第5話
文字数 5,009文字
繊月
おまけ②【王子様❤】
おまけ②【王子様❤】
「はうー・・・」
美乃は、恋をしていた。
写真でしか見たことがない相手だが、その人物はとても綺麗な目をしており、黒く艶やかな髪の毛をしていた。
先日、父親とビデオ電話をしていたとき、その人物がたまたま映り込んだ。
目は金色ではなかったが、確かにあの人だと分かった。
出された宿題も手につかず、美乃は机の上に両肘をつき、頬杖をしながらうっとりしていた。
それを見ている怪しい人影にも気付かず。
「ぐぬぬぬ・・・将烈め・・・!美乃を誘惑するとは赦せん!!!」
「あなた、邪魔よ。掃除機かけるんだからどいて頂戴」
「お前は心配じゃないのか!!あいつが好きになった男は随分年上なんだぞ!!それに煙草も吸うんだ!!」
「あら、いいじゃない。ワイルドな感じで」
「ワイルドだと・・・!?おのれ!!私の美乃を奪おうなんて、千年早いわ!!」
「お仕事出来る方だって仰ってたじゃない。それに、確かにイケメンだわ」
「お前まで何を言っているんだ!?美乃はまだ7歳なんだぞ!?悪い男を好きになるなんて!!!それに結婚なんてまだ早いぞ!」
「そもそも、相手の方が美乃のこと好きかどうかなんてわからないじゃない。私が見たところ、美乃の片思いっぽいし」
「か、片思い!?あいつ、美乃のこと好きじゃないっていうのか!?あんなに可愛くて天使みたいな美少女に好かれているというのに、美乃のことが好きじゃないっていうのか!?余計に許せん!!」
「・・・色々妄想が大変そうね。いい加減どいてね」
妻に言われ、美乃を連れて公園にやってきた斎御司は、美乃と一緒に砂場で遊んでいた。
「何やってんですか、そんな死人みたいな顔して」
聞き覚えのある声に顔をあげれば、そこにはランニング途中の眞戸部がいた。
斎御司の顔があまりにも暗かったため、まさか美乃を連れて自殺でもしようとしているのかと心配して声をかけたらしい。
一連の事情を説明すると、眞戸部は「あー」と何とも気まずそうな声を出し、それを誤魔化すかのようにして美乃に話しかけていた。
眞戸部は斎御司よりも器用に美乃と遊びながら、深いため息ばかりを吐いている斎御司に言う。
「まあ、どこの馬の骨とも知らない奴を好きになるくらいならいいんじゃないですか。肩書きもしっかりしてますし、見た感じ浮気とかそういうこととは無縁そうですし」
「当たり前だ!!美乃を嫁にもらっておいて他の女に目が眩むような奴、そもそも私は認めん!!!」
「顔怖いですよ」
ねー美乃ちゃん、と美乃に声をかければ、斎御司は自分の顔を触って、なんとか今出来る限りの笑みを浮かべる。
その笑みさえぎこちないものなのだが、美乃はそれに返すように倍以上の笑顔を向ける。
「パパー」
「なんだ?」
「美乃、王子様をお家に呼びたいの!いいでしょ?」
「・・・!?ど、同棲だと!?」
「違うと思います」
可愛い娘からのお願い攻撃に、斎御司は清水の舞台から飛び降りる決意をした。
「言い過ぎ」
「なんで俺はお呼ばれされたのか、ちゃんと説明しろ」
「娘が呼びたいと言ったんだ。いいか、娘に触れるな。見るな。同じ空気を吸うんじゃないぞ」
「無理言うな。それなら呼ぶんじゃねえ」
将烈が休日の日を火鷹から聞き出した斎御司は、朝早くから将烈のアパートに向かい、急かすように準備をさせた。
もちろん、寝起きの将烈はどうして自分がこんなに急かされているのか分かっていなかったが。
そして無理矢理連れて来られた将烈だったが、斎御司の家には斎御司の暴走を止める為の眞戸部と、暇を持て余していた鬧影がいた。
「なんだ?こりゃ」
まるで誕生日会のようなその部屋に、将烈は癖で煙草を吸おうとポケットに手を突っ込んだのだが、気付いた斎御司が将烈の手から煙草を奪い取り、躊躇なくゴミ箱に捨てた。
「美乃の身体に悪い」
あまりの動きの速さに、将烈だけでなく眞戸部も鬧影も何も出来なかった。
すると、奥から斎御司の妻がやってきた。
「あらいらっしゃい。今日は来て下さってありがとうございます。あなた、無理に連れて来ちゃダメって言ったでしょ」
「美乃の為だ」
「まったく。ごめんなさいね。今日はゆっくりしていってくださいね。ほら、美乃」
妻の後ろに隠れていた美乃は、もじもじしながらも、将烈のことをちらちら見て、恥ずかしそうにまた妻の後ろに隠れてしまった。
斎御司は首だけをギギギ、と動かして将烈を見ると、まるで人を殺せそうなほど瞳孔を開いて無言の圧力をかけてくる。
「は、はじめまして。斎御司、美乃、です」
「・・・・・・」
ああ、あの時斎御司と話していた子供かと分かった将烈は、斎御司に似てないなーと思って見ていると、いきなり斎御司に背中を叩かれた。
いや、叩かれたという表現では物足りないほど強い衝撃を与えられた。
まだ傷が完全に癒えていない将烈の傷口近くへの攻撃だったため、将烈は涙目になりそうになるのを堪えて、美乃に近づく。
両膝を曲げて美乃と視線を合わせると、それほど愛想は良くなかったが、名前を呼んで対応する。
「よろしくな、美乃」
「・・・!!!」
すると、美乃ははわわわわ、と顔を真っ赤にしてまた妻の後ろに隠れてしまった。
「この子ったら恥ずかしがっちゃって。将烈さんに会うからって、新しいワンピースなのよね?おめかしして待ってたのよね?」
「ママ!」
「ごめんごめん。ほら、ママは料理の準備するから」
そう言って妻はキッチンへ行ってしまったため、残された美乃はどうして良いかわからず、おろおろとしていた。
こんなときにこそ自分の出番だと、斎御司は美乃に助け舟を出そうとしたのだが、思いがけないことが起こった。
将烈が美乃を抱っこし、腕に乗せたのだ。
それを見て真っ先に口を開いたのは、将烈の同期の鬧影だった。
「お前そういうこと出来るんだな」
「あ?犬抱っこするようなもんだろ?」
「その言い方はダメだけどな」
しかし美乃は聞こえていないらしく、間近にある将烈の顔をじーっと見ていた。
斎御司は斎御司でわなわなとしていたのだが、ふと、妻にちょいちょいと呼ばれたためキッチンへ向かった。
「なんだ?」
「大丈夫よ。初恋は実らないわ」
「わからんだろう」
「だって、私の初恋だって実らなかったもの。大好きで、結婚したーい!って思ってたのに、中学校が別々になっちゃって。今はどこで何してるのやら」
「・・・・・・」
黙り込んでしまった斎御司に、妻は優しく微笑む。
「でも、私は幸せよ?あなたと出会って、美乃が生まれて。誰よりも幸せだって思ってるわ」
妻の言わんとしていることが分かった斎御司は、そこに出来あがっているポテトサラダを運ぶことにした。
飲み物と簡単な料理は先に出していたため、それをつまんでいた将烈たち。
斎御司は再びキッチンに戻ると、楽しそうにしている美乃を見て、こう言った。
「美乃が幸せになるなら、私も覚悟を決めないといけないってことだな」
「そうね。でも、やっぱりまだ早いわよ。美乃だってこれからもっと色んな人と出会うんだもの。それにしても、イケメンね」
「お前まで何を言ってるんだ」
冗談交じりにそういう妻につられ笑っていると、妻が「あ」と言った。
何だろうと思い、斎御司は妻が見ている方へと顔を向けると、妻は慌てたように視界を遮断しようとするが、遅かった。
将烈に抱っこしていた美乃が、将烈のほっぺにキスをしていたのだ。
声にならない声を発していた斎御司だが、将烈にキスをした美乃は満足そうに微笑んでいて、それがまたとても幸せそうだったため、何も言えなくなってしまった。
「お邪魔しました」
「またいらしてね」
「ばいばーい!!」
斎御司宅から帰ろうとした3人だったが、斎御司は将烈と話があると言って歩いて行ってしまった。
鬧影と眞戸部は多少心配そうにはしていたものの、斎御司も良い大人だから大丈夫だろうという判断になった。
「ごめんなさいね。美乃は不妊治療でやっと授かった子供だから、あの人も異常なくらい大事にしてて」
「そういうことだったんですか」
「斎御司さんなら大丈夫ですよ。親ばかでも、一大組織を担ってますから」
眞戸部と鬧影が去って行った頃、将烈と斎御司は公園のベンチに座っていた。
煙草を棄てられてしまったため、将烈は途中の自販機で購入した真新しい煙草を吸おうと1本咥えると、斎御司が手を出してきたため、1本取り出して渡した。
「あー、久しぶりに吸ったよ」
「娘のために禁煙たぁ、大したもんだな。酒豪のくせに酒も飲んでねぇんだろ?」
「嗜む程度だ」
「はいはい。で?まさか、まだあの娘の言ってること本気にしてるんじゃねえだろうな」
「美乃が幸せになるなら私は耐える」
「耐えるな。別に俺はそういう風に見てねぇし、結婚だとかそういうのは考えてねぇから」
「いつ死ぬか分からない仕事だからだろ」
「・・・・・・」
火のついた煙草を咥えたまま、将烈は何も答えなかった。
「私達の仕事は、いつどこで死んでもおかしくない。特に、お前のような仕事はな。私だって、家庭を持つことには抵抗があった」
久しぶりに吸ったからか、斎御司が少し咳込んでいた。
将烈が携帯用灰皿を手渡すと、それを受け取ってまた残っている煙草の火を消す。
「美乃のこと、頼んだぞ」
「話聞いてたのかおっさん」
「末永く幸せにしてやってくれ」
「おいこら。あんた娘のことばっかりだな。俺はどうなる?」
「美乃に誓いのキスをされていただろう!!お前が無責任な男だとは思っていなかったぞ!!!」
「あんなの子供ならだれにでもするだろう」
「美乃に子供が出来てもそう言う心算か!」
「・・・本当の馬鹿か。俺もう帰る」
「結婚式は盛大にあげてやってくれ!美乃はお姫様ドレスが大好きだから、ザ・姫!って感じのにしてやってくれ!食べ物は好き嫌いが激しくてな、まだ魚が苦手なんだ!だが美乃の身体のために食べさせてやってくれ!」
「もう嫌だ。俺にはどうすることも出来ない」
「美乃を幸せに!!!」
それから30分以上もの間、将烈は斎御司に美乃との結婚について語られたようだ。
しかし、ある日ぱったりと美乃が将烈のことを口にすることは無くなったという。
あれだけ美乃が将烈にぞっこんだったことを知っていた眞戸部と鬧影は、なんでそんなことになったのかと思っていると、買い物をしていた斎御司の妻と偶然出会い、そこで何があったかを聞いた。
「実はね・・・」
あの後将烈が斎御司の家に戻ってきて、美乃の前に片膝をつき、さらには美乃の手の甲を上にするようにして持つとこう言ったそうだ。
「私は遠い星から来ました。ですが、もうすぐその星に帰らなければいけません。大変心苦しいのですが、姫ともお別れです」
「そんな!!」
「姫には幸せになってほしいのです。素敵な王子と出会えることを願っています」
そう言うと、将烈は美乃の手の甲に唇を落とし、去って行ったという・・・。
それを聞いた眞戸部と鬧影は、互いの顔を見合わせて信じられないという顔をしていたが、事実のようだ。
だが、この話には続きがあり、どうやら斎御司にそう言えと催促されたようなのだ。
美乃と結婚して幸せにしろ、それが出来ないなら美乃にきっちり別れを告げろ、という半ば脅しのような頼みに、将烈は渋々乗ったのだ。
将烈は適当に言えば子供だから騙せるだろうと思ったらしいのだが、斎御司は娘を傷つけたくないと、あんな台詞まで用意して、将烈に演技の稽古をしていたらしい。
美乃はそのことを信じており、将烈は違う星に帰ってしまったと思っている。
斎御司の妻は、将烈には本当に申し訳ないことをお願いしたと、会う事があれば謝ってほしいと頼まれた。
だが、将烈がそんなことを一々気にする男とは思えないと伝えると、妻は笑っていたそうだ。
それからしばらくして、家に帰ってきた斎御司のもとに、美乃が何かを決心したような面持ちでやってくる。
「どうしたんだ、美乃?」
「パパ、美乃、決めたの!」
「?何をだ?」
「美乃、王子様がいる星に行く!!!」
その翌日、斎御司が将烈のもとに行って美乃と結婚をせがんできたのは、言うまでも無い。