文字数 1,422文字

 酷い雨が僕の心に染みわたる。ウイルスは雨にも強く、暑さにも負けなかった。ずいぶんな強敵だ。五月も残りも半分に差し掛かった頃、親から免許を取りに行くように催促された。五月に入ってから勉強のために洋書を読んでいたが、格段やることは見つからなかったため免許を取りに電車で四駅先の教習所を訪ねた。駅からも教習所は歩いて十分ほどの距離だったので、傘をさしていても、僕のジーパンの丈はびしょ濡れになった。一か月近く家に引きこもっていた僕を不快にさせた。教習を受けるのにも必要な書類一つ持たずに尋ねたため、受付の人に後日うかがってくださいと追い払われた。帰ろうか悩んだが、そのまま帰宅すると電車の往復費が無駄になってしまう思ったので、スマホで近くの古本屋を探して、徒歩五分ほどの所に見つかったので身体が濡れないようにゆっくりと歩いた。それでも、七分くらいで到着した。
古本屋では基本漫画コーナーにしかいなかったが、この日は気まぐれか文庫コーナーに向かった。僕は作家に関しては詳しくなかったので、誰もが知ってる有名な作家を探した。太宰治、芥川龍之介、夏目漱石、川端康成。彼らの有名なタイトルを知っているだけでしたので、彼岸過迄、正義と微笑などの今まで聞いたことがない有名な作家の作品の小説を手に取り、三ページほど黙読した。活字に慣れていない僕は三ページだけでも時間がかかってしまった。すでに亡くなった人の作品というのは不思議と無条件で魅了されてしまうものだった。たった三ページでも彼らの異端は十分に理解できた。ただ小説に傾倒したことが昔からなかったので、他の無名な作家の作品でも同じ感想を述べてると思うと、異端を理解するとはなかなか恥ずかしい発言をしてしまったと、ちょっぴり赤面してしまった。この日は、夏目漱石のこころを購入した。百円で名作が買えてしまうのは本人が知ったら怒るのだろうか、もし僕の作品が百円で売られていたら大変ショックを受けるだろう。帰りの電車でこころを読み始めたが、最寄り駅に着くのに五ページしか読めなかった。その日はバイトもなく、教習所以外の予定もなかったので家でこころを読み切ろうと思った。徒歩の時は心の平穏を乱す雨が、今度は心を落ち着かせる雨音になっていた。家に帰るとすぐに部屋に入り椅子に座って本を開いた。読み始めると緊張感が徐々に僕の頭にしみ込んできた。緊張感とは少し違うかもしれない、他人の人生を横で眺めている気分であった。僕は雨音がすっかり消えていることに気が付かないほどこの本の虜になっていた。半分ほど読んだあたりで、晩飯とお風呂のため本に栞を挟んだ。既に時刻は九時を過ぎていた。僕は半分読むのに五時間以上かかったこと以上に、僕が本を読み続けられたことが衝撃を受けた。ご飯の最中は僕は死人のように頭の中が空っぽになっていた。喋れない、頭にはこころのストーリーが渦をまっている。お風呂からあがって部屋に戻ったときは時刻は十時半だった。読み始めるとあっという間に僕は物語の中に入っていった。全三章構成であったこの作品は、終盤になっていくと僕はただただ目で文字を追いかけていただけにも関わらず、僕は物語を完壁といっていいほど理解できた。最後の一行を読んで僕は紙を指でこすった。これで終わりということが受け入れられなかった。そのくらいのめり込んでしまった。本を机に置いたとき、朝日が僕に挨拶をした。その瞬間、僕はひどい眠気に誘われた。
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