第四一話 『ドリームアームズ』経営拡大期

文字数 2,457文字

魔境銀行が月賦販売を肩代わりしてきたことで、収支が急激に改善している……。驚くべき変化だ。
まさか、これほどまでに不良債権比率が減るとはな。
一時は30%を越えていた不良債権が、今じゃ数%……。しかも残ってる不良債権の大半は、アタシらが積み残したものだ。
その代わり、販売にも結構制限がかかりましたよね。月賦販売にあたっては魔境銀行さんの決済をもらわなくちゃならないので、希望者全員に武器を売ることができなくなりました。
それに、審査期間が3日掛かってるので、その結果が出るまでの間に『やっぱりキャンセルしよう』ってお客さまも出てくることになりました。
なかなかすべてを思い通りに回すことはできませんね。
それでも、今まで回収業務に追われていた俺たちにとっては、この上なくありがたい状況だ。他の仕事に次々と取りかかっていく時間が取れるし、余計なことに足をすくわれる心配もしなくていい。
ストレスなく仕事に向かえるっていうのは、とっても大きいことですね。回収に追われていたころは、そのことばかりで頭が占められちゃって、本業がおろそかになってました。
それに、魔法剣スリーパーの販売契約が終われば、俺たちは魔境銀行からすぐに現金をもらえることになる。おかげで資金繰りも急激に改善されてきた。新規事業への投資にも回していけるぞ。
聞けば、魔境銀行はすさまじい取立をしてるみたいよ。払わない輩は、それこそ髪の毛一本すら残さないくらいまで取り立てるって噂。私たちには真似できないわよね。
いや、僧侶には真似できるんじゃ……。
やっぱりさ、信用調査にも回収にも、ノウハウってあるんだな。『ドリームアームズ』みたいな武器屋が、軽々しく月賦販売みたいなものに乗り出していいものじゃなかったんだよ。
でも、月賦販売という仕組みを、世界で一番最初に大々的に商品販売に採り入れたのは私たちよ。それ以前にも個人間取引とか、知り合い同士の取引では存在したんだろうけど、一法人がビジネスモデルに組み入れて成功させたっていうことは、世界の経済史上、結構大きな出来事なんじゃないかしらね?
尤も成功までこぎ着けたのは、魔境銀行にキモの部分を担わせたって側面が大きいんだろうがな。
実際のところ、アタシらより、魔境銀行のほうが儲かるポジションを押さえているように見えるぞ。アタシらはせっせと走り回って現物の魔法剣を完成させて、広告や販売にも力を尽くさなくちゃならない。だけど魔境銀行は、アタシたちの業務に乗っかって、甘い蜜の部分を吸っているだけのようにも受け取れるな。
それは分かっちゃいるが、それでもこの提携は成功だ。海中に沈みかけていた俺たちだったが、ようやく海面に浮かび上がることができて、息ができるようになってくれた。それだけでも満足すべきことだろう。
魔境銀行にとっても、新しく儲かるネタができて渡りに船だったということなんでしょうね。新しい事業って、そんなに簡単に起ち上げられるわけじゃないもの。そのキッカケを私たちが持ち込んでやったことで、魔境銀行は未開拓のフロンティアを手に入れた……。
魔王さんも仰っていました。これから魔境銀行は、個人向け融資に力を入れていくべきタイミングなんだって。
大組織や法人ばかりを相手にしている今のままじゃ、成長が頭打ちになってしまっていたそうです。そんな転機だったからこそ、『ドリームアームズ』の提案に飛び乗ってくれたんだと思います。
それをすかさず判断できる魔王は、やっぱり並のビジネスマンじゃなかったってことだな。普通なら、目先の儲けで満足しきって、リスクある商圏に事業を拡張しようなんて思いもしないだろうよ。
『ドリームアームズ』が安心して高額商品を販売できるようになったことは大きいが、ある意味、単に金を右から左に流すだけの魔境銀行はもっと儲かるポジションにいるんだろうな。実業より、虚業のほうが美味しいということかねぇ?
でも、それってなんかおかしくない? 私たち、魔境銀行に借金を返すだけじゃなく、魔王なんか早く追い越して、その野望を叩き潰さなくちゃならない立場でしょ? でも今のままだと、先を走る魔王に追いつくことなんてできなくないかしら?
今回は『ドリームアームズ』が経営危機になりかけていたので魔王さんの力を頼りましたが、他の人の力を借りなくても済むような独自での事業をもっとたくさん仕掛けていけばいいと思うんです。一生懸命走っていれば、きっと魔王さんに追いつけるときが来るって信じてます。
信じるのは自由だけどね……何の具体性もないそういう言い回しって、教会で必死に祈りを捧げる熱狂的な信徒みたい。どうも私には面映ゆいというか、恥ずかしいというか、胡散臭い気分にさせられちゃうわ。そんな祈りが通用するんだったら、ぶっちゃけ世の中誰も困ってないんですけどーってね。
せめて建前だけでも神を立てとけよ……。いちおう聖職者だろうが……。
そーだそーだ。教会にいたときの僧侶は、神から給料もらってたみたいなものなんだぜ? もっとありがたがれっての。
具体性がないんだったら、みんなで頑張って考えて、具体的な計画を作っていけばいいじゃないですか。私たちはそれを為し遂げてきたはずです。これからだって同じことができるはずですよ。
そうだな。月賦販売の問題は解決が付いたし、魔法剣の販売拡大にも弾みが付きそうだ。そして資金繰りも順調。今だからこそ、次の大きな一歩を踏みだせそうじゃないか。
じゃあさ、それぞれ頭を悩ませて事業計画を検討した上で、経営会議と洒落込もうぜ。次の新規事業を固めていこう。
経営会議、いいですね。今まではみんなが集まったときに何となくアイデアを話していただけですが、ちゃんと新規事業の計画作りに取り組んでみましょう。
『ドリームアームズ』は経営拡大期を迎えてますから、ここが飛躍のときですよ!
経営会議ね。いいわよ。私の知恵が必要というのなら、貸してあげましょうか。本気を出した私に負けないようにせいぜい頑張りなさいよ、アンタたち。
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登場人物紹介

勇者

剣技・魔力ともに秀でた有数の戦闘技術の持ち主。幼いころからその力は有名で、王国政府から懇願されて魔王討伐の旅に出た。
心優しく、単純な性格。誰に対しても丁寧で、魔王にすら謙虚な姿勢で臨む。

魔法使い

まだ年若いにもかかわらず、王国魔法協会で最高の魔力の持ち主。勇者を護衛するメンバーとして王国魔法協会から派遣され、最も早くからパーティーに参加した。ギャンブル好きで、大都市にくるとカジノに入り浸る。

僧侶

教皇庁の特殊工作員。教皇庁の思惑から勇者パーティーに派遣され、魔王軍攻略に参加している。
ゾンビ30体を同時召還し使役することができるほどの驚くべき魔法力を秘め、その実力は魔法使いを上回る。タイマン勝負でも、愛用の聖鉄製大型ジャッジガベルを振り回し、戦士を圧倒する実力をみせる。表向きは清楚な女性に見えるが、パーティー内での戦闘力は、実のところ僧侶が最も高い。

戦士

ツワモノ揃いのパーティーメンバーのなかで、唯一の庶民的能力。
苦学生で、生活費を稼ぐために、冒険者ギルドに所属して時々バイト活動をしていた。あるときダンジョンに挑む勇者パーティーにポーター(鞄持ち)として雇われる。最後に加わったメンバー。
正式には今でも冒険者バイトだが、数字や法律に強く、パーティーの知能を担っている。すでに古株になってしまっており、最後まで同行しそうな雰囲気である。

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