高倉ナツキ 生徒会長 

文字数 4,259文字

※高倉ナツキの視点

11月の革命記念日から学園の態勢は大きく変わった。
僕は生徒から過半数の支持を得て生徒会長に就任した。

正直嬉しかった。僕はもともと権力欲のないタイプだと思っていたが、
体育館の壇上で全生徒が僕にひれ伏しているのを見ると、
高揚してしまう。あの時の気持ちは言葉では言い表せない。

もっとも、僕は生徒を拷問したり監禁する趣味はないがね。

その時の勢いで側近のミウを副会長に選んだのだが。
はっきり言って間違いだったと思っている。

ミウは怖い。あの日、僕と収容所三号室を訪問した時、
太盛君に「二度と話しかけて来るな」と言われてから
彼女は茫然自失となった。

しばらく人形のように変わり果て、言葉を失い、
それでも学校には来てくれた。
組織委員の仕事を文字通り事務的にこなしてくれた。

彼女は魂の抜け殻だったが、目つきだけは鋭く、血走っていた。
あの時のミウが何を考えていたのかは分からない。
ちょうどその時、ミウは陰で不穏な行動をしていたアナスタシアを
監視した結果、執行部員のカバンに例の設計図を入れているのを発見。

アナスタシアはスパイ容疑で逮捕、監禁、拷問され、
罪を自白したのちに廃人と化した。

ミウの功績は素晴らしかった。生徒会をつぶすための
爆弾テロ計画の全容が明らかになり、
一年生の進学コースの人間は
全員逮捕され、強制収容所に送られた。

大人数を収容するために、
学校の外の敷地に新しい収容所を作ったのだ。

僕は当時の会長のアキラさんから称賛された。
僕がミウをしっかり教育した成果だと。
正直僕は何もしていない。

ミウは自主的に共産主義者となった。

マルクスを中心とした書籍を読み漁り、
資本主義、民主主義の欠陥を理解し、
レーニン、毛沢東、ポルポト、カストロを研究し、
ボリシェビキ(ロシア語で多数派。革命当時の共産主義左派のこと)
として覚醒したのだった。

ミウは副会長に就任してから人が変わった。

「私はただ学園の平和だけを望んでいるの。
 もしあの時、爆破テロが実行されていたら、
 私だけじゃなくてナツキ君にも被害が及ぶよね? 
 だから取り締まりを強化しないと」

「何か考えがあるのかい?」

ミウは、副会長の権限を利用して次の案を出してきた。

『学園の校則』  

第18条  スパイ容疑者の取り締まりについて。
      学内に存在する、外部などの勢力と
      結託した反乱分子をスパイと定義する。

一項  学内にスパイと『思わしき人』がいたら、
    速やかに生徒会(広報諜報委員会)へ通報すること
    
二項  高野ミウ副会長は、独断でスパイ容疑者を
    摘発する権利を有する。
    教員や生徒会内も摘発する対象の範囲内である。

三項  定期的にクラスごとにクラス裁判を行い、
    クラス内にスパイ容疑者がいないか調べること。
    のちに生徒会によってスパイが発見された場合、
    クラス全員が連帯責任で収容所送りになる。


恐ろしい規則だ。二項により、
ミウが気に入らない人は全員逮捕されてしまうのだ。
アナスタシアの例から生徒会まで粛清対象か。

僕は当然この案に難色を示した。
 
「ナツキ君は私がひどい人だと思ってるでしょ?
 さっきも言ったけど、私が望んでいるのは
 みんなが平和に学園生活を送れるようにって、
 ただそれだけだよ」

ミウはどこで覚えたのか、僕の腕を両手で抱えてくる。
彼女の吐息が僕の顔にかかる距離だ。
 
「ねえナツキ君。お願い。私が爆破テロを防いだの
 忘れたの? 私がナツキ君たちの命を救ってあげたんだよ?
 少しくらい私のお願いを聞いてくれてもいいでしょ?」

僕の腕が彼女の胸の感触を味わっていた。
こうやってミウが胸を押し付けると、
僕は理性が飛びそうになってしまう。
ブラジャー越しでも柔らかい感触が伝わってきてしまう。

僕はバカだ。
ミウの提案に首を縦に振ってしまったのだから。

ミウはもう一つ規則(校則)を作った。


第19条 (改定) 革命裁判について

一項  スパイ容疑、並びに反乱分子として逮捕された生徒は、
    一週間以内に裁判所へ出頭せねばならない。
    ただし、尋問室で罪を自白した場合はその限りではない。

二項  裁判では、公平な手続きによって罪が確定する。
    裁判は生徒会主導によって実施される。
    弁護人、検察官、証人は生徒会の許可のもとに選出される。
    『生徒会長と副会長』は裁判官としての地位も兼ねる。

実は18条も19条もアキラ会長の時代から存在したが、
細かいところをミウが書き直している。

裁判や取り締まりにミウの権力が及ぶようにして、
彼女の独裁制を意図的に高めている。

「ハンコ押してくれてありがとね。ナツキ君♪」

ほっぺたにキスまでされてしまった。
以前のミウとは本当に別人だ。
フランスの娘みたいに明るくて積極的だ。

会長の判を押すと、直ちに法律として学内で施行される。
彼女が法を作り、執行部が手を下す。
ミウは自らの手を汚さなくても、
好きなように生徒をおもちゃにできる。

ミウ。これが君の望んでいた学園生活なのか……?



あれから一週間が経過した。季節は冬。
12月の第一週、少し早いクリスマスムードに
世間が浮ついているのが分かる。

「ナツキ君。聞いて。私のお兄様が逮捕されたの」

エリカが会長室に泣きついてきたのを今でも覚えている。
こんなに取り乱す彼女を見たのは初めてだったから
僕も同じように気がおかしくなった。

アキラ前会長がどうして……?
彼は第一線を引いたとはいえ、裏で生徒会を
牛耳ることのできる極めて強い独裁者だったはずだ。

まさかミウが?

「尋問はこっちでやっておくから、
 ナツキ君は心配しなくていいからね?」

ミウに笑顔でそう言われ、僕は何も言い返せなかった。
彼女の話によると、アキラ元会長は、
二重スパイだったアナスタシアの実の兄と言うことで
連帯責任(スパイ容疑)がかかり、逮捕状が出されたのだ。

「あなた、なんてことしたの……」

「怖い顔してどうしたのエリカ?」

「どうしたのじゃないわ。お兄様は今どこにいるの?」

「下だよ」

「した……?」

「うん。地下」

アキラさんは、地下の尋問室で監禁され、拷問されたらしい。
彼に罪を自白させるために、手の爪を全部はいでから
ペンチで歯をすべて引き抜いた。それだけで飽き足らず、
天井から逆さづりにして水槽の中に顔を突っ込ませた。

二時間にも及ぶ拷問をしたようだ。

罪人の自白がなければ粛清できない。
ミウは、逮捕できれ誰でも良かったのだ。
現行犯でなくとも、彼女が『気に入らない』と
思った人は全員あの場所へ送られるのだ。

『地下』へ

「あぁ……うわぁぁぁぁ。あなたは悪魔よ。
 この人でなし……。うぅぅぅぅ。ううっ」

エリカが床に座り込んで大泣きしていた。

「お姉ちゃんだけでなく、お兄様まで……うそでしょ……」

ミウは、そんなエリカの様子を黙って見つめていた。
しかし急に何かを思いついたように表情が険しくなった。

「その顔」

「え」

「あんたのその顔。気に入らない」

ミウはエリカの髪の毛をむしるように掴み、
限界まで引っ張り上げた。

「いやぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁあぁ。
 やめて。いたぃぃ! 髪が抜けちゃうわ!!

「なら謝りなさいよ。今私を、化物を見るような目でみたでしょ。
 ああいうの、一番ムカつくの。だから謝って。ほら早く」

「ごめんなさい!! ミウ様ごめんなさい!! 
 もう二度と逆らわないから許してください!!

ぱっ、と手を離すと、エリカが床に倒れてぐったりとした。
美しい顔が涙と鼻水で濡れている。

これだけの暴力を受けて相手を恨まないわけがない。
エリカが一瞬だけミウをにらもうと顔を上げようとしたが、
すぐに思いとどまったようだ。

「見苦しいところを見せちゃってごめんね、ナツキ君?」

「い、いや。別に」

僕の手はきっと震えていたことだろう。
ミウから発せられる負のオーラに圧倒された。

なぜ、彼女がこんなに冷酷な人間に。
あの橘エリカでさえ一瞬のうちに
屈服してしまうほどの力を持っているのだ。

権力が彼女の横暴を許している。

「ほらほら。エリカもナツキ会長に謝りなさいよ。
 汚い顔と汚い悲鳴を聞かせちゃってごめんなさいって。
 言うこと聞かないと、もっときつめのお仕置きしてあげるけど」

事務的で低い声。おまけに無表情で言うものだから、
エリカを恐怖の底まで追い詰めてしまった。

「う……ミ、ミウ様、どうかお慈悲を」

「許さないよ。許すわけないでしょ。
 それと命乞いとかやめて。笑っちゃうから。
 早くナツキ君に謝りなさい」

「両手の爪の間に針を刺してあげようか?
 最後まで正気を保てればいいけど。
 片方の手だけでみんな発狂しちゃうんだよね」

楽しそうに話すミウに、エリカはついに観念したようだ

「ナツキ君。ごめんなさい。本当にごめんなさい」

「いいよ。顔を上げてくれ」

「ナツキ様ぁ。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

「いいってば、僕は君に恨みはないよ。
 早く教室に帰りなさい。午後の授業があるんだろ?」

「えっ、で、でもミウ様が」

ミウの機嫌を伺うエリカ。以前とは全く立場が逆転してる。
それにしても、ミウ様……か。

「会長のお許しが出て良かったね。エリカ」

一転して笑顔になるミウ。
そうやって笑っていたら誰よりも美しいのに。

「Well… Go back to your class, right now.」
(すぐ自分のクラスに行けば?)

「は……」

急に英語で言われたら誰だってそうなるよな。
ミウが英語を話し始めるのはいつだって唐突だ。

外国育ちの僕でなければ即答できないよ。
もっともエリカの祖先も旧ソ連だけど。

「Damm!!! Hurry up !!! You basterd !!!!!」

この、のろま。早く行けよと言われたようだね。
腹の底から出した怒鳴り声だ。とても女性の声とは思えない。
さすが本場、英国育ち。耳に突き刺さるほどのすごい声量だね。

エリカはすごい速さで会長室を飛び出していった。

あとでエリカに僕から謝っておくか。
彼女だって兄と姉が粛清されて辛いだろうに。

生徒達の悩みや心の痛みを分かってあげるのが
本来の生徒会の役割ではなかったのか。

ミウ。無抵抗の生徒を力で従わせて良心が痛むことはないのか?

ミウを副会長に選んだのは僕だ。責任は僕にある。
なんとかしてミウの暴走を止めないといけない。
だが、会長の僕ですらミウを操作することはできないんだ。

最後に皮肉を込めて英語で言っておくか。

It’s impossible to handle her…
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