第1話 -4-

文字数 1,153文字

「ビンゴだったよ。あの音声は旦那さんが録音したもので、うちに依頼してきたのも旦那さん。でも、慌ててたんだろうね。問い合わせフォームの名前の欄は苗字だけだった。で、見積もりメールをうちが返した時点で奥さんが気づいた。変に断ると勘づかれるかもしれない。音声を確認したら、自分が加害者だとはまずバレない。だったら自分が被害者のふりして、とりあえず依頼人ってことにしようと思ったみたい」
「だから聞きとれない箇所が多くても、なんとも思わなかったってわけか」
 上原の説明に、仁志は納得したようにうなずく。奥村もその横でさらに自身の推理を加える。
「女性の懇願のあとに殴打音が聞こえた。被害者なら懇願してる最中に殴られてもおかしくないのに、必ず懇願のあとだった。台詞を言ってるとでも思ってたのかなー。殴るのをやめられない私を許してって、ちょっと自己陶酔してたのかもしれないですね」
「それもまた、勝手な思いこみだけどな」
 仁志の指摘に、奥村は首を縮める。確かにそうだ。先入観は真相を遠ざけると痛感したはずなのに、すぐにまた勝手な想像をしてしまう。自分の安易さに、奥村はほとほと嫌気が差した。
 上原はそんな様子を感じとったのか「旦那さんからお礼のメールもらったよ」とつぶやいた。
「気づいてくださってありがとうございますって。妻も苦しんでいる。そう思うと、どうしても身内や友人には打ち明けられなかったって。自分も黙って殴られているだけなんて、どこか恥ずかしさもあったって。見ず知らずの他人である【KIKOU】だからこそ託してみようと思えたって」
 どこまでが本当に旦那の言葉で、どこからが上原の想いなのかわからなかったが、奥村はありがたくその言葉を噛みしめた。
「先入観や思いこみなんて、あって当然。大事なのはそのあと自分のことを疑えるかどうか。色眼鏡で見てないか。偏った視点で見てないかってね」
「肝に銘じます」
 奥村は誓った。やけにかしこまった奥村を少し茶化すように「今、おまえがやってる土野小波だって、正統派アイドルって言いながら政界デビューとか言われてるしな」と仁志はぼやいた。
「え! そうなんだ。っていうか、仁志詳しくない?」
「常識だろ。土野小波掲示板のスレにも上がってるし」
「いや、見ないし!」
「あれー、仁志ってドルオタ? やっぱり人は見かけによらないねー」
「違います」
「マジかー。今度からアイドル関連の案件譲るわ。聴きやすいけど、俺その界隈の用語とか疎いし」
「違う!」

- 了 -
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