第3話 無知、それは悪の根元

文字数 4,862文字

 「お客様は神様である」
 最近はそんな事が言われ始めているようだ。しかし残念ながらこの業界での「神様」の序列で、お客様はかなり下の方になる。

 1番の神様は「警察」なのだ。

 9:00 開店と同時に一斉に並んでいたお客様が入場する。5人刻みで区切りゆっくりと誘導するのだが、必ず「走る」お客様がいる。あわよくば転ぶ。ケガ人が出ると店舗のイメージ低下に繋がるのもあるが、実の所は所轄警察署に睨まれる可能性の方が恐い。

「走らないでくださーい!ゆっくり歩いて!」

 入口配置のスタッフが懸命に声を出して抑制する。それでもやはり1割程度のお客様は制御が効かない。

「はい、そこー!止まるー!ゆっくり!」

「あー!ゆっくり走るー!」
多少、笑いが起きる。

 スタッフも語調を厳しくする時もあるが、やはりなかなか上手くはいかない。お客様からすれば、自分の狙っている遊戯台を他の客に取られる前にキープしたい。その為に開店30分前や1時間前から並ぶのだから。新装・新台入替時などは数時間前から並んでいるのも珍しくは無い。

「入場終わりました。整理バー片付けます」

入口スタッフからインカムが入る。僕が司令室のモニターを洞察していると、入口の片付けをしているスタッフと一言二言話してから、黒い羽織を着た老婆がゆっくりと入場して来る姿が見えた。

「ハマるなよ、ばあちゃん、、、、」

 僕はそんな事を思いながら、すぐ横のホールコンピューターの方へ目をやる。
「おう、今日はどうだ?」
中田サブマネージャーが司令室に入って来た。
「そうですね、今120〜130人と言った所ですね」
 そう言いながら僕はマウスをクリックし「稼働」と「売上・割数・利益」の画面へ切り替える。

 売上の数字が瞬く間にカウントされて行く。お客様が遊戯台の「貸玉」ボタンを指で1回押す度に500円の売上が発生し、125発の玉が出て来る(1玉4円)
単純に100人のお客様が一斉に座ってボタンを1回押せば、もう売上は50000円である。「スロット」の場合は1回で1000円投入し、50枚のコインが払い出される(1枚20円)

ものの数分でほとんどのお客様は全て「飲まれ」もう一度貸玉ボタンを押し、1000円目となる。スロットのお客様も打つ早さに個人差はあるが、やはりかなりの短時間で2000円目となる。

 遊戯台の機種にもよるが、一定の「確率」で開始早々すぐに「大当たり」を引くお客様も存在する。概ね1%〜2%程度なので100人いたら1〜2人だが、あくまで「統計的確率範囲」なのでいきなり5〜7人位当たったり、あるいは暫く誰も当たらなかったりもする。1ヶ月以上の長期的データを見れば、平均で1%〜2%に落ち着く。

 そうこうして、20分も経てば当たっているお客様が徐々に増えて目立ち始める。遊戯台上部のネオンランプが煌びやかに光り轟く。

 40分も経つと、早いお客様は3〜5箱位積んでいる。「連荘」(れんちゃん)と言うもので、大当たりが終了後の1〜4回転程度で再度大当たりが発生するシステムで連荘確率は機種によるが概ね10%〜20%となっている。つまり20%であれば大当たり5回に1回は連荘する。連続で当たると言う事は「出玉」は倍になる。これが目的でお客様は大金を注ぎ込むと言っても過言ではない。

 連荘はあくまでも「理論値」なので5回に1回のものが、10回以上続く事もあれば10回当たって1度も連荘しない(単発)と言う事もある。それを繰返し一喜一憂するのだ。

「大連荘・大勝ち」10〜20連荘以上などは、そうそう起きるものではないが、しばしば目にするものでもある。だからお客様は宝くじよりは、よほど身近な勝機と思いながら日々お金を投資してくれる。「庶民のギャンブル」なのである。

 ちなみに、この「意図的な連荘」と言うのは「違法」である。表面上は「たまたますぐ当たっただけ」と言う事になっている。遊戯台の規則は「風俗営業法」「風俗営業適正化法」など様々な法律や内規(業界規則)で厳しく決められているのだが、この連荘と言う遊戯台の「不正プログラム」が事実上「黙認」され続けているのが、このぱちんこ業界が発展している大きな理由だ。

 最近では、連荘率30%超の新台もリリースされるなど、その勢いは一向に収まる気配は無い。

 そもそも、それらの法律を取り仕切っているのが「警察」であり、いつでも「営業停止」にしてやると言わんばかりに目を光らせている。また、下部組織により、メーカーが製造した遊戯台を検査し(検定)、合格した場合のみ全国のぱちんこやに販売・納品される。

 警察は常々「ギャンブル性が高いのはけしからん!」と言っている組織だが「まあ良くある利権絡みでしょ。ぱちんこ攻略本とかで読んだ事があるし」程度に僕は思っていた。

 実際には僕が思っている以上にその闇は深かったと言う事を、この時はまだ知るよしも無かった。

10:07
司令室のホールコンピュータデスクに座りながら売上や割数、出玉などの数字を監視し異常値が出ていないか確認する。今の所正常だ。とりあえず安心しながら、ふと1F出入口モニターに目をやると、右手にグッチのバッグを持ったスーツを着た見覚えのある男性が入店して来た。

 その男性は、一直線に店内を奥に進み、当店の景品カウンター嬢に話し掛ける。そして何かを話して揶揄っているのだろう。お互いのジェスチャーや笑顔で見て分かる。毎度思うが、音声が無い人間のジェスチャーの映像と言うのは、どこか滑稽で笑ってしまう。本人達、いや、彼女は見られているとは思って無いからその動きが余計に面白い。

 そしていつものように、カウンターから司令室へ内線が入る。
「六共さん見えました〜。司令室に通しま〜す」
必死に笑いを堪えながら真面目に喋る努力をしながら、そのカウンター嬢は彼を司令室へ案内する。

 ドアが開き、カウンター嬢が彼を後ろから「えぃっ!」と押す。彼は少し仰け反ってから後ろを向き、笑いながら彼女の頭を軽く叩く。「キャハハハハ!」と奇声を上げて、素早く一礼し彼女はカウンターへと逃げてドアが閉まる。

 その男性は何事も無かったかのように、女性が好みそうな爽やかな笑顔で左手を小振に上げながら
「いよっ、シロくん。マネージャーは?いないよね、うん。最近はキャバ行ってるかい?連れてってよ?」

ぱちんこ遊戯台大手製造メーカー「六共」の営業、望月係長である。30代前半のイケてるこの男性は、先程のモニターやドア越しの件からも分かるように、うちの女性スタッフ達と仲が良い。しかし、チャラチャラしたその感じは完全な演技であり、非常に頭が回る優秀な営業マンである。うちの上層部からの信頼も厚い。僕は席を立ち軽く会釈し
「ご無沙汰です、望月さん。何を言ってるんですか、逆ですよ。いつになったら連れて行ってくれるんですか?」

僕が話している中、彼はホールコンピュータ横のデスクにグッチのバッグを置き椅子に勝手に座り、左手を差し出して僕にも座るよう勧める。

 他人の店に来て勝手に座り出し、あまつさえこちらに着席を促すこの行為が、エレガントでどこか格好良く見えてしまうのが、この人が女性に人気が有る理由の1つなのだろう。

 僕は促されると椅子に座ろうとした。その時、また何気に出入口のモニターをふと見ると、帽子にメガネ、紺色の長袖シャツを着た男性が目に映った。
「今どき長袖、、、、?」
と一瞬思いながらも、次の瞬間には望月さんの方へ視線は戻り、彼との会話に神経が集中していく。

「いやー、沢田しのぶチャン、相変わらず面白いねぇ。カワイイし!」
 先程のカウンター嬢の事である。
「とりあえず手は出さないようにして下さい。出入り禁止になりますので」

などと冗談めいた事を話しながら刻は過ぎる。
数あるメーカーの人間達とは親密、かつ愛想良く振る舞わなければならない。時には店側経費で、マネージャーがお隣の歌舞伎町へ、飲みに連れて行ったりもする。接待である。僕もマネージャーの「カバン持ち」として、そう言う場に呼ばれる事も多いので、必然的に顔見知りにもなる。なぜ一営業マンがそんなに待遇が良いのか?嫌われれば「遊戯台を売ってくれない」のだから。店側は「売って下さい」とお願いする立場なのだ。

 色々な仕組み上、店側は一営業マンに襟首を掴まれている状態だが、あまりにも対応が理不尽で酷ければ、お互いの会社上層部同士の交渉となってしまうので、その辺りは彼らもわきまえている。それでも店側から見れば一営業マンが絶大な権限を持って見える点は変わらない。

 もっとも、うちのマネージャーと望月さんの間柄は「不良親子」とでも呼んだら良いのか。非常に仲が良い。

 気付いたかも知れないが、この業界での「2番目の神様」は、彼らメーカーの人間なのだ。

 コンコン、と司令室のドアがノックされる。伊達彩華がトレーにコーヒーを2つ運んで来た。相変わらず気が利く。ブラウスのボタンは2箇所とも留まっていた。しかしその妖艶なスリットから伸びる美脚はそのままで、望月さんのデスクに近づく。

 「どうぞ、、、、」

と、彼女はコーヒーカップを望月さんの座るデスクに置く。彼はコーヒーを手に取りながら
「ありがとう。って、イロハさん。ほんっと!いつ見てもイイ女だよなあ?トップキャバ嬢で食っていけるって、絶対に!」

 彼が本音か冗談か分からない事を口にすると
「あたしで良ければ、いつっっでもやりますよ?アリ金全部巻き上げるけど構いませんよねぇ?アハハハ!」

「うん。わかった。ごめんね!ははは」
望月さんはこう言う会話が大好きだ。

そう。彼女は「仕事上必要であれば」笑顔でこう言う事も言えるのだ。決して僕には見せないこう言う一面が時に虚しくも感じる。

 そして、僕の方に赴き軽く会釈をし
「、、、、」
無言と残りカスのような笑顔で丁寧に、コーヒーカップを置く。
「ありがとう」
僕は一言だけ呟く。

 彼女は深く礼をした後、司令室を去って行った。

刻はさらに過ぎる。

11:30
「じゃあ、シロくん。俺そろそろ行くわ。中田さんにもヨロシク、、、、ってか俺あの人にメチャ嫌われてるからなぁ!ははは」
望月さんは席を立った。

「いえいえ、今日月曜だから本社と色々あって事務所で忙しいだけですよ」
 
 まあ、実は望月さんの言う通りで、だからあえて事務所に行かず、カウンター嬢に言ってこっちの司令室に来るわけだが、、、、

「ああ、それからね。来週の金曜日にアノ新台、やっとウチに入るから。ショールーム来るようにマネージャーに伝えてね。シロくんも来なよ。もちろんイロハさん連れてさ!」

 この人と話していると、どこまでを信じて良いのか分からないが、どうやらこれが今日来た本題らしい。
 「あ、遂に来ますか、アレ。わかりました。必ず伝えておきます」
「うん。じゃ!ヨロシク!」
そう言ってグッチのバッグを右手に取ると、司令室を後にし、ホール内に出て行きカウンターの方を向いて、沢田しのぶに左手を高く上げて手を振る。

 彼女は満面の笑みで両手を開いて、肩の辺りでバイバイと素早く手を振っている。彼は店を去って行った。

 ほっとした所に、中田サブマネージャーが司令室に入って来た。

「やっとあの野郎帰ったか!」
少し血走っている。心底嫌いらしい。
「ええ、今店を出ました」
僕は言いながらホールコンピュータのマウスに手を乗せる。

「なんであんなチャラチャラした奴に、気を使わにゃいかん?お前もあいつにウチの女たち近づけるなよ!、、、、」

 僕はあえて返事はせず、画面の売上を確認した後、625台の全台データを順番に流し見して確認していた。

「ああ、それとサブマネ。来週の金曜日、六共にアレ入るみたいなので。ショールーム行くようにマネージャーに伝え、、、、!?」

 1F、CRデビルハウス 108番台のデータを見た時、背中に冷たい何かが走った。


「機械割数 999.999% 」




 


 
 






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