作戦通達時の内容を思い出しながら、窓色の影響によって暗みがかった空と薄い雲を眺める。
「前回の突入にて、1F中央壁に違和感のある跡を確認したとの報告があった。確認ののち向こうからの攻撃を受けないために窓際を上空から攻撃し、兵数を減らす。その後生き残りに警戒しつつ国館に侵入し地下への通路をを捜せ。それらしいものを見つけたらすぐに報告するように。」
パイロットからの通信で戦場に感覚が戻される。次いで装備の微かにずっしりと感じる重みに現実味を取り戻した。
国館は一度占拠したとはいえ、占領したわけではない。日本軍へ返したのだ。正確な意図は分からない。おそらく謎を引き出すためなのだろうと考えておいた。しかし日本軍にはまだラギーを負かした強敵が残っているのだ。正直出くわしたくない。
足元から機械が動くらしい音が聞こえる。大半が緊張の面持ちで会話が全くないため、その音がよく聞こえた。
そして物同士がぶつかりあう音が小刻みに聞こえるほどの振動と外からの間のない銃声。どの機も絶賛攻撃中なのだろう。
…そのうち銃声と共に機械が唸りを止める音も聞こえた。
それと同時にヘリの後部が開いてゆく。上空特有の冷たい温度が入り込んできた。装備してる中のほんの一部の露出面で感じる。
降りる順にどんどんSモードにしていき、機内は透明人間だらけになっていった。しかし”いた”のを見ているため、形が捉えられなくなることは無かった。次いで自分もSモードに切り替えるため、ゴーグル横のパネルを押す。
…たしかSモードは、服に取り付けられたカメラチップや高度なセンサによって外部の情報を分析して全体に投影していたはず。そのため上空で使えばほぼ見えない。飛び降りる直前になるといることを知っていてもなかなか捉えにくくなる。
そして自分が飛び降りる番まで回る。躊躇せず上半身を前に出して逆さに地上へ向かう。この雲の上から雲の下への境界線の風景が個人的に好きだったりする。逆さで落ちているため、地上から空中へ飛んでいる錯覚に陥る。そんな体の感覚がなんだか気持ちが良かった。
まもなく地上へ近付くと予告された。バランスを崩さないよう空中で回転する。そして目立たないように最低限の大きさでつくられたパラシュートを開き、国館横の林に穏やかに足をつけた。安心する間もなくすぐさま携帯していた銃を広げ持つ。合図が出るまで国館が見える位置で幹の影に隠れた。Sモードとはいえ、堂々としていては万が一見つかった時に危険だ。
突入する態勢を整えられてから、通信で着陸したことを知らせた。
静かに待機していると、控えめに土を踏む音が聞こえ、そして近くの木にもたれかかる音が聞こえた。仲間だとは判っているため、誰かをなんとなく確認する。
彼は銃も広げ構えていたので、着地した直後ではないようだった。着地報告時の名前を聞き取っていないので名前が分からないが。楽天家な印象は受けた。
国館の方を見ながら話していた彼が突然銃を国館側へ構える。何があったのかと顔だけ木の陰からのぞかせて見た。
最低限の声量にしつつ声で抑えるように重く言い、睨む。
彼は国館側へ構えるのを止め、再び木の幹に背を預けた。
そして後ろで壮大に銃声が鳴る。おそらく空から排除されたのだろう。彼がちらりと覗きながら実況をした。
〈こちらから確認できる限りの日兵を仕留めた。加え全連兵の着地を確認。これより作戦を開始する。
”Peacefully once more.”幸運を祈る。〉
開始の合図を聞き、一斉に林から飛び出す。閉まっている国館の柵を飛び越えて中へ侵入していく。後ろから先ほどの彼がついてくる気配を感じた。
なるべく死体を踏まないように走ったが、小さな破片は多少踏んでしまったかもしれない。ちょくちょく柔らかな感触はある。深く考えて気持ち悪くなってしまってはいけないので、軽く感覚だけ感じて扉へ向かった。
柵と建物の間を走っている時、右耳に弾が風を切る音が聞こえた。痛みも熱さも感じないのでおそらく当たってはいない。しかし、今はSモードの状態であったはずだ。いくら走っていて動いてるとはいっても、見つけその上撃つのは至難の業だ。仲間内でだってゴーグルに人影の縁が映るからどこにいるか分かるが、肉眼ではよくよく目を凝らさないとわからないのだ。
割れ切った窓を少し見てみるが、ここからでは人影は確認できなかった。
先ほどの銃声に気付いた彼が驚きの声をあげる。
連兵はステルス装を装備…。辛うじて目視できるものの、動きをはっきりと捉えられないので命中率が格段に下がっている。先ほど撃ったものも当たらなかった。
なかなかキツいものになりそうだ…。
静かに管を空気が通り抜けるような機械音に包まれた上司の通信。結局ずっとあの場所にいたのか…。
はい…。ですが相手は透明になっており視にくく、先週の襲撃よりかなり不利です。
〈把握しているよ。
だが大丈夫、彼らは室内のこの人数であの機能を使うことはできないはずだよ。
完全に不利な状況には陥っていない。
予想通りだ。〉
そう言う上司の声は愉快そうな声音をしていた。真意は読み取れない。ただ、この状況を楽しんでいるのだというものは伝わってきた気がした。
上司は予想通りだったと言ったものの、外を少し覗きながら佐竹はさすがにその言葉をそのまま受け入れる気にはなれなかった。ほのかに輪郭だけ確認できる、がまるでコマ送りの映像を見ているように、所々でしか視認できない。
〈…ふむ、それじゃあこれが佐竹くんか。
…じゃあいますぐ地下前に向かってくれ。安全地帯にな。〉
全体の監視カメラで捉えられているのならわざわざ聞く必要もないのではと思ったが、何も指摘しないことにした。無駄なことで楽しむ人なのだ。
しかし安全地帯とは…。そこに行くまでにどれだけの危険を冒すことやら。
そう言って通信が切れたのを確認すると、佐竹は持っていた拳銃を腰にしまった。
先ほどのでも痛感したように、自分はもともと射撃の腕が優れているというわけではない。どちらかと言わずとも刀の扱いの方がよっぽど自信がある。
拳銃とは腰の逆側にぶら下げていた刀の柄を掴む。
掴んだ刀の柄を斜めに持ち上げ、刀全体で線を書くように鞘から取り出す。取り出しきる直前、刃の先のみ鞘の入り口に触れている状態で数秒眺めた。そして勢いよく取りきり構えるように両手で持った。深呼吸をして精神統一。
少しすると普通に片手で持ち直し、仲間の血を踏みながら階段の方向へと向かった。
誰の手もつけられていないような、完全に閉まったままのドアの前まで着いた。
Sモードを見抜くレベルの日兵がいるんだ。軽い気持ちではいられないぞ。
全体ではないと思うがな。
…そうだ、Sモードは切っておかないとな。
日本ではまだスタンダードらしい開き戸に背を向けて背中で一気に開けるという合図を送る。彼は従って扉に背をつけた。
ドアノブを捻って軽く開ける。踵で三回テンポをとり、3回目が終わった瞬間同時に両方のドアを勢いよく開いた。
銃を構え様子を伺う。しかし敵兵の出てくる気配はなかった。
…さっきこっちに撃ってきたんだから、さすがにいないことはないだろう。
あまりにも敵兵の気配が感じられないので、ゴーグルに付いているスイッチを押して、感知レーダーを起動させる。床から壁まで這うようにレーダーが走っていく。
さっきこちらを撃ってきた兵はもうどこかに行ったのだろうか。
突然の背後からの声にどちらも驚いた。
後ろを振り向いたもう1人の彼はうんざりとした声をだした。
敵がいないとRSで判断されたなら、すぐ任務達成に努めるべきではないか?ウォンダーザー中尉。
自分も見知った顔だった。名家、ガイゼリン家の子息だとされる…ヨセフ、だったはずだ。
まさしく正論を突かれたため認めざるを得ない。
…誰かと思えば、クソがつくほどの真面目さんかい…。
おっと、カーター少尉もいたのか。
すまないな、馬鹿はすぐに認識できないんだ。
収拾つかなくなる前に回収しておく。
そして一歩踏み出した途端、風を切るような音がした。
ヨセフは床が微かに風で一本に割れてこちらに迫って来ているのに気付いた。
とっさに体を反らして風(?)を回避する。扉を超えたあたりで他の風に混ざったのか自然に消滅した。
何言ってんだこいつはと言わんばかりの目つきで睨まれた。
銃を構えなおし、まだ敵の見えない向こう側の見据える。
…つーか忍者って…さすがミレイズ少…中尉ですね。
相変わらずぶっ飛んでる。
すごく不吉なことをヨセフが言った直後、向こう側に人型が見えてきた。
[……が、さすがに3対1ではキツいものがあるだろう…]
すぐにヨセフが撃った。銃口からの光が刀に反射する。
しかし金属同士が打ち鳴らす音が聞こえた。
金属の音が鳴り止むと、日兵は持ち手の右手を上にあげて刀を斜めにしていた。これで銃弾を防いだというのか…?
日兵が刀を振って構えの姿勢になる。
振った瞬間こちらに強風がくる。ただ刀を振った風じゃない、明らかに増幅している。こいつは風でも操れるというのか…?
[そんな小説の登場人物ほど器用にはできないが――]
構えていた刀を上に振り上げて、ただ振り下ろす。だが振り下ろしきる直前速度を落とし、床にはちょんと触れただけだった。
しかしその直後、強風どこではない、暴風が吹き荒れる。ゴーグルのおかげで目を瞑ってしまうようなことは無かったが、それでも体はいつものように軽くは動かなかった。
…こんな刀の魔術師に会っちゃあ…ツイてないな。
こりゃ忍者どこじゃない。
暴風のなか、周囲の声よりもあたりまえにはっきり聞こえる通信に気をとられる。
声に引き戻されはっとする。が、遅かった。
目前にまで迫る線。刀だ。風はそんなに吹いてなかった。風による聴覚の妨害が無くなったため、銃声を直接感じた。
日兵は銃弾を凌ぎきれなかったのだろうか…?血だらけであった。
[顔は血でベタベタ、痛みでわけもわからん。
…しかし召集令が出た。]
撃たれて手放した刀を拾いなおし、鞘にしまおうとする。
ヨセフが構えた銃の銃口の前に腕を添える。ヨセフがこちらを睨むのを感じた。気にせず日兵を見据える。
敵に対して背を向けて歩き出す日兵。無防備すぎないか。
[切ると殺すは……例え殺すでも殺すには入らない…。]
こちらが全然理解できていないのを察したのか、日兵は場違いに微笑んだ。
[翻訳機能を通したら通じないな。
…急かされてるので、失礼する。]
こちらに有無も言わせず日兵は進み始めた。結局解読しきらずそれ以上なにも言えなかった。
たしか日本語で「殺す(kill)」は切るという意味になったはず。
…日本のシャレ、こちらでいうジョークだ。
完全に考え事をしていた。もちろん先ほどの日兵が残していった言葉に関してだ。
ぼんやりしながら思考を巡らせるほどなら脳もやられてなく傷も深くないみたいだな。だが痛くなくとも止血はしとけ。
そう言われてはっとした。先週はラギーがケガしていたことに関し、なぜ痛くなかったのかと謎であったが、今現在自分も同じ現象に見舞われているのだろうか。…ラギーと同じような状態にならなければいいが…。
簡単に止血をしつつ―というよりもほぼ出血を拭く作業―”時間ぴったりプロジェクト”という単語が引っかかっていた。意味はわかる。だが何が当てはまるのかがわからない。なぞなぞでも出されたようで頭がすっきりしない。
つーか、通信受けてから結構経ってるし、早く行こうぜ。