chapter0-0:Mとの決着/悪への追想

文字数 5,339文字


 ―――それは月の紅い、深夜に繰り広げられた出来事だった。


 空は黒い雲に包まれ、所々の切れ間から紅い朧月(おぼろづき)の光が大地を照らす。

 ―――ここは超高層建造物の立ち並ぶ、日本の新都心『新都・青葉』の、その中心部。
 立ち並ぶビルにはネオンが辺り一面に貼り付けられており、街は夜だというのにカラフルな光と車のクラクションやら街頭広告やらの騒音で包まれていた。

 あまつさえ空からも、飛行船から定期的にくだらないコマーシャルの音声が垂れ流され、一流企業のイチオシの商品の宣伝文言があたりに響き渡る。

 ―――これはこの街では日常茶飯事、いつもの光景だ。それを()はよく知っている。


 そんな眩しく、騒がしい街の中でも一番目立つのは、都市部のど真ん中に聳え立つ、150階建ての超高層ビル「Raphael」。
 このビルはこの国でもっとも資産を所有しているとされる超一流企業「ゴルド・カンパニー」が居を構える本社ビルであり、薬物の開発を主な産業とする同社の研究施設でもある。



 ―――その最上階、地上の光が届かない暗がりのなかには、二人の人間が立ち尽くしていた。



 一方はスーツ姿の男性だ。
 その髪は金に染め上げられ、スーツの色は白。
 金の装飾が所々にみられるその服装は、そのスーツの高級感をまざまざと周囲に顕示する意図が見受けられる。

 所謂、ステレオタイプな成金のような男は、足を震わせながら振り返り、もう一人の男へと語りかける。


「何故だ、なぜ……」


 その声は震えている。
 勿論、恐怖によるものではない。
 彼は怒っていたのだ。目前に迫る、自らに歯向かう一人の少年に。


 ―――そんな彼の怒りの視線の先にいるのは、学生と思わしき少年だった。

 黒い髪に、黒い瞳。
 一見没個性的で、どこにでもいるような学生にしか見えなかったが、その表情は何か、覚悟を決めたようなものだった。

 学生服はすでにボロボロで、その身体にも傷のような物が見受けられる。

 だが彼はそんなことはお構い無しに、ゆっくりと、だが確実にスーツ姿の男の元へと歩き出す。


 ―――そして少年は視線を逸らさずに歩みを進めながら、懐から一枚のICチップのような物体を取り出した。


 そのチップは、半透明の紅い材質で構成された電子基盤のような物。
 その表面には端子のようなものがあり、その上部には仮面のような絵柄があしらわれたエンブレムのような物が取り付けられている。

 そして、彼がそれを取り出した瞬間。

 ―――彼の腕に、どす黒いオーラと共に機械で出来た腕輪のような物が出現する。
 鉄のような質感のその黒い腕輪は、その上部に大きなカバーのような物があり、少年はそれをスライドさせる。

 カバーがスライドし展開したその内部にはスロット。
 少年はそこに、自分が持っていたICチップのようなものを挿入した。

 <マスクド>

 チップの挿入と共に、辺りにそれを認識した機械から発せられた電子音声が響く。
 それと同時に機械表面にある紅い宝石のような部分が発光し、辺りに待機音声めいた音楽が流れた。

 少年は深く息を吸い、ひとつの言葉を口にする。

「変身」

 ―――変身。

 その言葉を認識した瞬間、腕輪のカバーが自動で閉まり、その機体から音が響く。


 <―――マスクド、アンチフォーミング>



 その音声と共に、少年は足元から現れ出でた暗闇の靄に呑まれる。
 暗黒とも呼べるような黒い霧が彼の足元から噴出し、その身を完全に包んだのだ。

 ―――その中から断続的に金属音が響く。
 何か金属質の物質が内部で生成され、組み上げられ、装着される。そんな音だ。

 そして、その音が止んだ瞬間。

「―――ッ!」

 突風のごとき衝撃波が内部から発され、黒い靄は文字通り霧散する。

 ―――そして晴れた黒霧の中央、そこには先程の少年とは似ても似てつかない人物が立っていた。

 ―――黒い、機械の鎧を纏った戦士。
 そう形容するしかない、SFチックなデザインの鎧を纏った人物がそこには立っていた。

 鋭利な意匠と、割れた仮面のようなバイザーから覗くつり上がった鋭く紅いカメラアイ。
 その見た目は、一見すれば「特撮ヒーロー物の悪の幹部、もしくはライバル」といったところだ。

 ―――悪役めいた姿の戦士は、目前のスーツ姿の男へと手を向け、何かを招くように指を動かす。
 「さっさとかかってこい」、そんな意志が込められているような動作だ。

「貴様のような、貴様ごときに、この私がァ……!」

 挑発された男は、その姿に思わず歯軋りをする。

 そして手早く懐へと手を伸ばし、あるものを取り出した。
 ―――少年の物とは意匠が違う、金色のICチップだ。だがそのエンブレムのデザインは全く同じで、仮面のような絵柄が刻印されている。

 ―――そして男の腕にも機械が出現する。
 だがその見た目は少年の物よりも流線的なデザインで、金色の装丁が成された悪趣味なもの。

 そして少年と同じように腕に出現した機械に、男はチップを挿入する。

「……ッ、変身ッ!!!」


 <マスクド、ブレイブフォーミング!>


 先程とは少し違う声色の音声と共に、怒りの形相の男は光に包まれる。
 そして同じように鎧が装着され、彼もその身の武装―――変身を終える。

 全身が金色のヒロイックなデザインの鎧。
 その見た目は如何にも騎士然としており、一見すれば正義のヒーローのように見受けられる。

 ―――だがその鎧の金色はどこか鍍金のような、安っぽい印象を与えた。

 黄金の戦士の仮面にある瞳には蒼い光が煌めき、眼前の黒い戦士を睨み付ける。

『―――いくぞ、正義のヒーロー』

 少年―――黒い仮面の戦士はそれを見届けると、吐き捨てるように告げる。
 それは宣戦布告であり、これからお前を倒す、という意思表示だ。

 そして拳を握りしめ、黒い戦士はその距離を詰めるために走り出す。


『この……ッ!』


 ―――その言葉に込められた侮蔑の意味に気付いたのか、スーツの男―――金色の鎧を纏った戦士もまた、迎撃するかのように拳を翳した。

 スペックは同等、もしくはこちらが上回っているはずと過信した黄金の戦士は、同じ攻撃をぶつけることで相殺しようとする。

『ハァッ!』

 ―――二人の仮面の拳が、ぶつかり合い火花を散らす。

 黄金の戦士が見抜いた通り、双方のスペックはほぼ互角。

 ならば、と黄金の騎士は、黒い戦士が突き出した拳を拳で上手く弾き、もう片方の手での突きで有効打を与えようとする。

 ―――だがそれは既に見切っている。

 黒い戦士は身を捩りそれを避け、そのまま蹴りの姿勢に移行する。
 その踵が狙うは相手の顔面、高慢ちきな鼻っ面だ。

 ―――だが、黄金の戦士もそれに気付く。
 咄嗟に左腕を盾と(かわ)し、その蹴りを間一髪で急所に当てることを防いだ。

『ぐっ……!』

 ―――だが、その威力までは削げない。
 彼の左腕には黒い戦士の猛烈な勢いの蹴りの威力がダイレクトに加わり、黄金の戦士はたまらず数mほど吹っ飛ばされる。

『クソッ……この私が、押し負ける……?』

 ―――もはや、左腕は使い物にならない。

 黒い戦士の蹴りを受けた腕の装甲は大きく損傷し、そのダメージがスーツの内部にまで響く。

 吹き飛ばされ、なんとか着地した黄金の戦士であったが、ようやくその実力差を理解してしまったのか、思わず狼狽える。

『……こんな、クズに!英雄達(ブレイバーズ)であるこの私が!?』

 何故、このような些事で追い詰められなければならないのか。彼の胸中はそれだけで一杯だった。

 自身は選ばれた存在だと、そう信じ込んでいた黄金の戦士にとって、これは最大の屈辱。

 仮面の下の顔は真っ赤に染まり、頭には血が上る。

『ふざ、けるなァッ!!!!!』

 ―――まさに怒髪衝天。

 怒りに打ち震えた彼は、思わず問う。

『この戦いに、何の価値がある!この街に住む人々にはマイナスしかない!』

『こんな小競り合いで、貴様ら(トラッシュ)どもに、一体何の得が―――』



『……損得なんて、関係ない』

 だが、その問いは黒い戦士の素っ気ない返事にバッサリと切り捨てられる。


『俺はただ、貴方のその周りを見下した態度が気に食わなかった、それだけだ』

 ―――そう、黒い戦士の行動原理はただそれだけだった。

 気に入らないから、潰す。

 そこに正義など、決してありはしない。
 ただ気に入らなくて、潰したいからこのビルと、眼前の男を潰しにきた、それだけだ。

『そんなつまらない感傷で、私の―――』

 この返事に憤りを隠せないのは黄金の戦士だ。
 街の名士であり、実質的な統治者である自分を害する理由が、“気に入らないから“、それだけ?

 ―――ふざけるな!

 そう叫ぼうとしたが、黒い戦士の次の言葉にそれは遮られる。

 そう、黒い戦士は吐き捨てる。


『つまらない塵につまらない感傷で潰される。―――つまらないアンタには、お似合いの末路だ』


『―――ッッッッッ!!!!!!!』



 ―――その瞬間、ほぼ同じタイミングで二人は腕輪のカバーを三回スライドさせる。

 <<マスクド:チャージアップ>>

 その瞬間、二人の仮面の戦士のデバイスから、同様の音声が鳴り響く。
 それと同時に双方の鎧の腕から、それぞれ紫、金の光が放出され、拳を覆いまるで巨大な拳のような姿を形作った。

 ―――つまりは、必殺技。
 お互いの「一気に勝負を決める」という意志が、光となってその拳を包む。

『―――拒絶掌(ディサイシブ・フィスト)

『ジャァスティス、ブロォウッ!!!』

 二人の男が、自らの武技の名前を叫んだ瞬間、デバイスは発光。鎧から発される光の出力も膨大に跳ね上がる。

 そして双方の背中のブースターからも光が発され、光の翼を象る。

 ―――その瞬間。

『―――ハァァッ!!!!』

『ウオオオオォッ!!!!!』

 二人の戦士は光と共に超加速し、それぞれの中央に瞬間的に迫る。

 端から見れば、瞬間移動のごとき速度。
 だが当事者である二人にはそれがまるで、スローモーションのように映る。

 そうして、二人の光の拳がぶつかったその瞬間。



 ―――ビルの最上部が、消し飛んだ。

 150階建てのビルの130階付近までが、ぶつかり合った光のエネルギーの余波によって削られ、粉々に分解されて虚空へと消えて行く。

 この街の発展にとって最重要な施設であるゴルド・カンパニーの研究データが、資源が、水泡の如く消滅していく。

 消え行くオフィスには人はいない、だからただ、無機物のみが粉微塵となっていく。

 ―――これがもしも深夜ではなく昼間であったなら、上層に勤務する数百人の命すらも、無惨に失われていたことだろう。

『くッ……!』

 消滅する自分のビルを一瞬よそ見しながらも、黄金の戦士は自身の置かれた状況を理解していた。

 ぶつかり合う光の拳。
 だが金色の拳はゆっくりと、だが確実に縮小していく。

 ―――押し負けているのだ。黒い戦士の放った、紫光の拳に。
 収束したエネルギー同士の衝突により、出力で劣る黄金の光は着実にそのエネルギーの編みが(ほど)け、辺りに押し流されていく。。

 ―――このままでは、負ける。

 着実に眼前に迫る紫の光の奔流に、そう思い至ってしまった黄金の戦士は、たまらず叫んだ。

 それは恐怖からだったのか、怒りからだったのか。

 それは本人にすら分からない、だがそれでも叫ばずにはいられなかったのだ。

 ―――自らが相対する敵の名を。


『―――鳴瀬(なるせ)、ユウ!!!!!』




 ―――あぁ、そうだ。


 黒い鎧を纏った、彼の名は鳴瀬(なるせ)ユウ。

 つい一年ほど前まではこの新都・青葉で学生をやっていた極々平凡な学生、だったはずの男だ。
 つい最近までは身寄りがない、なんてことはなかったし記憶もある。家は普通の一戸建てだったし、学校も取り柄もないがかといって嫌なこともない普通の高校だった。


 それが一体全体、どうしてこんなことになってしまったんだろうか。
 ……それを知るには、時を一年前まで遡る必要がある。

 ―――折角だ。

 何一つ取り柄のなかった彼が、如何にしてこのような決闘を繰り広げる羽目になってしまったか、回顧がてらにここに記そう。


 これから語られるのは、転落と挫折、悪意に満ちた話。
 そしてかけがえのない仲間たちとの出会いや、衝突の話。



 そう、これは―――



 ―――一人の少年が、正義の味方を打ち砕くための悪になる、長い長い物語だ。
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