第1話

文字数 1,035文字

 山奥の巨大な寺の中で、中村英覚は修行に励んでいた。
 目の前には燃える木々があり、英覚は呪文を唱え続ける。
 すると火の勢いが増し、木はさらに燃える。
 物体を燃焼させる呪文を使っていた。
 この巨大な寺では僧侶たちが魔術を習得するために、日々修行に励んでいる。
 修行の内容は公にはされていないが、国からの支援は出ていた。
 なぜ、こんな寺があるかと言えば、それは村に出る妖怪を倒すためだった。
 妖怪は夜になると現れて、村の人々を食べてしまう。
 そのため、僧侶たちは徹底的に、妖怪を倒すための魔術を叩き込まれる。
 誰もが僧侶になれるわけではない。
 厳しい修行に耐え、魔術を使うことができる生まれつきの才能が必要だった。
 魔術を使えるのはおおよそ一万人に一人だ。
 中村英覚はその中でも強力な魔術を使える天才として、皆から一目置かれていた。

 燃焼の修行を終えると、彼は師匠の元を訪れる。
 師匠は六十歳の全国で名を挙げた魔術を使う僧侶だった。
 彼の名前はある地域では伝説にもなっている。
「どうだ。修行の様子は?」
 座布団の上に座った師匠は英覚に尋ねる。
「順調に進んでいます。ほぼ全ての魔術を安定して使えるようになりました」
「お前がここに来たのは十五の時だったな。それから十年。そろそろ僧侶として、働く時が来たのだろう」
 英覚はそう言われて、目に涙が滲むのを感じた。
 長い修行生活を思い出す。
 時には死にたいと思うほど辛いこともあった。
 それでも人々を救うためと思いながら、歯を食いしばって耐えてきた。
「いよいよ、一人立ちですか?」
「明日の朝、太陽が昇る前にここを出て行きなさい」
 英覚は頭を深く下げ、部屋を後にした。
 長い廊下を歩いている間、全身から力が抜けていくのを感じた。
 ふとほぼ同じ時期にこの寺に入ってきた市川大楽を見つけた。
「師匠と何を話したんだ?」
 大楽は遠くの沈んでいく夕日を見つめながら、言った。
「明日の朝、ここを出て行くことになった」
「それは、おめでとう」
 大楽は英覚の手を握った。
 その手には熱がこもっている。
 僧侶となった以上、命をかけて妖怪と闘わなければならない。
 師匠のように名を残し、存命しているのはまれだった。
 そのくらい妖怪というのは手ごわいものだった。
「一足、先に一人立ちすることになったよ」
 英覚は名残惜しそうにそう言った。
「俺ももう少しで、ここを出られるように頑張るよ。その時になったらどこかで会おう。死ぬなよ」
 大楽はそう言って、去っていった。
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