調査【前半】

文字数 5,802文字

作戦通達時の内容を思い出しながら、窓色の影響によって暗みがかった空と薄い雲を眺める。
「前回の突入にて、1F中央壁に違和感のある跡を確認したとの報告があった。確認ののち向こうからの攻撃を受けないために窓際を上空から攻撃し、兵数を減らす。その後生き残りに警戒しつつ国館に侵入し地下への通路をを捜せ。それらしいものを見つけたらすぐに報告するように。」
 パイロットからの通信で戦場に感覚が戻される。次いで装備の微かにずっしりと感じる重みに現実味を取り戻した。

 国館は一度占拠したとはいえ、占領したわけではない。日本軍へ返したのだ。正確な意図は分からない。おそらく謎を引き出すためなのだろうと考えておいた。しかし日本軍にはまだラギーを負かした強敵が残っているのだ。正直出くわしたくない。

〈窓際に兵を確認。目標物への攻撃を開始します。〉
 足元から機械が動くらしい音が聞こえる。大半が緊張の面持ちで会話が全くないため、その音がよく聞こえた。

 そして物同士がぶつかりあう音が小刻みに聞こえるほどの振動と外からの間のない銃声。どの機も絶賛攻撃中なのだろう。

…そのうち銃声と共に機械が唸りを止める音も聞こえた。

〈S-ステルス-フォーリン、準備してください。〉
 それと同時にヘリの後部が開いてゆく。上空特有の冷たい温度が入り込んできた。装備してる中のほんの一部の露出面で感じる。

 降りる順にどんどんSモードにしていき、機内は透明人間だらけになっていった。しかし”いた”のを見ているため、形が捉えられなくなることは無かった。次いで自分もSモードに切り替えるため、ゴーグル横のパネルを押す。

…たしかSモードは、服に取り付けられたカメラチップや高度なセンサによって外部の情報を分析して全体に投影していたはず。そのため上空で使えばほぼ見えない。飛び降りる直前になるといることを知っていてもなかなか捉えにくくなる。

 そして自分が飛び降りる番まで回る。躊躇せず上半身を前に出して逆さに地上へ向かう。この雲の上から雲の下への境界線の風景が個人的に好きだったりする。逆さで落ちているため、地上から空中へ飛んでいる錯覚に陥る。そんな体の感覚がなんだか気持ちが良かった。

 まもなく地上へ近付くと予告された。バランスを崩さないよう空中で回転する。そして目立たないように最低限の大きさでつくられたパラシュートを開き、国館横の林に穏やかに足をつけた。安心する間もなくすぐさま携帯していた銃を広げ持つ。合図が出るまで国館が見える位置で幹の影に隠れた。Sモードとはいえ、堂々としていては万が一見つかった時に危険だ。

ダーザー着。
突入する態勢を整えられてから、通信で着陸したことを知らせた。
〈ダーザー了解。〉
 静かに待機していると、控えめに土を踏む音が聞こえ、そして近くの木にもたれかかる音が聞こえた。仲間だとは判っているため、誰かをなんとなく確認する。
本当にあるのかね。
 隣に居た兵に話しかけられる。
…は?
地下室、ってさあ。
 彼は銃も広げ構えていたので、着地した直後ではないようだった。着地報告時の名前を聞き取っていないので名前が分からないが。楽天家な印象は受けた。
…確かめるまではわからないだろ…
まぁ―――…!
 国館の方を見ながら話していた彼が突然銃を国館側へ構える。何があったのかと顔だけ木の陰からのぞかせて見た。
日兵みーっけ…

どこ向いて――…

おい。
 最低限の声量にしつつ声で抑えるように重く言い、睨む。
まだ攻撃が許可されてない。
彼は国館側へ構えるのを止め、再び木の幹に背を預けた。
…さすが、精鋭に入る人はちげーな。スマネ。
 そして後ろで壮大に銃声が鳴る。おそらく空から排除されたのだろう。彼がちらりと覗きながら実況をした。
あ、踊ってる。
〈こちらから確認できる限りの日兵を仕留めた。加え全連兵の着地を確認。これより作戦を開始する。

”Peacefully once more.”幸運を祈る。〉

 開始の合図を聞き、一斉に林から飛び出す。閉まっている国館の柵を飛び越えて中へ侵入していく。後ろから先ほどの彼がついてくる気配を感じた。

 なるべく死体を踏まないように走ったが、小さな破片は多少踏んでしまったかもしれない。ちょくちょく柔らかな感触はある。深く考えて気持ち悪くなってしまってはいけないので、軽く感覚だけ感じて扉へ向かった。

 柵と建物の間を走っている時、右耳に弾が風を切る音が聞こえた。痛みも熱さも感じないのでおそらく当たってはいない。しかし、今はSモードの状態であったはずだ。いくら走っていて動いてるとはいっても、見つけその上撃つのは至難の業だ。仲間内でだってゴーグルに人影の縁が映るからどこにいるか分かるが、肉眼ではよくよく目を凝らさないとわからないのだ。

 割れ切った窓を少し見てみるが、ここからでは人影は確認できなかった。

 先ほどの銃声に気付いた彼が驚きの声をあげる。

い…ま、銃声…きた…?

…ヤバくね?

 一体どこから撃ってきたというのだ…。





―――――国館内【日兵:佐竹】
 連兵はステルス装を装備…。辛うじて目視できるものの、動きをはっきりと捉えられないので命中率が格段に下がっている。先ほど撃ったものも当たらなかった。

 なかなかキツいものになりそうだ…。

〈佐竹くん。〉
 静かに管を空気が通り抜けるような機械音に包まれた上司の通信。結局ずっとあの場所にいたのか…。
は、い…
〈よかった、まだ無事だね?〉
はい…。ですが相手は透明になっており視にくく、先週の襲撃よりかなり不利です。
 向こうから鼻で笑うような音が聞こえた。
〈把握しているよ。

だが大丈夫、彼らは室内のこの人数であの機能を使うことはできないはずだよ。

完全に不利な状況には陥っていない。

予想通りだ。〉
……そうですか…。
 そう言う上司の声は愉快そうな声音をしていた。真意は読み取れない。ただ、この状況を楽しんでいるのだというものは伝わってきた気がした。

 上司は予想通りだったと言ったものの、外を少し覗きながら佐竹はさすがにその言葉をそのまま受け入れる気にはなれなかった。ほのかに輪郭だけ確認できる、がまるでコマ送りの映像を見ているように、所々でしか視認できない。

〈今はどこにいるのかな?〉
…2階右棟東側廊下…です。
〈…ふむ、それじゃあこれが佐竹くんか。

…じゃあいますぐ地下前に向かってくれ。安全地帯にな。〉

 全体の監視カメラで捉えられているのならわざわざ聞く必要もないのではと思ったが、何も指摘しないことにした。無駄なことで楽しむ人なのだ。

 しかし安全地帯とは…。そこに行くまでにどれだけの危険を冒すことやら。

……わかりました。
 そう言って通信が切れたのを確認すると、佐竹は持っていた拳銃を腰にしまった。

 先ほどのでも痛感したように、自分はもともと射撃の腕が優れているというわけではない。どちらかと言わずとも刀の扱いの方がよっぽど自信がある。

 拳銃とは腰の逆側にぶら下げていた刀の柄を掴む。

(頼んだぞ…)
(―――誠月。)
 掴んだ刀の柄を斜めに持ち上げ、刀全体で線を書くように鞘から取り出す。取り出しきる直前、刃の先のみ鞘の入り口に触れている状態で数秒眺めた。そして勢いよく取りきり構えるように両手で持った。深呼吸をして精神統一。

 少しすると普通に片手で持ち直し、仲間の血を踏みながら階段の方向へと向かった。





―――――国館東側ドア前
誰の手もつけられていないような、完全に閉まったままのドアの前まで着いた。
む、俺らが一番乗りかよ…。メンドーな役を。
Sモードを見抜くレベルの日兵がいるんだ。軽い気持ちではいられないぞ。
 内心全く冷静にはなれていなかった。
つーかSモード見抜いちゃうとか、日兵こわいなー
全体ではないと思うがな。

…そうだ、Sモードは切っておかないとな。

心もとないなー…
 日本ではまだスタンダードらしい開き戸に背を向けて背中で一気に開けるという合図を送る。彼は従って扉に背をつけた。

 ドアノブを捻って軽く開ける。踵で三回テンポをとり、3回目が終わった瞬間同時に両方のドアを勢いよく開いた。

 銃を構え様子を伺う。しかし敵兵の出てくる気配はなかった。
日兵の大失踪…。
怪談話でも話し出すように暗い面持ちで言う。
それはないだろ。
んんう…。スッパリと言うよ…。
…さっきこっちに撃ってきたんだから、さすがにいないことはないだろう。
…論破。だよねー。
 あまりにも敵兵の気配が感じられないので、ゴーグルに付いているスイッチを押して、感知レーダーを起動させる。床から壁まで這うようにレーダーが走っていく。
〈NO REACTION〉
中央に大きく表示された。
50m、反応なしだ。
 さっきこちらを撃ってきた兵はもうどこかに行ったのだろうか。
逆に進みたくねー…
目的は地下室までの通路。
 突然の背後からの声にどちらも驚いた。

 後ろを振り向いたもう1人の彼はうんざりとした声をだした。

敵がいないとRSで判断されたなら、すぐ任務達成に努めるべきではないか?ウォンダーザー中尉。
 自分も見知った顔だった。名家、ガイゼリン家の子息だとされる…ヨセフ、だったはずだ。

 まさしく正論を突かれたため認めざるを得ない。

そう…だな。
…誰かと思えば、クソがつくほどの真面目さんかい…。
おっと、カーター少尉もいたのか。

すまないな、馬鹿はすぐに認識できないんだ。

……なにを…
とりあえず行くぞ。
はい。
 収拾つかなくなる前に回収しておく。

 そして一歩踏み出した途端、風を切るような音がした。

今のは…風の音…?
頭の狂った日兵が棒切れでも振り回したか……
 ヨセフは床が微かに風で一本に割れてこちらに迫って来ているのに気付いた。
!!
 とっさに体を反らして風(?)を回避する。扉を超えたあたりで他の風に混ざったのか自然に消滅した。
……斬撃…かなにかか…?
……刀による…?
「刀」という単語にザースは過敏に反応した。
…刀…!?
心当たりが?
あぁ…、ラギーの言ってた…忍者、かも…。
 何言ってんだこいつはと言わんばかりの目つきで睨まれた。
は?忍者?
とにかく敵ってことだ……。
銃を構えなおし、まだ敵の見えない向こう側の見据える。
…つーか忍者って…さすがミレイズ少…中尉ですね。

相変わらずぶっ飛んでる。

ちなみに……

ラギーがケガした元凶だ…。

……マジ…?
死の宣告…か。
 すごく不吉なことをヨセフが言った直後、向こう側に人型が見えてきた。
[賞賛して頂けるのは大変有難い。]
[……が、さすがに3対1ではキツいものがあるだろう…]
ご登場……かよ…。
 すぐにヨセフが撃った。銃口からの光が刀に反射する。

しかし金属同士が打ち鳴らす音が聞こえた。

金属の音が鳴り止むと、日兵は持ち手の右手を上にあげて刀を斜めにしていた。これで銃弾を防いだというのか…?
……やっ…ばい、っすね…。

銃弾を…

日兵が刀を振って構えの姿勢になる。

振った瞬間こちらに強風がくる。ただ刀を振った風じゃない、明らかに増幅している。こいつは風でも操れるというのか…?

風を操れるのは小説の登場人物だけでいいってんに…
[そんな小説の登場人物ほど器用にはできないが――]
 構えていた刀を上に振り上げて、ただ振り下ろす。だが振り下ろしきる直前速度を落とし、床にはちょんと触れただけだった。

 しかしその直後、強風どこではない、暴風が吹き荒れる。ゴーグルのおかげで目を瞑ってしまうようなことは無かったが、それでも体はいつものように軽くは動かなかった。

…こんな刀の魔術師に会っちゃあ…ツイてないな。

こりゃ忍者どこじゃない。

まったくだ…。
〈全連兵に連絡〉
暴風のなか、周囲の声よりもあたりまえにはっきり聞こえる通信に気をとられる。
〈中央で日兵が守りを固めているとの報告。〉
ザース中尉!!
 声に引き戻されはっとする。が、遅かった。

目前にまで迫る線。刀だ。風はそんなに吹いてなかった。風による聴覚の妨害が無くなったため、銃声を直接感じた。

!!
すま…ん、不注意だった…。
脳が切れてなければ大丈夫では。
 日兵は銃弾を凌ぎきれなかったのだろうか…?血だらけであった。
[やっ…ぱ…。]
[勝者の余裕は油断に出るのか…?]
…死んでねえ…。
[顔は血でベタベタ、痛みでわけもわからん。
…しかし召集令が出た。]
撃たれて手放した刀を拾いなおし、鞘にしまおうとする。
そんなことさせ……
待て。
 ヨセフが構えた銃の銃口の前に腕を添える。ヨセフがこちらを睨むのを感じた。気にせず日兵を見据える。
お前は…

どうしてわざと撃たれにきた?

わざわざ血だらけになってまで。
あ、あぁ…
避けながら、もせず、な…
[自分も…戦争が嫌いだからだ。]
 敵に対して背を向けて歩き出す日兵。無防備すぎないか。
[あえて言うなら…時間ぴったりプロジェクト。]
…は?
[自分はあまりこの刀では人を殺したくないんだ。]
…さっき切ってたじゃん。
[切ると殺すは……例え殺すでも殺すには入らない…。]
 こちらが全然理解できていないのを察したのか、日兵は場違いに微笑んだ。
[翻訳機能を通したら通じないな。

…急かされてるので、失礼する。]

こちらに有無も言わせず日兵は進み始めた。結局解読しきらずそれ以上なにも言えなかった。
…どういう意味だよ…。
たしか日本語で「殺す(kill)」は切るという意味になったはず。

…日本のシャレ、こちらでいうジョークだ。

余裕もってんのどっちだ、って…。
本当にな。

…?

ザース中尉?
あ…、すまん、なんでもない。
 完全に考え事をしていた。もちろん先ほどの日兵が残していった言葉に関してだ。
ぼんやりしながら思考を巡らせるほどなら脳もやられてなく傷も深くないみたいだな。だが痛くなくとも止血はしとけ。
あ、あぁ。
 そう言われてはっとした。先週はラギーがケガしていたことに関し、なぜ痛くなかったのかと謎であったが、今現在自分も同じ現象に見舞われているのだろうか。…ラギーと同じような状態にならなければいいが…。

 簡単に止血をしつつ―というよりもほぼ出血を拭く作業―”時間ぴったりプロジェクト”という単語が引っかかっていた。意味はわかる。だが何が当てはまるのかがわからない。なぞなぞでも出されたようで頭がすっきりしない。

つーか、通信受けてから結構経ってるし、早く行こうぜ。
 ケガの手当てを終え、歩き出した。
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登場人物紹介

ラギー・ミレイズ(中尉/少佐)

 自由な行動をとり、謙虚な性格。

精鋭部隊の隊長であったが、とある作戦で部下を失ってしまったショックなどで自殺をしようとした。しかし直前に回収に来た兵士によって阻止された。ザースは当時の部下の1人。

 彼女がいた、というがまだ誰かわからない。

ザース・ウォンダーザー(中尉)

 頭が良く正義感が強い。基本冷静な判断をするが、無茶をすることもしばしば。

銃の扱いや常識人さに定評がある。

もともとはラギーらと精鋭を組んでいたが、ラギーが記憶を失ってからは同僚として一緒に行動している。

メデゼン・イラスティア(救護班長)

 どの兵士とも仲がよく、親しい。

熟練の観察眼と馴れた手さばきで多くの兵士を救ってきた。面倒見もいいので、兵士たちの良い相談相手にもなっている。優しいが厳しい面もある。

エナ(動力源)

 日本につかわれていたところを連合軍に保護された。

大人しい性格だが、自分の意思は意外にはっきりしている。

日本にくる以前の記憶がおぼろげらしい。

日本軍では海軍の艦の動力源(昔でいう石油などの代わり)として艦に乗せられていた。〈機器に繋ぐことによって〉

ジュンメス・カーター(少尉)

 少し楽観的な思考をもつ。あまり頭脳派でない。

第六感が鋭く、危機的な状況になると消極的になる。

ヨセフ・ガイゼリン(少尉)

 名家ガイゼリンの長男。本人はガイゼリン家を嫌っている。ベーミンにはそれについて性懲りなく何か言われるので毛嫌いしている。

頭が良く、冷静に物事の判断を行う。周りを冷たく突き放すこともあるが、根本は仲間思い。

ベーミン・ウィリアムズ(大尉)

 常に陽気でよく他人をからかう。ガイゼリン家について少し知っていることがあるらしく、ヨセフによく絡む。

平等な立場を好むため、階位を表に出されるのを苦手とする。

デンジャラスじゃない、とMAの作戦をサボることがよくある。元少佐だったがその休みすぎの影響で落とされた。

佐竹(日本軍兵士)

 常に冷静な判断を下し、上司に忠実。

刀と風を使いこなしている。刀術については上司に習った。

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