第6話「鵺」
文字数 2,619文字
眼前には荒れた座敷が
二人が揃って腕組みをしているのは、鵺が亜緒の仕草を真似ているからだ。
亜緒がそっと鵺の頭に
「ごめんな」
「どうして謝る?」
「僕が弱くてさ」
「亜緒は弱くない」
「だったら、いいんだけどな」
しかし、自身の
一方で頭の上のネコミミと釣り気味の目元、金色に光る瞳は鵺が鵺だった頃の名残りである。
もっとも不定形の鵺にとって、姿形はそれほど意味のあるものではないのかもしれないが。
「何シケた顔をしているんだ。らしくない」
「僕は元々こんな顔なのさ」
重ねた座布団の上で頬杖をついている。
亜緒が深刻そうな表情を作るのは珍しい。
現子の襲撃を受けた『左団扇』は、玄関から最初の座敷まで滅茶苦茶である。
まるで嵐が去った後のようだ。
「闇子は取り
「気まぐれでも何でも、命の危険が無くなったのは助かる」
「お前の打った猿芝居に、彼女なりの思うところがあったらしい」
闇子を「彼女」と呼ぶ。蘭丸と闇子の間には、何らかの関係が隠れている。
『宵闇』は知らぬ間に消えていた。闇子の元へ戻ったのだろう。
「それにしても、まさか本物の鵺だとは思わなかった」
蘭丸が目の前のネコミミ少女を見てため息をつく。
飼い猫に「鵺」という名前を付けたのは、亜緒の冗談だと思っていた。
蘭丸は亜緒が
しかし、まさか御神体である鵺を持ち出していたことまでは思考の外だ。
「鵺を元の猫には戻さないのか?」
「戻すと怖い女の子が僕を殺しに来るからさ」
鵺が憑いたことで現子は現子ではなくなった。
鵺も今までの鵺ではなくなった。
それに、亜緒は憑かせた鵺を戻す方法を知らなかった。
そんな方法があるのかどうかも分からない。
「黄泉帰りの少女の意識は鵺に乗っ取られている状態なのか?」
闇子の影から事の
人に憑くことが出来るのも知らなかった。
「猫の姿も借りモノだったのか?」
「あれは鵺
正確には猫ではない。
猫のような姿を取った鵺だったのだ。
だから性別も無かった。
「でも、憑いた鵺は対象の影響を少なからず受けてしまう」
猿、虎、狸、蛇の順に憑けば、大衆が思い描く鵺の出来上がりというわけだ。
亜緒が気に入っていた猫らしき姿をした鵺はもういない。
「つまり目の前の少女は
「その認識で
二人の会話などお構い無しに、鵺は跳んだり走ったり転んだりしている。
人の体の動きに慣れようとしているのか。あるいは暇を持て余しているのかもしれない。
身に着けているセーラー服は、もちろん現子のものだ。
「で、どうするつもりだ?」
蘭丸の表情が曇る。
「何が?」
「サスガに
人に憑かせて鵺の霊格を
雨下石の家が黙っていないのは明白だった。
「一緒に謝りに行ってくれるかい?」
まるでお茶に誘うような気楽さで、亜緒は蘭丸を見た。
「俺はまだ死にたくないんだがな」
蘭丸のほうは困って視線を外す。
亜緒の父である雨下石
人も妖も、彼と
「まぁ、バレなきゃいいだけの話……」
他人事のように言ってから、「鵺は僕の鵺だからね」と亜緒は少しだけ笑った。
街に
もう朝だ。
夜が明けると、命を狙われる心配がなくなったことで宗一郎は三千円を支払って日常へと帰っていった。
* * * * * * * * * * * * *
ざわざわと木々が妖しく揺れる森の中に、街から隠れるように一軒の屋敷があった。
門には達筆な文字で『雨下石』とある。
その屋敷の広さに比べたらささやかな八畳間に、行灯の灯りで伸びた着物姿の少女の影が落ちている。
「まさかこんなことが!」
影は控えめな歓びに震えていた。
「兄様の居所が分かってしまうなんて……」
少女の前には方角やら時を示す文字盤があり、盤の上には将棋の駒ほどの木片が無造作に散らばっている。
十二を数える木片には
盤上に散った木片の位置、角度や表裏で探し事の場所を知る
少女が兄の居場所を突き止めることが出来たのは偶然だった。
現子が『左団扇』に攻め入ったため、丁度結界の一部に
「
兄様らしいと少女の影は薄笑って揺れた。