第28話 一夜だけの関係

文字数 3,439文字

 翌朝。

 まだ早い時間、コテージの外に出てみると、一面霧というか、靄というか、そういうもので辺り一面覆われていた。

「うわあ、凄い。雲の中にいるみたいです……」

 一緒に出てきた美玖が、子供のようにはしゃぐ。

「凄いね……なんか、こんな朝って、ドラマとかだと殺人事件が起きてたりするよね?」

 遅れて出てきた真理姉さんが、雰囲気ぶち壊しの天然発言を繰り出す……が、それがこの人の持ち味でもある。

「そうですね……私たち、誰か一人、欠けてないかな?」

 美瑠がそれに同調する……そしてさらに後から出てきた男性陣が、

「こういうときに真っ先に死ぬのはツッチーのポジションだ」

 と俺をいじる……いつものデフォルトの流れだ。
 そんな感じで、二日目も和気藹々と過ごす。
 朝食は昨日の残りのカレーを美味しく頂く。
 そしてしばらく休憩した後、コテージを掃除し、キャンプ場を去ることになった。

「凄く楽しかったね。来て良かった! これも浜ちゃんが予約取ってくれたおかげよ!」

 真理姉さんが浜本先輩を褒める……彼は、ちょっと照れながらも笑顔を浮かべていた。

 美玖が溺れかけたりとか、ちょっとしたトラブルもあったけど、全体的にはすごく楽しくて、思い出に残るキャンプだった。
 また来年も来たいね、と、皆口々に絶賛していた……浜本先輩も、鼻が高いことだろう。

 そして帰りの車だが、どういうわけか美瑠も浜本先輩の車に乗る、と言い出して……結局、浜本先輩の車に河口、真理姉さん、美瑠が乗り、俺と美玖は二人きりで帰ることになった。

 浜本先輩や河口は、自分たちの車に女性が増えるのだから特に文句はない。
 彼らからすれば、高校生の美玖は、いくら美少女とはいえ恋愛対象とはなり得ないだろうから、それでいいのだろう。

 まあ、当然のように、結果として二人きりになる俺たちはからかわれたのだが……美玖が気にしていない……というか、多少困惑していたものの、嬉しそうにしていたから問題はないのだろう。

 この日は、前日と違い、浜本先輩達から電話はあまりかかってこなかった。
 向こうは向こうで盛り上がっていたのだろう……こっちはというと、美玖は助手席に座り、キャンプの思い出や、イラスト、ラノベの今後の展開などについて気さくに話をしていた。

 昨夜のような、恋愛関連の話は出なかったが……あのときとはシチュエーションも異なるし、片思い同士、というような曖昧な形で落ち着いているのだ、無理に掘り返す必要はないと思った。

 前日の集合地点であるショッピングセンターで一度集合し、併設されているファミレスで昼食を摂った後、美瑠が俺の車の後席に乗ってきて、前日と同じ三人で帰宅。
 そこでの会話も、キャンプの感想と今後の美玖のアルバイトについてが主で、恋愛云々については一切出なかった。

 そしてアパートの駐車場に停めてあった美瑠の軽自動車に二人が乗り込み、帰って来たのは、午後3時過ぎだった。

 なかなか充実したキャンプを過ごせた満足感と、前日、あまり眠れなかったこともあって、そのまま昼寝して、気がつくと午後8時を過ぎていた……我ながら寝過ぎだと思ったが、明日は土曜日で、美玖が来る日でもないし、ゆっくりしようと考えていた。
 と、そのとき、メールが届いた……差出人は美瑠だった。

「ヤッホー、ツッチー。キャンプ楽しかったね! ちょっと話したいことあるから、今からそっち行っていい?」

 という内容だった。
 ちょっと混乱する。
 もう夜なのに……今から来る?

 まあ、深夜というわけではないし、別に良いかな、と思って、OKの返事をすると、程なくして彼女がやってきた。
 軽自動車を空きスペースに停め、そして俺は彼女を自分の部屋に迎え入れた。

 シャンプーの匂いがほのかに香る……風呂上がりのように思えた。
 クッションを持ってきて、リビングの座卓に向かい合わせに座った。

「……で、話って、なんだ?」

「うん……まあ、ストレートに言うと……美玖に告白されたんだってね」

 その話か、と、納得した……その可能性がある、と思っていたから。

「告白っていうか……片思いしてもいいかって言われた」

「あはっ、美玖らしい告白だね……それで、なんて答えたの?」

「いや……高校生とは付き合えないから、俺も片思いになるって言った」

「……そっか……じゃあ、ツッチーも告白、したんだね……」

「それって告白になるのかな……たしかに美玖は可愛いし、俺のことなんかを慕ってくれるんだったら、守りたいとは思うけど……俺からすれば、まだ子供っぽいところがある……美玖も、俺に対して憧れは持ってくれているかもしれないけど、それが恋愛感情なのか分からない」

「……ツッチー、やっぱりいい人過ぎるね。美玖のこと、自分のものにしようとはしないんだね。まあ、まだ高校生っていうこともあるのかもしれないけど……純粋に両思いなんだったら、そんなのどうにでもなるのに……」

 ……美瑠の態度が、いつもにまして真剣だった。

「……そういえば、前にも言われたな。いい人すぎる、それが悪いところだって」

「うん……」

 少し沈黙が続いた。

「……ツッチー、一年前のこと、覚えてる? 私が、今日みたいに押しかけてきたときのこと」

「……ああ、もちろん。彼氏と別れて、ヤケになってた」

「そう……それで、ツッチーに告白されて……嬉しかった。ツッチーと本気で、恋人同士になりたいって思った……でも、その彼がよりを戻そうって言ってきて……情に流された。その話をしたとき、ツッチーは、『仕方ない』って言った……本当は、怒られるかと思った。ふざけるなって。俺と付き合うって言っただろうって。でも、そうならなかった……」

 美瑠の言葉が、ズクン、と心に響いた。

 あの日、俺と美瑠は、一夜を共にし、結ばれていた。
 たった一度だけの関係だった。
 俺はそれを、彼女の一時の気の迷いだと、無理矢理納得していた。
 別れたつらさと、寂しさで、俺を相手にしてしまったんだと……。

「思えば、あのときからツッチーのこと、好きになってたと思う。でも、ずっと付き合ってたあの人のことにも情がわいてて……今思えば、彼が浮気をしてたってこと知ったときから分かってた……私は本当は愛されてはなかったって。でも、でも……」

 ――美瑠は、泣いていた。
 そして俺は、困惑していた。

「……ごめんね、ツッチー。本当はこんなこと、ずっと言うつもりはなかったし、美玖のこと、応援するつもりだったけど……昨日、ツッチーが美玖を必死に助けたのを見て……それで夜に二人でくっついて星空を眺めているところも見て、ちょっと嫉妬しちゃった……」

 ……あれ、見られてたのか……。 

「……両親が離婚して以来、ずっとつらい思いをしてきた美玖を応援するつもりだったのに、逆に美玖に言われたの。『私は、土屋さんに自分の気持ち伝えたよ。だから姉さんも、正直に言って。二人がくっつくなら、私は祝福するから』って……私が『そんなことできないよ』って言ったら、『私が土屋さんのこと、取っちゃってもいいの?』って……」

「……美玖が、そんなこと言ったのか……」

「うん……ああ見えて、芯の強い子だから……それで私、なんか混乱しちゃって……気がついたら、ここに来てた。今も大分、混乱してる……だから、言わせて……今日、泊めて欲しい……」

 ズクン、と鼓動が大きく高鳴った。

 美瑠は二十三歳、俺と同じ大人だ。そして元彼とは完全に別れているという。
 俺は一年前に、美瑠に告白している。
 そして俺たちは、一度関係を持っている。
 美玖には、美瑠のことは吹っ切れた、と言ったが、実は今も、美瑠に対する恋愛感情が残っている……。

 ならば、彼女と再びそういう関係になっても、なんの問題もない……はずだ。
 しかしそれだと、淡い気持ちを告白してくれた美玖が可哀想なんじゃないだろうか……。

「……私に、気持ちを素直に伝えてって言ったのは、美玖だよ。自分は、本気で土屋さんのこと、好きだからって。多分、煮え切らない私を見て、叱咤のつもりで言ったのかもしれないけど……それでも、あの子は私の気持ちを知っていて、ツッチーに告白した……」

 そこまで言って、美瑠は、泣きながら俺に抱きついてきた。

「私が美玖からツッチーを奪おうとしてるんじゃない……美玖が、私からツッチーを奪おうとしてるんだよ……」

 彼女のその一言に、俺はどうしようもないぐらい、美瑠のことが愛おしく思えた――。 
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