Episode15 Monologue -回顧-

文字数 3,015文字

 玄室を抜けると、そこは薄暗い回廊になっていた。
 一見すると、どこかの古代遺跡の内部のようにも見える。
 しかし、床は整然と組まれた石畳。
 壁面も、わずかに発光する材質不明の鉱物できれいに組み上げられている。
 通路には、拳大くらいの浮遊する光…“彷徨鬼火(ウィルオウィスプ)”が無数に漂っており、光源には事欠かないのが幸いだった。
そんな得体の知れない回廊を共に進む二人の連れ合いを、狭間那(さまな)はチラリと見やった。

 一人は“不朽人(マミー)
 黄金の仮面(マスク)を被り、全身を包帯で覆われた二メートルを超す巨漢…太陽帝アクエンアテンである。
 狭間那が所属する博物館で行われていた、古代エジプトをテーマとした特別企画展。
 そこに目玉として展示されていた、エジプト新王国時代の第18王朝の王妃ネフェルティティの棺から、よもや本人が“幽霊(ゴースト)”として復活した。
 しかも、何と彼女は夫であるアクエンアテンを一人二役で演じていた同一人物であり、現在の姿は「(ファラオ)モード」である“不朽人”となっていた。
 ちなみに当の本人は、現在、無数の動く骸骨(生前の臣下)を召喚し、彼らが担ぐ輿(こし)に乗って移動中である。
 “冥界”から続々と這い出してきた骸骨の群れを目の当たりにし、最初こそ肝を潰した狭間那だったが、黙々と歩みを進める骸骨達の姿に、ようやく精神が慣れ始めてきたところだった。

 そして、もう一人。
 狭間那は自分の少し前を進む黒づくめの青年を見やった。
 青年の名前は、十逢(とあい) 頼都(らいと)
 特別企画展で頻発する怪異の原因究明を国に相談したところ、やって来たのが彼と二人の女性だった。
 その二人の女性…リュカとミュカレは、現在、この「幽世(かくりょ)」に引き込まれた際、はぐれてしまった。
 頼都によれば、この「幽世」はあの世とこの世の狭間にあり、神話や伝説に語られる魔物たちが無数に蠢いている魔境らしい。
 事実、狭間那も今しがたギリシャ神話に登場する“牛頭鬼(ミノタウロス)”を目にしたばかりである。
 そんな世界に放り出されれば、女性二人など、あっという間に魔物たちの餌食になってしまうだろう。
 が、彼女らについては、心配はないといえた。
 聞けば、リュカは、並みはずれた運動機能を有する“人狼(ウェアウルフ)
 ミュカレも、中世から生きる“魔女(ウィッチ)
 要はどちらも人間ではない。
 即ち「怪物(モンスター)」なのだ。
 そして、彼女らを率いる頼都自身も“鬼火南瓜(ジャック・オー・ランタン)”という怪物である。
 “鬼火南瓜”のことは、狭間那も知っている。
 ハロウィンでお馴染みのカボチャ頭の怪物だ。
 最近ではデフォルメされた愛らしいキャラクターの姿で描かれることも多いが、その伝承は、全く救いが無い内容になっている。

 遥かな昔、悪賢い遊び人だった男が悪魔を騙し「死んでも地獄に落ちない」という契約を取り付けた。
 しかし、男は死後、生前の行いの悪さから天国へいくことを拒否され、悪魔との契約により地獄に行くこともできず、カボチャのランタンを手にこの世を彷徨い続けており、いつしか“鬼火南瓜(ジャック・オー・ランタン)”と呼ばれるようになったとされる。

 狭間那は、頼都の端正な横顔を盗み見た。
 どこかけだるそうで、人を食ったような態度のこの青年を、狭間那は最初、内心毛嫌いしていた。
 国からの紹介では、頼都達は「オカルトなどの怪異に対する専門チーム」という触れ込みだった。
 それを聞いた狭間那は、内心、唾棄したいほどだった。
 彼女にとってオカルトとは、デマと迷信に彩られた胡散臭いインチキだったからだ。
 しかし、今は印象がガラリと変わっていた。
 彼が開いた「裏側の世界」は、現時点までに体験した事象を見る限り、全て真実だった。
 それは、狭間那にとっては衝撃だった。
 自分達“人間”が過ごす日常…その裏側では、誰もが想像しない昏い闇の世界があったのである。
 そして、その最中では、狭間那は悲しいほど無力だった。
 これまで得てきた経験や知識が、木っ端ほどにも役に立たない。
 そもそも、彼女がこの幽世に引き込まれたのは、頼都達にとってはイレギュラーなアクシデントだった。
 それでも、頼都は狭間那を見捨てることはしなかった。

「死にたくなかったら、俺達から離れるな」

 ただ、それだけを告げて、彼は仲間であるリュカとミュカレを探すために、アクエンアテンとの共闘を受け入れ、こうして異界での探索を続けているのだ。

「俺の顔がそんなに珍しいか?」

 前を向いたままの頼都に、不意にそう尋ねられた狭間那は、何故か視線を背けた。

「いいえ。ただ『あの顔』は本物だったのか、と思いまして」

「あの顔?」

「さっき、企画展示室で見せた、炎の悪魔みたいな顔です」

 それに頼都は薄く笑った。

「勿論本物さ。色男だろ?」

「ええ。お陰で腰が抜けそうになりました」

 今更ながら、意図的に脅かされたことを察し、ジロリと睨み返す狭間那。
 頼都は視線を前に戻した。

「そいつは悪かったな。だが、ああいうのでも見せないと、あんたみたいな学者さんは『こっち側の世界』のことを信用しないだろ?現にあんた自身『自らの手による検証・立証・確証は絶対のもの』って言っていたしな」

「…」

 無言になる狭間那。
 だが、頼都の言うことは当たっていた。
 事実、自分は頼都達を全く信用していなかったのだから。
 狭間那は“鬼火南瓜”の伝承を思い出しながら、ふと尋ねた。

「一つお伺いしていいですか?」

「ああ」

「その…

…?」

 狭間那の問いに、頼都は無言だった。
 しばし、回廊を進む一行の足音だけが響き渡る。
 気を悪くしたのかと思い、狭間那が口を開こうとしたその時、頼都は答えた。

「死ねねぇな。たぶん、この星の命が尽きるまで…いいや、下手すりゃそれでも生かされるのかも知れねぇ」

 そう言った頼都の横顔が。
 狭間那には、ひどく疲れているように見えた。

「…後悔してるんですか?」

 ふと、そう尋ねる狭間那。
 伝承通りなら、この男は悪魔を騙し、取り引きをした。
 故に、その所業により天国にも行けず、地獄に落ちることも叶わない。
 つまり、死ねないまま、永劫にこの世を彷徨う運命にある。
 同時に、彼は恐らくこの星で唯一「永遠」を生きる存在だ。
 そして「不老不死」は、古今東西求める者が後を絶たない幻でもある。
 その幻を、この男は掴んでいるといえる。
 彼の生きた時間は計り知れないが、その中で彼を羨望する者はいくらでもいただろう。
 しかし、頼都の顔からはそうした「超越者」としての優越感みたいなものは一切感じられない。
 その言葉に、頼都は珍しく曖昧に笑った。

「昔はな。あんたには分からないだろうが、何をしても死ねないってのは…まあ、ちょいと退屈なのさ。生きてるって実感がねぇから、欲も失せる。そうなれば、世界も無味無臭になる」

「…」

「今はもう、後悔なんてのをしてるのもうざってぇ。ただ、早く燃え尽きてぇ一心で、怪物退治(こんなこと)をやってる。まあ、いい暇つぶしにはなってるのかもな」

「…そうですか」

「あんたも気をつけな」

 煙草を取り出すと、頼都は指先に灯した炎で、その先に火を点けた。

「うっかりでも、死ねねぇ身体になると…つまんねぇぞ」

「…はい」

 狭間那は、視線を落とした。
 飄々と歩くその背中が、酷く孤独だった。

「焔魔よ、臭うぞ」

「いいだろ、煙草ぐらい大目に見ろって」

 アクエンアテンの言葉に、輿を見上げながら頼都が唇を尖らせる。

(いな)。気付かぬか?」

「あん?」

「これは、血臭である」

 その言葉に、頼都の目が鋭くなった。
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