十三・ 技術者: 田中真理(たなか・まり)の阿鼻叫喚。
文字数 1,831文字
ごく普通の一般中年女性だと、思っている観光来館者や末端スタッフらは多い。
実は元職が、ポックル島国『護島隊』のプロの凄腕の防災救援レンジャーで。
じつはカコさん命名『自宅警備員』なるパペル全域のガード業務スタッフに、武術や捕縛術を指導しているのも、この人だ。
元職場内の男性中心社会の真ん中で、酷い性暴力に遭わされて。
不正やセクハラやの数々をもまとめて告発したら、嫌がらせで退職強要されて。
裁判で闘って敗けて。
心身ともにボロボロになって路頭に迷ったところを、人権的立場から裁判の支援者だったカコさんに拾われた。という経緯は、意外に知られていない。
*
敷地内施設管理全般の通常業務を職分とする、堆肥ボイラー温度管理主任にして自家発酵メタンガス燃焼発電機整備技能士も兼務の、ごく普通の『農業副産物等総合転利用技術者』認定国家資格保持者の田中真理は。
「ぴぎゃぁぁぁ!」とひたすら叫びながらしがみついていた机の下から、ようやく這い出して来た。
すでにオキタ館長はインカム装着済み。『非常即応』態勢バッチリ。
カコさんの声に応えて素早く「こちらは全員無事」の報告を済ませて。
状況把握している。
「震源… ハッカショ村?」
「えっ?」
「ポッポロには、津波は来ない予測と。」
「ふぁぁ」
「ポーシャ毒、震災か? …またか……!」
「嫌~!」
「泣いてる場合じゃないぞ田中!
全館非常時仕様! 地下ダンジョン開放と、避難者収容の準備!」
「はいぃッ!」
のそのそと這い出して、こぶしで涙をぐいと拭き、垂れて来る鼻水をすすりながら。
毎月のしつこいほどの避難訓練で。
何度も、手順の確認だけはしてきた、緊急用の機材を取り出して…、
震える手をなだめながら、なんとか的確に画面を開いて、ボタンを押して行く。
『 パペル塔と寮の地下は、ダンジョンになっている。
本当の広さと構造は、誰も知らない。 』
…というのは、よく知られた都市?伝説で。(カコさんが面白がって広めたのだ。)
普段は本当に、ただの娯楽アトラクション用の「迷走迷路」として。
観光客や「聖地」訪問のファンの人たちには有料で提供されている。
カコ先生の原作マンガやアニメのキャラの絵柄の、記念撮影用の等身大ボードや。
探索用懸賞クイズの、ヒントや案内の画面が点在している、
その地下の…
廊下の。
壁に埋め込まれたドアをスライドして開けると、
中は非常用の、頑健な、避難者長期滞在用室になっていて。
一部は平常時から一般観光客にも開放されてて、
『避難生活体験訓練』名目で。
安く泊まれる施設として貧乏旅行者たちに活用、されてて。
地元の人には、自治体を通じて、通常時から、周知はしてある。
災害時、家が壊れた人は…
パペルの足元へ。
と…。
*
がこん、がこん…と、軽い震動音とともに。
地下ダンジョンの隔壁が、上がったり下りたり、斜めに移動したりして。
震災時・長期耐久仕様に、変更されていく。
入浴中だった休日スタッフや客たちが、ぽたぽた水滴を垂らしながら。
とりあえず服だけ着て頭はズブ濡れのぼさぐしゃのままだったり。
荷物を預けたロッカーがどうにかして開けられなくなったのか、浴衣のような貸出館内着や、それも足りなくなったのか大判バスタオルだけ、羽織ったような姿で。
がくぶる涙目で膝が笑っていて。
それでも職務熱心な当番スタッフたちに、誘導されて。
ぞろぞろと、地下に向かう映像が…
目の端の安全監視カメラに映る。
「食糧その他、備蓄状況は良し! 敷地内設備、地上地下ともに大破はなし!」
「空ビットがもうすぐ人を連れてきます。受け入れ対応お願いしますね。」
「了解です!」
カコ先生…『ウマシカ先生』と…オキタ館長が。
小説や漫画の中のように、カッコよく、冷静に。
事態の収拾に、当たってくれてる…。
田中真理は、ぐちゃぐちゃになっていたポニーテールをぐいと。縛り直して。
どうにか探し出したティッシュボックスからペーパーを山ほど引き出して涙をふき、鼻をかんだ。
大丈夫だ…
今度も、きっと。
きっと、何とかなる。
何とかなる…!