第1話

文字数 2,167文字

 京極夏彦作品は繋がっている。
 どの小説も、ひとつの独立した話として読めるが、他の作品を読めば読むほど、にやりとしてしまう繋がりがある。
 今回の「今昔百鬼拾遺」は三部作である。「鬼」「河童」「天狗」が関連しているのは勿論、他の京極夏彦作品とも繋がっている。
 まず登場人物の中禅寺敦子は中禅寺秋彦の妹である。中禅寺秋彦は「姑獲鳥の夏」から始まる百鬼夜行シリーズで古書店「京極堂」を営みつつ副業で拝み屋もしている主要人物だ。分析力洞察力に長け、人が知らないことをよく知っていて、悪魔的に弁が立つ。「兄貴」のようにうまくはいかないと言いつつ、中禅寺敦子は人の話をよく聞き、整頓して筋道を立て、事件のもつれた糸を解していく。
 そして「鬼」で依頼人として登場する呉美由紀は、百鬼夜行シリーズ「絡新婦の理」に登場する女学生である。背が高いことや、語彙が少なくて話を上手く伝えられない事を気にしているが、平易な言葉で、素直に語るのが魅力でもある。特に、不甲斐ない大人に対してはっきりと意見を言う場面は爽快である。

 京極夏彦作品の繋がりは時代を超える。時代背景が昭和29年なので、百鬼夜行シリーズの関係者が登場するのは必定であるが、「鬼」では幕末の新選組や大正時代の凌雲閣が出てくる。これは、土方歳三の話である「ヒトごろし(新潮社)」と凌雲閣の出てくる「虚談(KADOKAWA)」そして百鬼夜行シリーズである「鉄鼠の檻(講談社)」が同時期に刊行された際の三社合同キャンペーン「三京祭」において三冊購入者への特典で書かれた小説だからである。三つの作品を踏まえた話で、キャンペーンクイズに当選した読者十数人の名前を作中に出して欲しいという難しい発注を受け書かれた三部作なのである。無理難題を読者が喜ぶエンターテインメントに仕立ててしまう小説家としての技術。特に「河童」において、次々と登場する人物がそれぞれ特徴的で、ただ単に読者の名前を出しているわけではなく、作中に必要な要素として構成されているのも見所だ。
 「河童」は女学生達が河童について楽しそうに語らう場面から始まる。下品な話になると顔を赤らめながら、キャハハうふふと「猿は河童除けになるのですもの」といったお嬢様言葉が飛び交う。微笑ましい会話を楽しんでいるうちに、全国各地の河童伝承や、描かれた河童の特徴、名前の多様さなどが自然と頭に入ってくる。さらに、妖怪研究家である多々良勝五郎の登場で、河童の成り立ちがより深くわかるようになっている。妖怪好きには絶大な人気がある多々良先生は、妖怪を知るためその周辺を取り巻く気象や地形・歴史・伝説などに通じ、博識である。妖怪の研究が最優先であるため、周りを気にせず話をしたり突き進んだりしてしまうのだが、中禅寺敦子の気づかいや声かけで、有益な情報提供者になる。多々良先生がいることで、事件の解決と河童の理解が同時進行で展開する構造になっている。小学生60人に鬼・天狗・河童どの話が聞きたいかアンケートをとったことがあるが、断然圧倒的に河童が人気であった。河童という滑稽で妖しく、突き詰めていくと多様過ぎて訳の分からない存在を堪能できる小説になっている。

 「鬼」では刀の硬い質感や斬られる生々しさと血の匂いを感じ、「河童」では水の冷たさと河童の不気味さが読後に残る。6月に刊行される「天狗」は小説新潮で連載されていたものであり、天狗という掴みどころのない、よくわからない存在を感じる作品である。連載が本になる際、ページを文が跨がないようにするなど、開いたときの視覚まで考慮した文字の配置を著者本人が行うため、ほとんどの場合、加筆や文章表現の変更がある。京極夏彦作品ではその点も楽しむことが出来るので、連載雑誌・単行本・文庫本と判型が変わるたび購入して確認したくなる。
 
 まだ刊行されていない「栃木の事件」についての言及もあり、読者が待ち望んでいる百鬼夜行シリーズの次回作と言われる「鵼の碑」を思わせる。百鬼夜行シリーズと巷説百物語シリーズは繋がっている。「陰摩羅鬼の瑕」の由良行房は後巷説百物語で百物語の作法を調べるよう頼む由良公房の子孫である。巷説百物語シリーズの主要人物である御行の又市と関わりのある中禅寺洲斎は書楼弔堂シリーズの中禅寺輔の父であり、その孫が中禅寺秋彦である。書楼弔堂は本屋である弔堂で店主が客に本を紹介する話である。明治時代の出版事情を背景に、勝海舟や井上圓了など著名人が来店する。店主は一生に影響を与える一冊となるようなその人のための本を解説付きで渡す。本を読むことが好きな人や歴史好きが読んでも面白い書楼弔堂であるが、他の作品との繋がりを知って読むと、更に楽しむことが出来る。だから読者は作家買いをする。
 講談社・KADOKAWA・新潮社の三社から別々に刊行される「今昔百鬼拾遺 鬼」「河童」「天狗」であるが、京極夏彦作品の魅力を知っている読者は関係なく買うであろう。また、子どもにも、年齢男女問わず知られた存在である鬼・河童・天狗を題材にしたことで、これまで京極夏彦作品に触れて来なかった読者も獲得すると思われる。その沼に入り込んだ読者を、他の作品との繋がりが妖怪のように引きずり込むのである。
 
 

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