1-5 元勇者、閉め出される
文字数 3,169文字
†
「……急げ急げ急げ急げ!!」
ウーガの街を文字通り飛び出したリオンは、地上千メートル近い高度を飛翔していた。速度は音速を超えている。
大型魔鳥が威嚇するが、すれ違いで逆に
山奥の家を出て街で買い物をし、既に一時間近くが経過していた。貯蔵魔力がどんどん減っているが一切気にせず、リオンは速度を上げていく。
そして――
「見えた! 帰って来た!」
眼下の山に、ぽつんと切り開かれた空間。
赤ちゃん二人を残している我が家である。
その周辺に、魔獣の姿が見えた。
森群狼。一族十数匹単位で行動し、狩りをする凶暴な魔獣だ。一匹ごとは大したことは無いが、熟練の冒険者たちでも数の暴力と連携力で圧倒する厄介さを持つ。
そいつらが、我が家周辺に張った結界に群がっている。
狙いは勿論双子の赤ちゃん――
「ざっけんならおんどれぇぁ!!」
更に魔力を込めてリオンは加速した。
狼の一体が家を覆う結界に体当たりをした。
強力な退魔結界はバチンと音を立てて、狼を弾き返す――そこにリオンは突撃した。
「なにしとんならぁボケがァ!!」
音速を超える速度で、結界と狼どもの間に降り立つ。
その衝撃だけで空気が震え、近くの狼が吹っ飛んだ。
突然の闖入者に狼たちが驚く。
構わずリオンは狼の群れに突進し、目前にいた個体に手を伸ばす。
「ギャン!?」
まさか掴まれると思っていなかったのだろう。その狼が困惑の悲鳴を上げた。
そしてリオンは、その場でグォンと身体を一回転させ――
「俺がおらんと思って――!!」
ぶん投げた。
ボン! という、空気の壁を突き破る音。その音が狼たちの耳に届いた時には既に、投げられた個体は空の彼方に消えていた。
狼たちが、同胞が飛んで行った方向を見て、動きを止める。
その顔に――狼というのに、その顔に浮かんでいた表情はハッキリと、困惑。
「赤ん坊の泣き声に寄って来たんか!?」
狼たちが困惑していようと、リオンにとって構うことは何もない。
次の個体に向かって突進。気づいた狼は咄嗟に回避しようとするがもう遅い。
「うるぅああああああああああああああああああ!!!」
その脚を掴んで、音速のスイング、そして――ボン!――投擲。
事ここに至って、ようやく狼たちの群れは、自らが襲われているのだと理解した。リオンに向かって跳躍し、襲い掛かる。
しかしリオンが森群狼如きに遅れを取る筈も無く、身を翻すと同時に両腕で一頭ずつ、その脚を掴んだ。
「ふん! ぬら! う゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁああああああッッ!!!」
グォォン――ボボン!!
二頭を同時に投擲したままの姿勢で、リオンが周囲を見渡した。
リオンを襲おうと身構えていた狼たちと、目が合う。
「……次は貴様らか……」
鬼神もかくやという形相で睨まれた狼たちは、後ずさりした。耳を倒し尻尾を股に挟んでいるモノすらいる。
ほんの数秒で四体の仲間をやられた狼たちは、本能として理解した。何をどうやったって、勝てるはずが無いと。
こんな森の奥で人の子というご馳走など、いかな強力な魔獣であってもありつける機会など二度とない。しかし、それも命あっての物種。どれ程の飢餓よりも、目の前の命の脅威から逃げ出すことの方が大切だ。
だから彼らは一瞬で踵を返し、地面を蹴ってリオンから遠ざかろうとする。
狼たちは逃げ出した。
「逃がすと思うてか!」
しかし回り込まれた!
「知らなかったのか? 勇者からは逃げられない……!」
「「「!?」」」
今度は狼たちの顔に驚愕の表情が浮かんだ。
襲われて逃げようと振り向いたら、奴がいた。そんな訳の分からない事態に陥っているのだ、仕方がないことだ。
「さぁ……貴様ら。飛びたまえ!!」
気炎を吐いて
†
「ふぅ……なんか変な興奮の仕方してたな俺」
慌てて家に帰ってみれば、森群狼に襲われている我が家である。もう一瞬でテンションがおかしなことになって、冷静になった今の自分でもワケが分からない戦い方をしていた。
「なんだよ狼空の彼方にぶん投げるって……まぁいいけどさ。毛皮勿体なかったかな。まぁいいけどさぁ」
そして、一面の壁がぶち抜かれた我が家を改めて見た。
半透明の膜壁が家全体を取り囲んでいる。
双子の赤ん坊が入れられた籠の中から、不思議そうにこっちを見ていた。その天井には、淡く輝く宝玉があった。
赤ちゃんの手に届かないところにモノは置きましょう。
「張ってて良かった聖清退魔結界様々だぜ」
まさか素っ裸の赤ちゃんを抱えて街に行く訳にも行かない。衛兵さん呼ばれてしまう。
かと言って、壁が抜けた状態で赤ちゃんをそのまま置いていく訳にも行かない――ということで、リオンは手持ちのアイテムから、設置系の結界を起動していくことにした。
見ての通り強力な結界によって、指定範囲内を完全に隔離する類の結界である。特に魔獣や悪意を持つ存在に対して無類の力を発揮するので、込める魔力量によっては街一つを覆うことすら可能だ。
「そもそも良く考えてみれば、焦る必要は無いんだったよ。あんな狼、百倍で襲われてもびくともしない結界張ってんだから」
ただし、強力なのだが恐ろしく高価である。
それもそのはず、国家戦略級の、拠点防衛用最高位退魔結界だ。扱いとしては兵器の類である。一応市販はされているのだが、お値段金貨五千枚。
本来は数万匹の魔獣の大暴走から都市を守る為に使用する結界なのである。
十数匹のそこらの魔獣から、家一軒を守る為に使うのは明らかにやり過ぎだ。
だがその価値はあったと言える。
普段はリオンを怖がって近づかないのに、魔獣が家に寄っていたのだから。
「明らかに赤ん坊を狙ってのことだよな……服も買って来たし、次からは絶対に置いていかねぇ」
そう言いつつ、壁の大穴から家へと入ろうとして――
ゴツンッ
結界に阻まれた。
「……あれっ? えっ、うそ!? 入れねぇ!?」
ペタペタと結界を触るが、硬質で透明な壁から一ミリも奥へと進むことが出来ない。
この結界は、対魔獣に特化した結界だがその効果は魔術・物理的防御にも及ぶ。森群狼が体当たりで弾き返されたのがそれで、一定以上の圧力を受けた場合それを弾き返すのだ。
そして圧力が弱い場合には、今リオンが触れているように、弾かれはしない。
だが通り抜けることもできない。
「え、なんで!? 俺が起動した術者だぞ!? 結界の出入りには術者の許可さえあれば――……許可を出すには宝珠に触れる必要があるから……外に出た時点で」
結論。
「
元勇者は叫んだ。
赤ちゃんズは絶叫するリオンの姿を見てキャッキャと楽しそうだ。
「えっ、マジで? ほっとくと五か月くらい動き続けるんだけど。上空も地下も完全に球状に覆うから地面の下からとかも無理なんだけど!?」
拳を叩きつける。
その程度ではもちろん、びくともしない。
「か、カギが無い。上下左右入り込む隙間が無い。作動停止まで待つこともできない」
つまり、残る方法は……
「は、破壊するしかないってか……戦略級拠点防衛結界を……?」
壊神すら討伐してのけた元勇者は、自宅から締め出されて途方に暮れた。