第86話 初夜が明けて

文字数 2,908文字

 不安と期待に包まれた初夜は、言葉には表せないほど素敵だった。……もう絶頂を知ってしまっていた私は、初めて彼が私の中に入ってきた瞬間すらも、天にも昇るような新しい快感の渦に巻き込まれていたのだ。彼が私の中を貫きいっぱいに満たした瞬間、私は絶頂を迎えていた。彼も、今まで我慢していたから私の中で一緒に果てた。こんな素晴らしい初体験があるのだろうか。私は、涙が出るほど嬉しかった。

 幸せに浸りながら彼に抱かれて優しく愛撫されていると、また感じてきてしまった。彼もすぐに元気になったみたいで、私たちは、再び身体を重ねた。初めての行為による痛みは殆ど感じない。今度は彼がゆっくりと動いて、重なったまま快感が高まっていく愉悦感も覚えてしまった。快感が身体の中心から沸き上がり否応なく全身を覆っていき、より深い絶頂感がやってくる。そして彼も私の中で果てる。
 ……愛し合う悦びを初めて知った瞬間だった。

 汗ばんだ身体をシャワーで流すと、お茶で渇いた喉を潤した。カーテンを開けて二人で肩を寄せ合い神戸の夜景を堪能した。何もかもが幸せだった。

 二人で一緒に寝るってことも初めての経験だった。途中で何度も目が覚めると彼が隣で寝ている。彼も目を覚ますと、また私を抱き締めてキスをしてくる。二人とも裸のままでくっついているのだもの、変な気持ちになっても仕方ないわよね。私は感じて吐息を漏らす。彼が私を求めてくる。
「ねぇ、克矩(かつのり)さん疲れてない? 帰りの運転もあるし、異人館巡りもあるわよ」
「じゃ、もう一度だけ」
 もう一度、愛し合って、今度は、もう泥のように眠った。

 微睡(まどろ)みながら初夜が明けた。
 私は彼より一足早く起き上がり、化粧を済ませた。彼は、ぐっすり眠っている。もう少し寝かせてあげよう。彼は運転もあるのだから。

 初夜。――理想的な初夜だったと思う。素敵な夜景を堪能し、愛の言葉を沢山(ささや)いて貰った。そして、たくさん感じて、彼に愛されて、幸せだった。こんな幸せを感じることは、もう生涯ないだろうと思う。彼を愛してよかった。後悔なんてない。出血自体は少しだけだった。彼が入ったあと、あまり動かなかったからかも知れない。それでも、私は凄く気持ちよかったし、愛されて嬉しかった。彼がたくさん感じてくれたのも嬉しかった。

 唯一、私の想像していた初夜と違ったことは、夜中に何度も愛し合ったことだった。一晩に、あんなに沢山感じて絶頂を味わったなんて、贅沢過ぎることだと思う。もう、正直に言うと、私の身体に火が付いたように、何度も何度も感じてしまったのだ。「イク」という言葉を実感として知ってしまった。そして、愛し合うって体力が必要なんだと思った。男だけじゃなくて、女も体力が要る。寧ろ、女の方が体力は必要なんじゃないかと思った。だって、全力で感じるって、すごいエネルギーを使うもの。

 それだけじゃない。何だか、彼がまだ私の中に残っているような違和感を感じている。違和感というか、要するに、身体の真ん中に棒があるような感じがするのだ。歩きにくい。歩けるのだけれども、何か変なのだ。ずっとこんなだったら困るけれど、きっと今日だけのことなのよね。
 そんなこと、誰も教えてくれなかったし、経験してみないと分からないことよ。
 ……彼に言ったら、笑っていた。もう! 貴方のせいでしょ? え? 共犯なの?

 朝7時からの朝食はレストランでのバイキング。食事をしながら、今日の打ち合わせをした。
「チェックアウトは10時だけど、どうする?」
「今日の予定は、異人館巡りだけだから、ぎりぎりまでゆっくりしようよ」
「そうね。30分程度で下に降りられるのだから、異人館付近に11時前には余裕で着くわ」
「昼食時間帯はレストランが混むだろうから、13時頃まで異人館巡り。それから昼食」
「14時から、異人館巡りを再開して、16時過ぎくらいに岡山向けに出発したらいいね」
「疲れ具合をみながらだけど、夕食は途中で外食しようか」
(うち)で作るつもりなのよ。作り置きとか準備してあるから」
「え? そうなの? 大丈夫? 無理しないでよ」
「大丈夫。新婚の(うち)ご飯もしてみたいの」
「ありがとう。じゃ、その予定で」

 部屋に戻ると、服のままベッドへ横になった。
「眠くない?」
「大丈夫。また抱きたいくらい元気」
「えぇ~? 帰ってからにしたほうがいいよ」
「まだ2時間もあるよ」
 と言いながら、彼がまた抱き締める。
「だめよ」
 と言う私の声は弱くなっていく。だって、彼に触られると感じてしまうもの。もう私は変になってしまっているのよね、きっと。
「ねぇ、カーテンを閉めて。服も脱がないと皴になってしまうわ」
 結局、また愛し合ってしまった。

「どうしてこんなに元気なの? 眠くない?」
「詩織が凄くセクシーだから、こんなになってしまう」
「うふん、嬉しいけど、今夜もあるのだから、無理しないでね」
「うん」
 ……シャワーを浴びていたら、彼が入ってきた。
「ちょっと! 恥ずかしいんだから!」
「もう、たくさんお互いに見たんだからいいじゃない。流してあげるよ」
 彼が流してくれると、感じるところばかり触りながら流してくれる。
「あぁん、もうだめよ。帰られなくなってしまうわよ」
 新婚旅行って、こんなになるのかしら?
 ベッドに戻ると、タイマーを掛けてちょっとだけ眠った。
 
 9時半に起きると急いで服を整えて部屋を出た。忘れ物はない。ベッドに敷いていた私のバスタオルはちゃんとバッグにしまっておいた。楽しい時間をありがとう、と心の中で呟く。
 ――チェックアウトは彼がしてくれた。車に乗ると、異人館巡りに出発だ。

「異人館巡りは、前後2時間ずつ計4時間あるから、たくさん回れるよね」
「それでも全部は無理だよ」
「急げば全部回れるかも知れないけど、まあ半分くらいにしておきましょうよ」
「歩くと結構疲れるからね」
「そうね。ただ、外から観るだけのところもあるから、10件以上は余裕だと思うわ」
「最初は、どこに行くの?」
「北野通りを通って、イタリア館の下あたりにP(駐車場)があるわ。そこに車を停めて不動坂を歩いて上る」
「なるほど」
「『イタリア館』を観てから、更に上がって『坂の上の異人館』『北野外国人倶楽部』『山手八番館』『うろこの家』」
「それで1時間くらいかな?」
「オランダ坂を降りて、『ラインの館』『不思議な領事館』『風見鶏の館』『萌黄(もえぎ)の館』『英国館』『仏蘭西館』『ベンの家』これでぐるっと回って元に戻るみたい」
「え? 食事はどこでする?」
「途中で適当にしましょ。分からないもの、あはは。途中に、北野天満神社とかもあったり、坂を降りるとレストランもあるみたい」
「つまり、Pからぐるっと回る感じで行けばいいのか」
「そうだと思うわよ。要するに5時間の内1時間を食事休憩にして、残りは順に回る」
「はい。天女様。仰せの通りに」
「あら、天使じゃなかった?」
「あ、そうか! 天使様」
「あの手紙は、偽物だったのね」
「なんてことを! 単なる言い間違いでございます!」

 不動坂に到着して、少し行くとPがあり、まだ早い時間帯だから、余裕で駐車できた。ここから、観光開始ね。

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登場人物紹介

矢野 詩織 《やの しおり》

大学准教授

近藤 克矩 《こんどう かつのり》

大学教授

天野 智敬 《あまの ともたか》

ソフトウェア会社社長

森山 結心 《もりやま ゆい》

パン屋さんの看板娘

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