第12話

文字数 2,429文字

 おそらく一時間以上、そのままロビーの椅子に腰掛けていました。
 その間、ずっと落ち着かない気持ちでした。でも、もう僕にできることもないので、ただ待つしかありませんでした。
 時々、奥へと通じる、ツグミが連れていかれた通路の方へと視線を向けて、僕を迎えに来る人、僕に状況を説明してくれる人がこないか、確かめました。
 絶え間なく通路に人影が現れていました。多くの人が僕の横を通りすぎていきました。でも誰も声を掛けてはくれませんでした。
“ここで待っている事を忘れられているのかもしれない”そう思うと更に落ち着かず、とりあえず受付にいる人に確認してみようと思って立ち上がりました。ちょうどその時、扉から顔の下半分がヒゲにおおわれた、大柄な男性医師の姿が現れました。
「いやー、ごめん、待たせたね」とヒゲの中から声が聞こえました。
「さぁ、行こうか」とうながされました。とりあえず立ち上がりながら、僕は気になってしょうがないことをまず訊きました。
「先生、ツグミは大丈夫なんですか?」
「ツグミ?ああ、さっきのコね。低体温や脱水症状で衰弱しているけど問題ない。発見があと一日二日遅かったら危なかったけど大丈夫。少し安静にしていたらすぐ回復するよ」
 医師は歩いたまま少し振り返って答えました。僕はほっとして全身から緊張感が抜けていく感覚を抱きました。落ち着いてあらためて見ると、先ほどまではそれほど気にならなかったのですが、がっしりとした医師の身体は、かなり背が高く、おそらくノスリと同じくらいかそれ以上に思えました。そんな大柄な医師は、僕の前を歩きながら、ここにいたるまでの経緯を説明するように求めました。僕はそれに応じて簡単に要点だけ話しました。
「それにしても彼女はなぜ閉じ込められてしまったんだろうね。センサーの故障ではないようだし、何か心当たりでもあるかな?」
 一通り説明が終わってから、医師が訊いてきました。
「前からセンサーの反応がにぶい時があるとは、言っていたような気がします。一時期、全然反応しないこともあったみたいです。でも最近はそんなこともなくなっていたみたいなんですが」
「そうか。まあ彼女も特異体質みたいだからね。それが原因かもしれないね」
「特異体質?」
 その時、医師は少し視線を周囲にただよわせました。何かを警戒しているように見えました。続いて出した声も、これまでより少し抑え気味に聞こえました。
「それに関してはこれから少し話をさせてもらうよ。そんなに時間は掛からないけど、君、今日、これからの予定は何かあるのかい?」
「はい、友人たちと入隊祝いをしようって言ってたんですが・・・」
「何時からだい?」
「特に決まっていません。それにツグミがこんな状態ですので、僕は行かなくても大丈夫です」
「そうか。でもそういうのはなるべく行っておけよ。彼女も自分が理由で君が欠席したって聞いたら複雑な心境になるんじゃないかな。まあ心配する気持ちは分かるけどね」
 僕たちはいくつかの扉を通り、建物の奥へ奥へと進みました。更に“関係者以外立ち入り禁止”と掲示された扉を入ってそれまでとは雰囲気の少し変わった区画に入っていきました。やがて医師はいくつかある部屋のドアの一つに手を掛けて開きました。
 中は照明に明るく照らされ、中心に長方形のテーブルが数台あり、その周りにパイプ椅子が整然と並べられていました。奥の壁ぎわにはホワイトボートがあり、小人数での会議などに使用する部屋なのだろうと思われました。
 中にはすでに二人の、白衣を着た、おそらく医師なのだろう男女がいました。二人とも座っていましたが、僕たちが入室すると立ち上がり、ほほえみをたたえながら歩み寄ってきました。
「さあ座って」ヒゲの医師が、部屋の奥にある椅子を手でさしながら、うながしました。言われた通りに座ると、三人の医師は、僕と正対する席に並んで座りました。
「まず我々は今、君に自己紹介することができない。無礼ではあるが事情があることを察して了承していただきたい。君はイカル君で間違いないよね」
 ヒゲの医師より若く見える男性の医師が、落ち着いた声で言いました。
「ええ、そうですが。なぜ僕の名前を知っているんですか」
 相手は、子どもを卒業したばかりの僕とは違い、社会的地位の高い病院の先生です。でも自己紹介をしない事情というのが、何ともいかがわしく感じられました。
「君は、私たちの間では、ちょっとした有名人だからね」
 三人の医師が顔を見あわせて少し笑っていました。僕には、その笑顔がどういう意味を持つのか、僕がいったい何で有名なのか、分かりませんでした。
「我々はある団体に所属している。その団体がどういう団体で、どんな活動をしているのか、それもまだ君には教えられない、申し訳ないけど。それでその団体は、五年前に行われたある実験に大変興味を持っている」
「実験?」僕は何の話を聞かされているのか、なかなか察知することができませんでした。相手が分かりやすく説明してくれるのを待つしかありませんでした。
「ええ、そう。実験よ」初めて女性の医師が口を開きました。「これから私たちが話すことはこの国の中でもほんの一部の人しか知らないことなの。その一部の人たちがずっと隠そうとしてきたことなの。だから今から話す事は誰にも言わないで。そうしないと私たちもだけどあなたの立場も悪くなるわ。いいかしら」
「そんな話なら僕は知らない方がいいんじゃないでしょうか」面倒事に巻き込まれそうな雲行きに、思わず拒否反応が出ていました。
「いいえ、あなたは知っていた方がいいわよ。この話はあなたとツグミってコには、とても重要な話だから」
「僕とツグミに?いったいどういう話なんですか?」
 医師たちは今度はしっかりと互いに顔を見合せていました。僕に対して話すことを確認し合っているようでした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み