第2話

文字数 3,084文字

翌日夜七時過ぎ。彼らと合流した。三人は、ヒカルの格好を見て驚いている。
 ダブル仕立ての黒のスーツ上下。白いカッターを着てネクタイをしめ、
 男物の靴を履いて髪は緩い三つ編みで右肩に流している。

「ヒュー。あんた、背広似合うね」
 口笛を吹いて一人が言う。

「ありがと。じゃ、行こうか」
「えっ。どこに」
「クラブ、アルマーレ」

 ビビる三人を促して店まで誘導し建物の中に入る。
 店はビルの三階にあった。洗練された室内、分厚い絨毯が敷き詰められた煌びやかな空間だ。
 一歩中に入るとちいママが声をかけてきた。

「いらっしゃい。ヒカル君。随分、お久しぶりでしたわね」
「こんばんわ。ちょっと広めのボックスがいいんだけど」
「畏まりました。じゃ、三番で」

 三番ボックスに収まる前に、俺が居ることに気が付いた店の女の子達が次々と声をかけてくる。

「ヒカルくーンお久しぶり。もう、ご無沙汰、ほんと、いけずなんだから」
「マリンと雪がヒカル君とデートしたって自慢してたけどほんと?」
「えっ、そんな事あったかなぁ。ごめん、覚えてないや」
「やっぱり嘘なのね。ヒカル優しい、嘘なら噓って言えばいいのに」
「覚えてないだけだよ」ニコッと笑って言う。

「ヒカルがあんまり来ないからボトル飲んじゃったわよ」
「ひどいなぁ。うん、いいよ。新しいの入れて」

 実に半年ぶりの来店だった。
 ほんとなら、いつまでもキープしてあるはずのボトルが空になっているらしい。
 ヒカルが優しいので甘えるホステスが多いのだ。ヒカル自身は全く飲まない。
いつもウーロン茶だった。

「水割りでいいよね」

 三人に確認を取り適当にオーダーを入れる。

「ミックスナッツ、ミックスピザ、野菜スティックと、あとソーセージの盛り合わせ。
それとチーズ」
「あんた慣れてんだな」と田辺が言う。

 クスッと笑う。
「それから、ちいママも相手してくれるように言って」
「あらぁ、指名は高いわよ。ヒカル」
「いいじゃん、たまには」

 そう言うとヒカルは一人、カウンターの方に移動した。
 さっきから、一人で飲みながら、ヒカルをじっとぬすみ見ている女性がいた。
 こちらも意識はしていたが、あまりにもガン見しているので声をかけた。

「こんばんは、姫」
「えっあっ、こんばんわぁ。驚いた~。話しかけられるとは思わなかったわ。
 あなた、アルマーレの『伝説のナンバーワンホスト・椚木ヒカル』でしょう?」

「ナンバーワンだなんて大げさな。それに俺はここで働いてないよ」
「ええーっうそーっ。だってツイッターにはヒカルと話してて楽しいーってよく流れてたよ」

「半年前の事なのによく覚えてるね、うれしいな」
 彼女はポッと頬を染めた。

「だって、私も会いたかった口なの」
「ありがとう。接客は俺なんかでいいの?」
「ヒカルだからいいんでしょ」
「香水、夜想曲(ノクチューン)?、いい匂い、ミステリアスな君にぴったりだね」
「私、村江幸子よ」
「では幸子姫、もう一人若い燕を侍らせる気はない?」

 意味深に微笑んで見せる。

「呼んで来るね。俺のツレなんだけど、さっきから貴女の事気にしてるみたいで」

 びっくりして、顔を赤らめる幸子。
 会釈してそばを離れボックス席に戻り田森を呼ぶ。

「カウンターの彼女どう? 好み?」
「うん、さっきから気になってる」
「やっぱりね、視線がこっちくるもんね」

 頷く田森。

「俺からのアドバイスは3つ。一つ、何でもいいから誉める。
二つ、彼女の話はちゃんと聞く。うなづく。
三つ、ちゃんとお礼を言って隣に座れたことを素直に喜んで見せる。
それとエロ話は禁止。間違っても昨日みたいな誘い方はしないこと」

「あの、俺。自信ない」

「大丈夫、ここはクラブだよ。ホストになったつもりで、お姫様と話しているつもりで接客してみなよ。うまくいくから」

 ヒカルは幸子姫と田森を引き合わせてから席に戻ってきた。

「ヒカル君、やーねー。また悪い事教えてるの?」
 指名で3番席に来ていた、ちいママがブランデー飲みながら言う。

「人聞きの悪い。良い事の間違いでしょう? 美咲さん」
 ちいママと乾杯してから、ウーロン茶を口に運ぶ。

「あっと。俺、呼ばれてるみたい、ちょっと行ってくる」
 別の客の方へ消えるヒカルを見ながら、ちいママは言う。

「椚木ヒカル復活かしらね。一年前から金曜限定で通ってきて、ああやって接客して、店の売り上げ伸ばして帰ってくの」
「一年前から?」
「ええ、そう。あんまり接客がうまいから店のホストだと思われてるのよ」
「ええっ。あいつ、ホストじゃないんですか」
「んなわけないでしょ。うちは女の子しかいないのよ。あと男性はバーテンダーが一人」
カウンターの中でカクテルを作っている男性を指さして言う。

「ヒカルの右耳に、ドロップ型のワインレッドのイヤリングが見えるでしょ。
 あれしてる時は、『接客します』って言う合図よ」
「あいつ、女の子なんだよね」
「そうね。でも、客の中には女だと思ってない人は多いわ」
「へぇー」
「それでたまに困った客も来るけどね」
「困った客って?」
「ヒカルに本気になって入れ込む客がいるのよ。
 ヒカルに会わせろって煩くて。ヒカルは金曜日しか来ないのに、毎日毎日通ってくるのよ。
 まあここ半年ヒカルが顔出さなかったものだから、その娘も来なくなったけどね」

「田辺、田中。どんな娘が好み?」

 いきなり、その話を聞いてなかった風な顔でヒカルが質問してきた。

「あー、俺はあっちのボックスの右の娘」
「さっき来店した二人組だね。初めて見るな。で、田中は?」
「俺も、その席の左端に座ってる娘」
「へぇ。あの娘たちが好みなんだ、俺と全然違うじゃん」

 納得したように頷いて、ちいママに言う。

「美咲さん、あそこの席にフルーツ盛り一つ作って、
 持っていって、勘定はこっちにつけてね」
「オッケー、ヒカル、ちょっと待ってね」

 席を立つちいママ、今度は何となくその席を気にしてチラ見するヒカル。
 計算ずくでやっているのか、天然なのか……相手もこっちを気にして見ている。
 ちいママがフルーツ盛りを持って行った所を見計らって、
 三人で席を立ち、彼女たちのボックスに行き軽く会釈して話しかけた。

「こんばんは、椚木ヒカルです。お嬢様方、本日はようこそアルマーレへ。
 そのフルーツ盛り合わせは俺の奢りです、他の人には内緒ね」

 ウインクして笑って見せる。

「えーっきゃーっ! やっぱりー! ヒカル写真よか、よっぽどいいね、イケメン!」
「そう? どうもありがとう、でも俺、もう人のものだから」
「えーっ、何それ幻滅ー」
「ふふっ、ごめんねー。今日は彼らが接客するから、初めてなんでお手柔らかに」
「いいわよーヒカルがそういうなら」
「無礼なこと言ったら叩き出していいからね」
「じゃ、二人とも。俺が田森に言ったこと覚えてるだろ」

 慌てて頷く二人「基本はあれだからね。がんばって」
 謎の微笑を残して去ってゆくヒカル。
 ずるいとは思ったが、ここまでお膳立てしてもらったんだから文句は言えない。
 二人で腹をくくって接客するしかない。
その時だった。店内にヒステリックな声が響いた。

「ヒカルはどこ! ヒカルが来てるんですって、ヒカルに会わせてよ」
「困りますお客様、店内でもめ事は」
「椚木ヒカル様は当店のお客様でございます。
 ホストではございません。もめ事はご遠慮願います。どうぞ本日はお帰り下さい」
カウンターで接客していたヒカルはこの騒ぎに気が付いて、店内入り口の方にやってきた。
ヒカルはママに耳打ちしてから、彼女の横に立った。
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