第1話
文字数 1,719文字
8月23日を迎え、予定通り朝8時に起きることができた。
朝食の準備を済ませながら簡単に身支度を整え、携帯とテレビの電源を切る。
よいしょ、と席についたら、昨日と同じ豆腐の味、昨日と同じお茶の味。
そう、ずっと昨日と同じ朝食の味、昨日と同じ食器の色。ここ数年は代わり映えのしない何もかもだ。
写真立ての中で、友達が飼っていた犬が羨ましそうにこっちを見てくる。
人間の食べ物はよくない、と言いつつも、なんだかんだでついついあげてしまうことが多かったなと思い出す。
朝日はすでに眩しくて、外はいつも通り賑やかだ。
どうしよう、出かけようかな。いや、家でのんびりするのも良いな、なんて思いながら、普段よりも少しスローペースで家事をこなす。窓を開ける、食器を片付ける、洗濯物を広げる。
ふと、部屋にゴミが目立つことに気がついて、のろのろとゴミ袋を取りに戻った。それから一つ一つ、紙類をまとめて、ホコリを払って、机を拭き上げる。
空いたペットボトルたちは袋に入れておく。
そういうことを繰り返していたら、いつの間にか昼を過ぎていたから、少し外へ出てみた。
念のためにイヤホンをそっと忍ばせて、家の鍵を閉める。
外はまだまだ夏らしい表情で輝きにあふれて、青々と蒸した景色が熱向こうに揺れて踊る。オデコの方からカカトまで、ぐるりと熱が伝わってくる。帽子を被ってくればよかったな。
いまさら自分の服のしわくちゃ加減が気になって、それでも暑さには耐えられなくて、近くにあった店に逃げ込んだ。ぶわっと涼しくなって、ああ、と溜め息が漏れそうになった。
それでも品揃えの色とりどりさが少し目に痛くて、視線をやや床寄りに向けて店内をうろついてみる。
なにか買って帰ろうかなと思いながらも、なにが欲しいわけでもなく、なにを求めているわけでもなかった。
ペットボトル飲料に手が伸びそうになったけれど、ゴミを増やすなと自分に言い聞かせて、ぼんやりとただただ涼んだ。
店内へ人が行ったり来たりを繰り返すところをただ見るだけでも、面白いものだった。汗が冷えて寒くなってきても、店員と仲良く談笑する客や、店員同士のひっそりとした会話、商品を見比べている客たちを見ている自分がいた。
このゆったりとした賑やかな時間から離れたくなかった。
ふたつみっつ食材を買って、小さな袋を揺らして帰り道。少しだけ涼しくなってきたから、歩きやすさに甘えて、少し遠回りをして横断歩道で信号を待った。
「──青に、なったよ」
どこか遠くの方からそんな声が聞こえたけど、何も聞こえなかったことにした。もう一回、青から赤に切り替わって、赤から青に戻るのを待った。
見慣れた帰路に着く。ひとつ横断歩道を挟んだくらいじゃ、道なんてそうそう変わることは無い。
扉を開けたら、「ただいま」と自分に言ってみて、食材を冷蔵庫へしまう。汗はすっかり乾いていたから、ひと休憩を入れてから、ご飯を先に食べることにした。
気付くと窓は開けっ放しで、心地よい夜の風が外の音を柔らかく運んできてくれていた。
子供たちがきゃいきゃいと賑やかに、大人がそれを危ないよとたしなめて、──もっと遠くの方で救急車が鳴り始めた。
いつの間にか窓を閉めている自分がいた。黙々と席に戻って、朝と同じお茶の味、今日買ったばかりの卵の味、朝と同じ食器の色。
テーブルの向こうで、椅子の上に積み上がったダンボールと目が合う。そういえばこれも片付けなくてはいけない、気を抜くとすぐに物を置いてしまう。
食事を食べ終えて、ダンボールを解体して、食器を洗って、風呂支度を済ませて……本当に良い一日を過ごしたな、としみじみと今日という日を噛み締めた。
布団に入ると思いの外、あっさりと眠気がやってきて、そんなことにもホッと一安心。
いつの間にか、すやり。
──どうやら夢を見たようだけれど、内容は覚えていない。
とりあえず目が覚めて、夢を見たことだけは覚えていて、ぼろぼろと涙が溢れ出した。
8月24日。入れ直し忘れていた携帯の電源をオンにしたら、時刻は7時。いつもと同じ起床時間、いつもと変わらない朝。
涙に歪む画面の向こうで、きみがこっちを見ていた。
朝食の準備を済ませながら簡単に身支度を整え、携帯とテレビの電源を切る。
よいしょ、と席についたら、昨日と同じ豆腐の味、昨日と同じお茶の味。
そう、ずっと昨日と同じ朝食の味、昨日と同じ食器の色。ここ数年は代わり映えのしない何もかもだ。
写真立ての中で、友達が飼っていた犬が羨ましそうにこっちを見てくる。
人間の食べ物はよくない、と言いつつも、なんだかんだでついついあげてしまうことが多かったなと思い出す。
朝日はすでに眩しくて、外はいつも通り賑やかだ。
どうしよう、出かけようかな。いや、家でのんびりするのも良いな、なんて思いながら、普段よりも少しスローペースで家事をこなす。窓を開ける、食器を片付ける、洗濯物を広げる。
ふと、部屋にゴミが目立つことに気がついて、のろのろとゴミ袋を取りに戻った。それから一つ一つ、紙類をまとめて、ホコリを払って、机を拭き上げる。
空いたペットボトルたちは袋に入れておく。
そういうことを繰り返していたら、いつの間にか昼を過ぎていたから、少し外へ出てみた。
念のためにイヤホンをそっと忍ばせて、家の鍵を閉める。
外はまだまだ夏らしい表情で輝きにあふれて、青々と蒸した景色が熱向こうに揺れて踊る。オデコの方からカカトまで、ぐるりと熱が伝わってくる。帽子を被ってくればよかったな。
いまさら自分の服のしわくちゃ加減が気になって、それでも暑さには耐えられなくて、近くにあった店に逃げ込んだ。ぶわっと涼しくなって、ああ、と溜め息が漏れそうになった。
それでも品揃えの色とりどりさが少し目に痛くて、視線をやや床寄りに向けて店内をうろついてみる。
なにか買って帰ろうかなと思いながらも、なにが欲しいわけでもなく、なにを求めているわけでもなかった。
ペットボトル飲料に手が伸びそうになったけれど、ゴミを増やすなと自分に言い聞かせて、ぼんやりとただただ涼んだ。
店内へ人が行ったり来たりを繰り返すところをただ見るだけでも、面白いものだった。汗が冷えて寒くなってきても、店員と仲良く談笑する客や、店員同士のひっそりとした会話、商品を見比べている客たちを見ている自分がいた。
このゆったりとした賑やかな時間から離れたくなかった。
ふたつみっつ食材を買って、小さな袋を揺らして帰り道。少しだけ涼しくなってきたから、歩きやすさに甘えて、少し遠回りをして横断歩道で信号を待った。
「──青に、なったよ」
どこか遠くの方からそんな声が聞こえたけど、何も聞こえなかったことにした。もう一回、青から赤に切り替わって、赤から青に戻るのを待った。
見慣れた帰路に着く。ひとつ横断歩道を挟んだくらいじゃ、道なんてそうそう変わることは無い。
扉を開けたら、「ただいま」と自分に言ってみて、食材を冷蔵庫へしまう。汗はすっかり乾いていたから、ひと休憩を入れてから、ご飯を先に食べることにした。
気付くと窓は開けっ放しで、心地よい夜の風が外の音を柔らかく運んできてくれていた。
子供たちがきゃいきゃいと賑やかに、大人がそれを危ないよとたしなめて、──もっと遠くの方で救急車が鳴り始めた。
いつの間にか窓を閉めている自分がいた。黙々と席に戻って、朝と同じお茶の味、今日買ったばかりの卵の味、朝と同じ食器の色。
テーブルの向こうで、椅子の上に積み上がったダンボールと目が合う。そういえばこれも片付けなくてはいけない、気を抜くとすぐに物を置いてしまう。
食事を食べ終えて、ダンボールを解体して、食器を洗って、風呂支度を済ませて……本当に良い一日を過ごしたな、としみじみと今日という日を噛み締めた。
布団に入ると思いの外、あっさりと眠気がやってきて、そんなことにもホッと一安心。
いつの間にか、すやり。
──どうやら夢を見たようだけれど、内容は覚えていない。
とりあえず目が覚めて、夢を見たことだけは覚えていて、ぼろぼろと涙が溢れ出した。
8月24日。入れ直し忘れていた携帯の電源をオンにしたら、時刻は7時。いつもと同じ起床時間、いつもと変わらない朝。
涙に歪む画面の向こうで、きみがこっちを見ていた。