【トーク版】二年少女~ギャラクシー・ファンタジア・オンライン~

第09話「エンカウント」

エピソードの総文字数=5,933文字

 黒装束を身にまとった少年が、切り立った岩場にポッカリと口を開けた洞窟の入り口に手をついて、表を伺っていた。

 雲が切れ、隙間から月明かりが差し込む。

 睨むように表を見つめていた少年は、洞窟の中へと視線を移し、相好(そうごう)を崩した。

もえさん、ここってウェストエンドから見てどのへんなの?
ここは……そうですね……

 洞穴の闇の中から月の光の射す場所へ現れたのは、ビスクドールのように透明な白い肌と、深い藍色の瞳が印象的な美しい少女。

 少女は夜の闇をそのまま身につけたような漆黒の髪を一つにまとめ、この場所には似つかわしくない学校の制服のようなブレザーを着ていたが、それは彼女の可愛らしさを損なうことはなかった。

ウエストエンドの街から、直線なら……2時間くらい東側です

 月の光りに照らされたもえはあまりにも美しく、カグツチは「へぇ~」と無意味な返事を返すことしか出しない。

 気のない返事を返す少年に、もえはちょっとムッとした様子で眉根を寄せた。

もう! 今『なんだ結構近いな』とか思ったでしょ! 忘れないで下さい! 私達は武器も持ってないし、HPだって2~30%くらいしか残って無いんですからね!

 左手を腰に当て、右手の指をカグツチに向けて伸ばしたもえは、頬をふくらませて怒る。

 カグツチは「あ、はい」と返事をしながら(かわいいなぁ。こんなかわいい人が世界には存在するんだなぁ)と考え、ただボーっと彼女を見つめていた。

私が前にここに来た時には武器も持ってたしポーションもありましたけど、スキルが使えなかったから、行きと帰りでポーションを2本使うくらいのダメージを受けたんです。武器がない今は灰色狼の群れにでも会ったら逃げるしかないと思いますよ! ……って、聞いてます?
 ずっと上の空でもえを見ているカグツチの事がさすがに心配になったのだろう、もえはちょっと眉をしかめ、上目遣いに彼を見つめる。
もしかして、怪我……痛みますか?
あ、いや。大丈夫

 心配させてしまった事への罪悪感と、もえが自分を心配していると言う事への優越感でカグツチは胸が苦しくなる。

 これだけで会話が終わってしまっては、またもえに心配をかけてしまうと考えたカグツチは、GFOのマップを必死に思い出すと、なんとか会話を続けた。

……あ、東側だと牧場エリアあるよね? 朝夕にキャラバンも来るし、モンスターも湧かないエリアだから、あそこで色々調達したらいいんじゃないかな? 馬も買えるし、そうすれば街までもすぐ帰れるし
 カグツチの言葉にハッとしたもえは、祈るように手のひらを胸の前で組むと考えを巡らす。
そう……ですね……。距離的にはかなり近いです。30分くらいで行けそうかな。……ちょっとだけエンカウントモンスターのレベルは上がるけど、その方が……
 希望が出てきたのだろう、ホッとした様子のもえはその場にしゃがみ込み、ゆっくり息を吐くとカグツチを見上げる。
カグツチくん、ナイスアイディアです! 夜が明けるまで一休みしてから牧場エリアへ向かいましょう。お昼前にはみんなに合流できそうですね!

 微笑むもえに笑顔を返しながらも、カグツチはただ(合流なんかしないで、二人きりのままでもいいのに)とだけ考えていた。


  ◇  ◇  ◇


 同時刻、ウェストエンドの街のギルドホール区画。

 深夜にも関わらず煌々と明かりの灯る[もえと不愉快な仲間たち]のギルドホールでは、慌ただしく出発の準備が行われていた。

とりあえず、倉庫のポーションはこれで全てですな

 30本程の大小様々な瓶をテーブルの上に並べると、コロスケ伯爵は何かを思い出したようにまた倉庫へと走ってゆく。

 それを困ったような顔で見送ったシェルニーは、体の大きさに不釣り合いなほど大きなバッグを背負い直した。

いいよいいよ、もう十分だって。ダンジョンに入るわけじゃねぇんだぜ? アイテムバッグメニューも使えねぇしよ
 革製のバックパックや布袋など、普段なら使わない袋に直接荷物を入れて運ぶとなると、やはり持ち物は厳選せざるを得なかったが、留守番班に決められたコロスケ伯爵としては心配は尽きなかった。
わかっているのですな。しかし、これだけは持っていったほうがいいのですな

 倉庫から出てきたコロスケ伯爵は、手に[双子の水晶]を持っていた。

 水晶の一つ[カストルの水晶]をギルドホールの真ん中に設置すると、もう一つの[ポルックスの水晶]をシェルニーへと差し出す。

 その目は真剣そのもので、笑い飛ばそうとしたシェルニーは、口をつぐんだ。

1セットしか無かったのですがな。密集していればパーティー全員一度に転移できますからな。……無理は禁物ですぞ
おめぇはいっつもそればっかりだな

 重苦しい空気にならないように、あえて苦笑しつつも「ありがとよ」と水晶をバッグにしまい込み、最後に自分の身長よりも長い[レアリティ8]黒曜の剣マクアフィテルをガチャリと背負う。

 可愛らしいピンク色の髪をなびかせ、ギルドマスターは仲間の方を振り返った。

お前ら準備はいいか? 運営に……お手紙出しに行くぞ!
 黄飛虎(こうひこ)、プルフラス、そしてケンタが立ち上がる。
いけます
……大丈夫……なの
行けるっす

 このギルドの最強パーティ。今まで何度となく死線をくぐり抜けてきた仲間たちだ。

 ただ、そこには一人、欠けているメンバーが居る。

 小さく頭を振り、暗い思いを吹き飛ばすシェルニーに向けて、ギルドホールの外から「行けるクマ!」と言う声が聞こえた。


  ◇  ◇  ◇


 街を出てからすでに2時間が経過していた。

結構キツいクマ……
ほぼ完徹だしな……

 クマと少女が愚痴を言い合いながら先頭を進む。

 順調に行けばもう牧場エリアが見えてくる頃だった。


 スキルが予め武器に設定された一種類しか使えないとは言っても、装備を整えた40レベル後半から50レベルの冒険者5人にとって、やはり街の周辺エリアの敵などは物の数ではなかった。

 しかしゲームだった頃とは違い、不意打ちを受けたり、戦闘中に仲間同士がぶつかってピンチを招いたり、ダメージ的にはそう大きくないのに痛みで動きが鈍ったりと、順調とは程遠い行程となっていた。

プルフラスは元気だよね。徹夜平気なの?
……4徹までなら……平気……なの
へ、へぇー。すごいね……
イベント前は……いつも……徹夜……なの
へぇ……イベントね……

 雑談をしながら進む黄飛虎とプルフラスの前方から、ガサガサと下生えをかき分ける音がする。

 背中の剣に手を伸ばし、身構えたシェルニーの前に、鎧と剣で武装した骸骨が姿を現した。

……

 その後ろからケンタの眠そうな顔が現れる。

 シェルニーは剣から手を離し、ホッとした表情を見せた。

この先ちょっと行くと森を抜けるっす。あとは岩山を一つ超えれば牧場が見えて来るはずっすよ

 大きくのびをして、ケンタは哨戒任務(しょうかいにんむ)の報告をする。

 言葉の後ろに一つ大きなあくびを追加すると、この大柄な戦士は骸骨を指差した。

んー、プルフラスさん、哨戒に付いてきてくれるのは嬉しいんすけど、この龍牙兵(りゅうがへい)、夜中に二人きりだとちょっと怖いっす
……ケンタ……ドアホウなの……。……あんなに可愛いのに……
かわいくないっすよ!

 ケンタとプルフラスの言い合いに、疲れたパーティにも笑いが広がる。

 笑いながら黄飛虎(こうひこ)は、龍牙兵と同様にプルフラスから「可愛い」と言われ続けていた人の事を思い出していた。

(プルフラスの『かわいい』の基準も相変わらずわけわかんないな。もえちゃんも龍牙兵も同じ『かわいい』なんだもんな。……もえちゃん……)

 少し暗くなりかけた彼にもケンタが同意を求め、巻き込まれた黄飛虎も、プルフラスから責められることになる。

 それでも、一人でどん底まで落ち込むことを許さないこの楽しい仲間の気遣いを、黄飛虎は嬉しく思うのだ。


 やがてケンタの報告通り暗い森を抜けると、彼らは小さな岩山の頂上にたどり着いた。

 遠くの山の稜線には、彼らを出迎えるように朝日が最初の光を届ける。

 岩山を超えた向こう側を覆っていた朝もやが一気に吹き飛ばされ、そこには広大な牧場エリアが広がっていた。

 今は遠くなった街から蒸気列車の汽笛の音が微かに聞こえる。

 朝の空気に響くその金属的な音に、シェルニーは耳をそばだてた。

……蒸気列車……動いてるのか?

 振り向むくとそこには暗く重い森が広がり、更にその向こう側に街が見える。

 ウェストエンドの街は真鍮のパイプや歯車が陽光を反射し、暗闇の中の宝石のように輝いていた。

……行くぞ、もう少しだ

 シェルニーは背中の大剣を背負い直すと先陣を切って歩き始める。

 少しの間街の輝きに見とれていた仲間たちも、すぐにシェルニーの後を追って歩みを進めた。


  ◇  ◇  ◇


カグツチくん、朝ですよ。出発しましょう

 壁に寄りかかったまま眠っていたカグツチは頬に冷たい布が当てられるのを感じ、目を覚ます。

 辺りには朝もやが広がっているが、洞窟の中からでも分かるほど、外は明るくなってきていた。

水は少ししか無いから洗えないけど、顔だけでも拭いてくださいね

 もえから手渡されたのは凝った刺繍のある、よく絞ったハンカチ。

 差し出された手からその持ち主へ視線を移すと、その笑顔のあまりの眩しさに、カグツチは目を細めた。

(もえさんに朝起こされるなんて最高だ! ハンカチもいい香りがする……)

 適当に顔を拭いて、もえへハンカチを返す。

 彼女は受け取ったハンカチをポケットにしまおうとして、カグツチの顔を見ると、彼の右耳へ手を伸ばした。

血が付いてましたよ。それから、これ

 右耳を優しくハンカチで拭うと、次に黒と赤で装飾された十字架のネックレスをカグツチの首にかける。

 カグツチがバックパックを背負ったもえを見ると、もえも同じネックレスを首にかけていた。

(お揃いのネックレスだ!)
 躍り上がらんばかりのカグツチにニッコリ微笑むと、もえは洞穴の外へ歩き出す。
役に立つかどうか分かりませんけど、即時復活アイテムの[復活のロザリオ]です。念の為にかけておいてください

 おそろいのネックレスではなかった。カグツチは一瞬だけ落胆する。

 しかし今は、あのさっそうと歩くもえを守るために、彼女の隣に居ることが出来る。

 カグツチはもえのすぐとなりへと駆けて行くのだった。


  ◇  ◇  ◇


 ゴツゴツとした岩だらけの道をもえが走る。

 可愛らしいブレザーはすでに切り欠きだらけで、その全ての場所から肌と血が覗いていた。

(はぁっはぁっ! くそっ)

 崖の手前の急カーブを曲がり、もえは岩陰に身を隠す。

 もえのすぐ後ろまで迫っていた山豹は突然目標を見失い通り過ぎた。

 そのまま落ちるかともえが希望に満ちた視線を投げるその先で、地面に爪を立てた山豹は180度反転し、崖の直前で急停止する。


 洞穴を出てから5分と経たずにこの山豹と遭遇した。

 洞穴の多いこの地域は山豹の巣穴のある地域だったのかもしれない。


 体中の傷口から血を流し、もえはそんなどうでもいいことを考え、頭を振った。

 グルルル……と言う唸り声と獣の臭いがジワジワと近づいてくる。

 もう逃げる体力も気力もない。

 もえは傷口を押さえ、ただ山豹を見つめた。

もえさんっ!

 遅れて飛び込んできたカグツチが、もえの隣をかすめ、躊躇なく山豹へと体当りする。

 もえへと標的を定めていた豹は不意をつかれ、カグツチともつれるようにして地面を転がった。

 崖に落ちる直前、危うい所でもえの手がカグツチの手首を握る。

 もえの両肩にカグツチと豹の体重が一度にのしかかり、治りきっていない肩の銃創から血が吹き出した。

ひっ……きゃっあぁぁ!

 もえの悲鳴が辺りに轟く。

 山豹はカグツチに爪を立て、崖下へ転落しないように踏ん張っている。

 腿を切り裂かれながら、カグツチは豹の頭に蹴りを入れ、崖下に転落させた。

 崖の下へと豹の鳴き声と小さな石が落ちてゆく。

 そのパラパラと言う音も聞こえなくなると、カグツチは山豹に引き裂かれてズタズタの脚を引きずりながら、肩を抱えてうずくまるもえの体を崖から離れた場所まで押し戻し、横たわった。

 フレシェット弾に引き裂かれた傷は完治しておらず、痛みのため背中も地面につけられない。

 そんな状態でも、彼は命を投げ打ち、またもえの命を救ったのだった。

はぁっはぁっ、もえさん……大丈夫?
はぁっ……もう……はぁっはぁっ……ううっ……

 肩を抱えてうずくまったまま答えるもえの言葉は、荒い息使いと呻き声に遮られてよく分からなかった。

 聞いたカグツチも立ち上がれそうにない。

 しばらくの間、岩場には、二人の荒い息だけが響いていた。

カタッ……ガチャッ……カタッ……ガチャッ……。

 二人の呼吸の音に、聞きなれない音が交じる。


 荒い息を整えることも出来ないまま、その場から動けずに居る二人の目の前に、岩陰から死者がノソリと姿を現す。

……
 それはボロボロの鎧を纏ったスケルトンの上位モンスター、[龍牙兵(りゅうがへい)]だった。
(こんな開けた場所に?! 太陽の登っている時間にアンデッド?! 絶望的な運の悪さだな……)

 チラリとそちらを確認したが、逃げる気力もないもえは自分の肩を抱き、胎児のように転がったまま諦めて目を閉じる。

 カグツチは体を引きずってもえとアンデッドの間に身を置いたが、そんな行動も、彼女が殺されるまでの時間を少し先延ばしする程度の意味しかないことは自分でも分かっていた。

ガチャリ。

 アンデッドが携えていた刀を下げる。

 また二人の荒い息だけしか聞こえなくなった岩場に、今度は緊張感のない声が響いた。

誰か居るんすかー? ……って、えっ? あれっ?! ちょ! あんたら大丈夫っすか?!
(敵じゃ……ないのか? ……っていうかこの声……)
……ケンタさん……?

 恐る恐る目を開けると、そこには離れてから1日も経っていないのに、とても懐かしい顔が見下ろしていた。

 その顔はみるみるうちに泣き顔になり、もえの砂まみれの顔に涙がぱたぱたと降り注ぐ。

もえさ……!! なんで……生きて……もえさん! もえさぁぁぁぁん!!
 涙と鼻水を垂れ流すケンタにそっと抱え起こされ「とりあえずこれっす!」と口に流し込まれたポーションの効果で、傷の痛みはすぐに引いていった。
ありがとう……ケンタさんに助けてもらうの、もう何度目かな……

 大声でもえの名を呼び、ただ泣きじゃくるケンタの声につられて、岩陰から次々と仲間たちが顔を出す。

 崖の上に集まった仲間たちは、生まれて初めて本当に心の底から神に感謝した。

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