、どうしたの?」
ローニはマリウスの顔を見上げた。
「お、思い出したんだよ……なぁ、ミヒャエル、向こうのハコで、今日、ライヴやってたよな……」
「あぁ、あの小汚いハコもなんかやってたよな」
「そ、そこに……アドルフ、来てるんじゃないのかって」
ミヒャエルは真顔でフェリックスと見つめ合った。
「アドルフ?」
リディアが首を傾げて尋ねると、ローニが口を開いた。
「あー、アドルフ君ね。ノルウェーの生まれで、お父さんとお母さんがネオナチな過激派の、ガチアンチクライストなブラックメタルバンドの人だよ」
ローニの無邪気な口調に、リディアの表情が凍り付く。
「つっても、あの小汚いハコでやってんのはアンビエントとか実験音楽系の連中じゃなかったっけ? メタルやってる奴が出てるなら、そっちからも誘われてると思うんだけど」
フェリックスは首を傾げてローニを見遣る。
「そうそう、そのアドルフ君、バンド解散した後、メタルだかなんだかよく分からない音楽作ってるんだっけ?」
ローニは相変わらず無邪気な調子で言いながらマリウスを見遣る。だが、当のマリウスは凍り付いた様に固まっていた。
「……うわぁ……あっちでやってるライヴ、相当ヤバイ奴だ、これ」
フェリックスはスマートフォンをミヒャエルに見せた。すると、ミヒャエルの表情が歪んだ。
「マジでヤバい連中しか居ねぇなこりゃ……アンチクライストならともかく、ネオナチじみた連中まで集まってるとは……」
もうあのハコでライヴしたくない、と、ミヒャエルは口ごもる。
「あの、そのさぁ……そのアドルフって人がどうしてこれに関係あるの?」
崩れたお菓子の家を眺めていたリディアはふとマリウスを見た。
「聞いての通り、アドルフはマジでヤバい奴だよ……キリスト教も嫌いならクリスマスも嫌いだし、メンタル日本人のリルちゃんもご先祖がモンゴロイドのラファエルもきっと嫌いで……半ばあいつを裏切る格好でバンド飛び出した俺を恨んでいないとは限らない……ノルウェーからデンマークに帰ったところで、安全とは思えんからな、今も……」
「でも、私はちゃんと鍵を掛けて会場に戻ったし、今日此処で打ち上げをするって話を知っているのは、スターサンドのイベントに集まったバンドの人達だけよ? わざわざ日頃バーベキュー会場にしかならない貸倉庫で誰が何をするなんて調べる人は居ないと思うけど。それに、クリスマスって言えば、そこら中のバーやレストランがクリスマスだし、外国人みたいなものを言うなら、今日日 移民なんてごまんと居るのに、アングロサクソン系のクリスチャンも混ざってる此処だけ狙うのはおかしな話よ」
肩を竦めるリディアに、ミヒャエルは思考を巡らせ、ふとある事に気付いた。
「……アンチクライストだとして……なぁ、ロキとラファエルは何処行った?」
「あれ? ロキ君が開けてくれてると思ったんだけど……」
倉庫の扉が開いていない事を不審に思いながら、ローニはリディアを見遣る。
「鍵は私も借りてるから開けられるけど……ロキ君、何処に行ったのかしら」
リディアは首を傾げつつも扉の鍵を開け、照明のスイッチに手を伸ばした。
灯りが点いた刹那、リディアの甲高い悲鳴が無人の倉庫にこだました。
「な、なによこれーっ!」
最後に見た時には整えられていたはずの倉庫内が、激しく荒らされていた。
ツリーは倒れ、お菓子の家は崩れ、机の上のマグカップやワインボトルも倒されていた。
「おい、ちゃんと鍵は閉めてたんだろうな?」
慌てたあまりに的を得ない質問を投げ掛けるダーク・フェアリーテイルのギタリストであるフェリックスの後頭部をミヒャエルは小突いた。
「アホか。鍵ならさっき、俺達の目の前で開けただろうが」
一瞬の沈黙に冷たい風が吹き抜け、ダーク・フェアリーテイルのステージを手伝ってベースを弾いた後に着替えたまま、Tシャツにパーカーを羽織っただけのマリウスは震え上がった。
「と、とりあえず中に入ろうぜ……」
ミヒャエルは渋い表情を浮かべながら、荒らされた倉庫の中へと進んだ。
「しかし……誰がこんな事を……クリスマスに恨みでもあんのかな」
倒されたツリーと崩されたお菓子の家を見遣りながら、ミヒャエルは首を傾げた。
その後ろで、マリウスが青ざめる。
「ん? マリウス君、どうしたの?」
ローニはマリウスの顔を見上げた。
「お、思い出したんだよ……なぁ、ミヒャエル、向こうのハコで、今日、ライヴやってたよな……」
「あぁ、あの小汚いハコもなんかやってたよな」
「そ、そこに……アドルフ、来てるんじゃないのかって」
ミヒャエルは真顔でフェリックスと見つめ合った。
「アドルフ?」
リディアが首を傾げて尋ねると、ローニが口を開いた。
「あー、アドルフ君ね。ノルウェーの生まれで、お父さんとお母さんがネオナチな過激派の、ガチアンチクライストなブラックメタルバンドの人だよ」
ローニの無邪気な口調に、リディアの表情が凍り付く。
「つっても、あの小汚いハコでやってんのはアンビエントとか実験音楽系の連中じゃなかったっけ? メタルやってる奴が出てるなら、そっちからも誘われてると思うんだけど」
フェリックスは首を傾げてローニを見遣る。
「そうそう、そのアドルフ君、バンド解散した後、メタルだかなんだかよく分からない音楽作ってるんだっけ?」
ローニは相変わらず無邪気な調子で言いながらマリウスを見遣る。だが、当のマリウスは凍り付いた様に固まっていた。
「……うわぁ……あっちでやってるライヴ、相当ヤバイ奴だ、これ」
フェリックスはスマートフォンをミヒャエルに見せた。すると、ミヒャエルの表情が歪んだ。
「マジでヤバい連中しか居ねぇなこりゃ……アンチクライストならともかく、ネオナチじみた連中まで集まってるとは……」
もうあのハコでライヴしたくない、と、ミヒャエルは口ごもる。
「あの、そのさぁ……そのアドルフって人がどうしてこれに関係あるの?」
崩れたお菓子の家を眺めていたリディアはふとマリウスを見た。
「聞いての通り、アドルフはマジでヤバい奴だよ……キリスト教も嫌いならクリスマスも嫌いだし、メンタル日本人のリルちゃんもご先祖がモンゴロイドのラファエルもきっと嫌いで……半ばあいつを裏切る格好でバンド飛び出した俺を恨んでいないとは限らない……ノルウェーからデンマークに帰ったところで、安全とは思えんからな、今も……」
「でも、私はちゃんと鍵を掛けて会場に戻ったし、今日此処で打ち上げをするって話を知っているのは、スターサンドのイベントに集まったバンドの人達だけよ? わざわざ日頃バーベキュー会場にしかならない貸倉庫で誰が何をするなんて調べる人は居ないと思うけど。それに、クリスマスって言えば、そこら中のバーやレストランがクリスマスだし、外国人みたいなものを言うなら、
肩を竦めるリディアに、ミヒャエルは思考を巡らせ、ふとある事に気付いた。
「……アンチクライストだとして……なぁ、ロキとラファエルは何処行った?」