ペンギンコガラシ、滑走
文字数 1,080文字
視界全てを白銀が覆う。両脇、そして地面から発せられる冷気に体が包まれる。
体にピッタリとフィットした黒と紺色の競技スーツを身にまとい頭には専用のヘルメット。
小さな鉄のソリを片手に助走を始め、時を待ちソリへ飛び乗る。
雪で出来たコースが鋼鉄製の丸棒、通称"ランナー"で削れ、白銀の塵を生み出す。
風を切り裂く音。そして体にかかる強烈なG。
今、僕は時速120kmの世界にいる。
ヘルメット越しからでも聞こえてくるほど強烈な風の音。
冷気を巻き上げながら僕の両脇を通り抜ける風はまるで閃光が走り去ったように軌跡を残した。"白銀の塵の軌跡"を。
目まぐるしく変わる風景。しかし風景の色は白銀のまま、変わるのはその白銀のキャンパスに陰影が現れるか否かだ。
ひたすら急勾配の白銀のコースを重力の赴くまま、北陸地方で子供が遊びに使うようにか弱いソリの上に乗った僕が滑降する。
さほど傾斜がある訳では無いが、スピードを出すための鋼鉄の丸棒と己自身の体重が合わさることで時速120km、体感速度300kmのスピードを出す。
滑り降りるのはただ一人、僕自身。隣には誰もいない。当然前にも後ろにも。
あるのはか弱いソリと自分の体だけ。
日の丸を背負う重責も、期待に応えられない苦悩も全て小さなソリに乗せた。乗せたんだ。
15個以上のカーブをギリギリの所で駆け抜け、100分の1秒を競い合う。
肩と膝を器用に使いこなしソリを操縦していく。
60度近くの急カーブが目前に迫り来る。
世界各国のライバルが叩き出した記録なんて、今の僕の頭の中には無い。
それはただ単純に自分の操作ミスだった。目先のカーブではなく、もっと先の表彰台に目がいったために起きた単純な操作ミス。
白銀に覆われた視界に真っ青な蒼色が突然右端から現れた。
もうその時には蒼色は消えさり、白銀にそして再び蒼色へと目まぐるしく視界が変わり続け、身体には強烈な衝撃が襲いかかった。
現地実況者の実況が微かな意識の中頭に流れ込み、その声の調子から僕がソリから投げ出されたのだとようやく理解した。
直線が続く白銀舞い散る氷上のコースに生身の身体が打ち付けられる。
コース上に来るべきではない、いや来てはいけない医療スタッフが駆けつける足音を最後に僕は意識を無くした。