証し《あかし》~ 第1話

文字数 788文字

なんといっても、信者たちにとって最も大切なことばのひとつでしょう。なにしろ信者たちの生活は、この”証し”のためである、と言っても過言ではないほどだからです。

”証し”という言葉には、おもにふたつの用い方があります。
ひとつは「(A)信者としてのふさわしい言動」、もうひとつは「(B)宗教的体験の告白」です。
順に説明していきます。

(A)信者としてのふさわしい言動

たとえば、砂漠の中で水がなくて死にかけている人がいて、その荒涼たる視界の中に、青々と茂った樹木を見出したとしたらどうでしょうか。そこに水があることは明らかであり、彼はそこに行こうとするでしょう。
すなわち、樹木が青々と茂っている様子は、水のあることを”証し”しているわけです。

この譬え話の意味はこうです。
「死にかけている人」とは、信者たちから見た信者以外の人々のことです。
「水」とは、人間の生命や生活の全体に関わる決定的な要素であり、人間を真に生かし豊かにするもので、信者たちの間では「いのち」とか「キリスト」とか呼ばれています。信者以外の人々は、これをわがものとしていないので、その生命や生活は荒涼とした砂漠のようなものであり、しかもいずれは死に至る運命にあります。
そして、その「水」によって養われている「樹木」は信者たちのことであり、「青々と茂っている様子」こそ、”信者としてのふさわしい言動”(すなわち、「水」によって真に生かされ、豊かにされた生命や生活の現われ)であります。

この”信者としてのふさわしい言動”こそが、神の与える「水」の”証し”(立証、証明、証言、証拠)であり、同時に、荒涼とした砂漠のような生命や生活しか持たない信者以外の人々を、その「水」に引き寄せるものである、と考えられています。

それでは、この”信者としてのふさわしい言動”とはどんなものか、ここでは便宜上、四つに分類して説明したいと思います。
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