これは青い胡桃の実で拵えたお酒です。

文字数 1,325文字




拝啓 月森 雫 様

 先日は、樫の樹で作って頂いた丈夫な杖を送って頂きまして、誠にありがとうございました。

 早速重宝致しております。

 さて、月森様は、青い胡桃の実で拵えた、世にも珍かなリキュールが存在するのをご存知でしょうか。

 このリキュールを拵えるためのまだ若い胡桃の実は、聖ジョバンニの祝日である、6月24日の夜に、収穫されなくてはなりません。

 何故と申しますに、その日を過ぎてしまうと、青い果肉に包まれた胡桃の種が、堅くなり始めてしまうのでございます。

 そうなる前に収穫を済ませ、ナイフですっぱりと半分に割った実を、ウオッカで満たした果実酒用の広口瓶の中に、漬け込まなくてはならないのです。

 ノチーノと呼ばれるこのリキュールを拵える過程では、クローブやシナモンスティック等のスパイスと、きび砂糖で作られたシロップも加えられていきます。

 そして最終的には、胡桃の実とスパイスは引き上げることになりますが、およそ60日間の熟成の時を経て、出来上がった液体は、正に悪魔の血のごとき、毒々しい色合いに変貌しているのです。

 そう、真夜中に抱かれた、深い森の奥に巣食う、ただならぬ闇の色なのでございます。

 もっとも、そうは申しましても、味覚の方は甘いナッツを思わせる、濃厚な味わいが期待出来ますので、ご安心の程を。

 食後のデザートとして、アイスクリームや果物に掛けて召し上がるのが、最良かと存じます。

 今年は樫の樹の杖のおかげで、胡桃の実がたんと収穫出来ましたので、ささやかではありますが、月森様にも一瓶、進呈させて頂きます。

 杖の代金と共に、どうかお納め下さい。

 ただし、このノチーノ、まだ若く青い実から拵えたせいか、更なる熟成の時を必要とします。

 最も円熟した風味を堪能出来る頃合いは、来年のクリスマス辺りになると思われます。

 それまで暫し、ご辛抱の程を。

 胡桃の樹の一番低い枝にさえ届かない、私のように矮小な者にとりましては、細長い棒のような物を使って、たわわに実った果実を叩き落とす以外、方法がありません。

 月森様が丹精込めて作られた立派な杖を、そのような目的で使われていることに、ご立腹なされなければよろしいのですが…‥。

敬具

追伸 ノチーノを開封なさる際には、金属製の蓋の縁で指をお切りにならないよう、くれぐれもご注意下さい。

 人間の血が加わった、甘く濃厚な闇色のお酒は、人外の者にとりましては、垂涎の好物となるからです。

 月森様が背後に不穏な気配を感じて振り向いた時、目にするのは、樫の樹の杖を振りかざした、矮小かつ醜悪な、小鬼の姿かも知れません。


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*ノチーノの作り方に関しましては、下記のブログ記事を参考にさせて頂きました。

http://kurumigarden.blog.fc2.com/
くるみの庭をつくろう
2011/7/12 ノチーノ、ノチーノ!


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