第四話 信長ちゃんの嫁入り問題

エピソード文字数 3,840文字

 ◆天文十四年(一五四五年)六月二十日 尾張国(おわりのくに) 那古野(なごや)

 信長ちゃんに城内に連れられてきて、ひとまず客間らしき場所に通された。八畳の二倍の十六畳ぐらいあるだろうか。結構広いぞ。板の間に一部畳が敷かれていて、文机(ふづくえ)も設置してある。ここで仕事をしろという意味らしい。
 人心地(ひとここち)ついて考えを巡らせる。
 信長が姫。おれの知っている歴史ではない。だが、あの信長ちゃんが生命線。それに、先ほど話した感じでは、考え方などは史実の信長そのものだと感じたんだ。

 考え方が戦国時代の天才信長ならば、美少女信長ちゃんの元で、なんとかうまくやっていくしかない。今のおれにとって、織田家より安全な場所はないはず。それに年月が経った江戸時代に比べて戦国時代は、女性の政治的地位は意外に高く、史実でも女性城主が活躍したケースもある。

 それに本音をいえば、好みの美少女の気を引きたいという気持ちも少なからず……いや多くある。今は小学六年生でも五年経ったら女子高校生相当だし、本能寺で自害してしまった美少女に育つ可能性はかなり高いだろう。
  実は表情豊かな大きな目のせいで、信長ちゃんはこの時代の美人の範囲からは外れてしまうようだが、絶対にこの上ない現代風美人に育つに違いないぞ。

 信長ちゃんを、織田弾正忠(だんじょうのじょう)家の正当な後継ぎと、パパに認めさせるのが第一目標だな。
 史実と照らし合わせると、信長ちゃんの後継者争いのライバルといえば、二つ下の勘十郎(かんじゅうろう)信行(のぶゆき)。それから年齢はよく分からないが、すでに城の守備を任されている、兄の三郎五郎(さぶろうごろう)信広(のぶひろ)だ。

 まず注意が必要なのは弟の信行。史実でも信長に謀反を企てているし、うつけと呼ばれた信長より、信行を推す家臣も多かった。
 信広の母は側室のため、後継の正当性には一歩譲るが、やはり史実で信長に反旗を翻したことがある要注意人物だ。
 参ったな。
 信長ちゃんが女性だけに、史実よりも家中の後継争いが、熾烈になりそうだ。いずれにしても、現在の正確な情報がほしい。

 どんっどんっどんっ! どんっどんっどんっ!

 突然の物音に思考が中断される。
 足音なのか? それにしては、だいぶ慌ただしいぞ。
「左近ッ! おるか!?」
 信長ちゃんに声をかけられる。何が起きたんだ?
「はっ!」
「爺は嫁入りのために和歌の修練が必要だ、と口(やかま)しい。だが、ワシは嫁になど行きたくないのじゃ!」

 部屋に入ってくるや、大声で喚く信長ちゃん。愚痴りはじめた。
 気持ちは分かるし、おれも信長ちゃんに嫁には行ってほしくない。生命線でもあるし、好みのど真ん中ストライクだしな。
 うまい手を打てないか。

吉姫(きつひめ)様、それでは駄々っ子ですよ。嫁に行かなくて済む方法を考えて、大殿に献策しましょう。そのためには、あらゆる情報が必要です。まず姫様は、なぜ嫁に行きたくないのでしょう?」
「姫などと呼ぶでない!」
 ピシャリと跳ね除けるような口調だ。
 なるほど……これはこれは。女扱いしてほしくない、ということだろうか。

「とんだご無礼を……申し訳ありません。吉様、何ゆえ嫁入りしたくないのでしょうか?」
「好きでもない男に抱かれるのは嫌なのじゃ」
 んー。女扱いされたくない割にこの発言の真意は?
「好きな男に抱かれるのはむしろ好都合と?」
「そ、それは……好都合かどうかは、まだ好いたことがないゆえ分からぬが、興味も多少はあるのじゃ」

 何やら、顔を赤くして照れてるようだ。性同一性なんちゃらではなく、一応女の子なんだな、と思って吹き出してしまう。
「笑うでない! それより、那古野の周りも敵ばかりで戦続きであるゆえ、父上を助けたいのじゃ。嫁に出てしまえば、たいして役に立てぬ」
 史実の信長には、家族思いのエピソードが残っている。どうやら信長ちゃんは、パパ大好きっ子のようだ。

「なるほど。では、質問を変えましょう。戦をなくすにはどうすればよいでしょう?」
「当家がもっと強くなればよいのじゃ。それには新しい武器や戦術を極めて、戦に強くならねばならぬ。そのために、道理を(わきま)えた(まつりごと)を行えばよい。
 民を富ませ(あきない)を盛んにすれば、年貢や運上金(うんじょうきん)も自ずと多くなるのじゃ」

 姫の姿はしてるけれど、考え方は全く織田信長なんだよな。嬉しくなってしまう。
 信長がいなければ、この織田弾正忠(だんじょうのじょう)家は危ういのだから。
「国を富ませ兵を強める――富国強兵ですね。さすがでございます」
「で、あるか!」
 信長といえばこのセリフ。これが聞きたかったよ。部屋に入ってきたときは膨れ面だった信長ちゃんが、ようやく笑顔を見せてくれた。

 機嫌をとっておいて様々な情報を聞き出す。
 信長ちゃんのパパ織田備後守(びんごのかみ)信秀が当主の織田弾正忠(だんじょうのじょう)家は、清州城を拠点としている尾張(しも)四郡の守護代(しゅごだい)――織田大和守(やまとのかみ)信友配下の奉行だという。
 また、足利幕府に任命された尾張のトップ、尾張守護は斯波(しば)武衛(ぶえい)義統(よしむね)だ。
 つまり、政治体制は史実通りというわけ。

 織田弾正忠(だんじょうのじょう)家は、尾張経済の要所の津島(つしま)熱田(あつた)を勢力下に収めている。
 そのため、主家を(しの)ぐ実力があるのだ。尾張以外でも三河(みかわ)(愛知県東部)の安祥(あんじょう)城と美濃(みの)(岐阜県)の大垣(おおがき)城を実効支配しているという。この点も史実通りだった。

 現在、大殿信秀は古渡(ふるわたり)城を本拠としている。ここ那古野城は、史実では、信長がわずか二歳ながら城主とされていた。だが、城代として林佐渡守(さどのかみ)秀貞(ひでさだ)が配置されているのが、史実との相違点だ。

 信長ちゃんの縁談候補は、美濃のマムシこと斎藤道三(どうさん)長男の義龍(よしたつ)だ。現在は平手爺が交渉を進めているという。
 織田弾正忠家は先ごろ斎藤道三と、稲葉山(いなばやま)(岐阜)城下の加納口(かのうぐち)(岐阜県岐阜市)で争って、大敗を喫してしまった。そのうえ、駿河(するが)(静岡県)の今川義元(いまがわよしもと)が三河に進出する兆しがある。
 だから、美濃と和議を行い二正面を敵することを避けたい。
 
 確かに戦略としては悪くはない。悪くはないが信長ちゃんがいなければ、おれの戦国時代生活は非常に危険なものになる。というか、ほぼ終わるだろう。信長ちゃんにも嫁に行ってほしくない。
 絶対に嫁入りを阻止してやるぞ。未来知識を利用して絶対に阻止するんだ。

 ただ、あからさまに現代知識を披露するのも問題がある。
 荒唐無稽に聞こえる話が事実だとしても、狐()きだなどと噂が立つかもしれない。せっかく確保した安全な場所だ。
 あくまで自然に自然に。未来の記憶を持っているのはトップシークレット。誰にも知られてはいけない。もちろん信長ちゃんにも。

「ところで、吉様の嫁入りに関して、家中の意見はいかに?」
「嫁入りに限らず、ワシの意見など誰も聞いてくれぬのじゃ……」
 信長ちゃんは、半分泣き顔のような悲しげな顔だ。あーあ。いじけちゃった。
 確かに、この時代なら、嫁入りは普通の考えだろう。おれが未来の知識を知っているからこそ、信長が不世出の英雄で天下を手中に収める事実を知っているだけ。
 現時点で美濃との婚姻政策で融和を図るのは悪くない。というか、二方面作戦を避けるための、とても有効的な打開策だ。

 しかし、やっぱり信長は言葉が足りない。大学でも信長を深く研究していたのでよく分かる。
 言葉が足りないせいで、誤解されてる部分が多いはずだ。信長は理解されないことが多すぎて、説明するのが面倒になってしまったのかもしれない。
 天才とは孤独なものだな。

(それがし)は吉様の意見に賛同いたします。お任せあれ!」
「まことか! 左近よ、その(げん)やよし」
 信長ちゃんは、目を輝かせてニコッと微笑んでいる。素敵な笑顔だ。斜めだったご機嫌が、逆によくなったみたい。
「はっ!」
「左近、励むのじゃ」と、言い残して信長ちゃんは出て行った。

 ふう。史実では、美濃の斎藤道三とは、帰蝶(きちょう)濃姫(のうひめ))を嫁にもらい和議を結ぶ。なのに、信長ちゃんが嫁に行くなど、最初から想像を越えた事態だ。

 困ったな。史実にはない嫁入り話なだけに、おれの未来知識などは全く役に立たない。
 だが待てよ。本能寺の変で信長ちゃんと一緒に、光秀に討たれるのが現時点での運命ならば、嫁入りはしないで済むということ。美濃の斎藤家と、関係を深める策はきっとあるはず。

 いずれにしても、史実の信長より家中に味方が少ないのは大問題だ。新参者で知り合いもいないおれ一人だけで、できることはたかが知れる。まずは、味方を増やすことを目標としよう。
 なんとしても信長ちゃんの嫁入りを阻止しなくては。
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登場人物紹介

織田吉(三郎信長


 那古野城城主で周辺一〇万石の領主。織田信秀の嫡子。

 織田信秀の次男に生まれるはずが、どこで間違ったのか女性に生まれてしまった。見た目は現代風美少女だが男装を好む。最近はアクセサリーを頻繁に変える、鎧を着替えるなどオシャレに気を遣うようになっている。

 奥手で、『つるでぺた』を気にしているが実態は不明。


 戦場では鉄砲を使う。

 初陣で敵大将を討ち取るという大殊勲を挙げた。

 美濃の斎藤義龍との結婚計画があったが流れた。

 口癖は、一人称「ワシ」、二人称「ヌシ」、語尾は「のじゃ」、肯定は「で、あるか!」。「素っ首貰い受ける」もお気に入りのようだ。

 自分に理解を示した左近のことを、とても気に入ってやがて好意を示す。左近の部屋に入り浸っている。

 政治・外交・経済のセンスは抜群で、左近をはじめ周囲をしばしば驚かせる。

 頭に血がのぼると一直線な行動をとることも多い。

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