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文字数 1,240文字
スモッグに覆われた、初冬の街。昼下がりの陽射しが雲に篩 われ、薄ぼんやりとした飴色の光を散らしている。
ターミナル駅の正面に広がる円形広場の中心。大きな噴水の縁 に腰かけて、わたしはジュースをひとくち飲んだ。栓の代わりに嵌 まっていたビー玉が、瓶の中で、からんころんと澄んだ音を奏でる。色をつけた水に、桃の香りがするシロップを溶かしただけの、安物のジュースだ。けれど、わたしは気に入っている。ビー玉が鳴らす涼やかな硝子の音色も好きだし、吐息に香りをつけるのに便利だから。
この辺りで待ち合わせといえば、大抵、この噴水が目印になる。周りには、わたし以外にも、誰かを待つ人たちが、腕時計を見やったり、せわしなく視線を巡らせたりしている。
瓶の中でビー玉を転がして遊びながら、わたしは後ろに聳 える噴水を振り仰いだ。大理石でつくられた、五人の天使が組み体操をしているような格好の彫像。いちばん上に配された天使が掲げる水瓶 から、湧き出るように水が流れている。歴史的に名の知れた彫刻家が手がけたものらしい。
(今はもう、見る影もないけど)
微笑を湛 えていただろう頬も、優雅に広がっていただろう羽も、どろどろと溶けて、無残に崩れている。空全体を覆い尽くしている分厚い雲は、あらゆるものを等しく蝕む強酸の雨を降らす。先の戦争で使われた兵器の名残だという。どれだけ風が吹いても、それは斑 に濃淡をつけこそすれ、晴れることはない。
(そういえば……)
天使の像から視線を外し、わたしはその先に広がる一様にくすんだ砂色の空を見上げた。空色、と聞くと、戦前の人は、透きとおった青を思い浮かべたらしい。戦後生まれのわたしには、想像もつかない色だ。今の学校で、空を青い絵の具で塗る子供がいたら、まちがいなく色覚検査を受けさせられるだろう。
吹き抜ける北風が、わたしの剥 き出しの腿 と胸もとを掠 める。寒さは感じないけれど、ひんやりとした感覚はあった。わたしは自分の格好を見下ろす。ネックラインの広い生成りのブラウスに、緩く編まれた白のカーディガン。赤いタータンチェックのミニスカートと、ショートブーツ。今の季節には少し薄着だったかもしれない。風邪をひくことがないから、つい油断してしまう。
「君」
かつん、と乾いた靴音が、わたしの前で止まった。
年は四十代前半くらいだろうか。肩まで伸びた薄茶の髪を、後ろで無造作にまとめている。瞳は髪と同じ色。顎 には疎 らな無精髭。くたびれた灰色のスーツに身を包んだ、背の低い、痩せた男だった。奇妙に歪んだ曖昧な笑みを浮かべていた。
来た、とわたしは胸の内で小さく微笑む。
「いくら?」
男が尋ねる。
「六十です」
わたしは答える。
「そうか……じゃあ、よろしく」
男は、あっさりと頷 いた。言い値で即決する人は珍しい。よほど羽振りがいいのか、慣れていないのか……この人はきっと後者だろうと、まとう雰囲気から判断する。
「はい。よろしくお願いします」
わたしは微笑む。無邪気に、可憐に、愛されるように。
ターミナル駅の正面に広がる円形広場の中心。大きな噴水の
この辺りで待ち合わせといえば、大抵、この噴水が目印になる。周りには、わたし以外にも、誰かを待つ人たちが、腕時計を見やったり、せわしなく視線を巡らせたりしている。
瓶の中でビー玉を転がして遊びながら、わたしは後ろに
(今はもう、見る影もないけど)
微笑を
(そういえば……)
天使の像から視線を外し、わたしはその先に広がる一様にくすんだ砂色の空を見上げた。空色、と聞くと、戦前の人は、透きとおった青を思い浮かべたらしい。戦後生まれのわたしには、想像もつかない色だ。今の学校で、空を青い絵の具で塗る子供がいたら、まちがいなく色覚検査を受けさせられるだろう。
吹き抜ける北風が、わたしの
「君」
かつん、と乾いた靴音が、わたしの前で止まった。
年は四十代前半くらいだろうか。肩まで伸びた薄茶の髪を、後ろで無造作にまとめている。瞳は髪と同じ色。
来た、とわたしは胸の内で小さく微笑む。
「いくら?」
男が尋ねる。
「六十です」
わたしは答える。
「そうか……じゃあ、よろしく」
男は、あっさりと
「はい。よろしくお願いします」
わたしは微笑む。無邪気に、可憐に、愛されるように。