第9話

文字数 454文字

 ところがてっきり席を移ってしまうものだと思ったその人は、テーブルの横に立つと、「すみません、ご一緒してもよろしいですか?」とあらためて丁寧に美沙子にたずねたのだ。

 美沙子はまた驚いて、その男の人をたっぷり1分ほどは見つめていたので、店の他のお客さんもこちらを気にして、チラチラと視線を走らせてきた。注目を浴びていることに気が付き、美沙子は「どうぞ…」と、小さな声で言ってしまった。

(新手のナンパかな? そういえば、私の注文をなぜこの人は知っていたのかしら……?)

 美沙子は、なぜかそのことがとても大事なことのような気がした。

「ランチセットの、クラブハウスサンドイッチと珈琲、木苺のシャーベットをください。」

 席に座ると、その人は店員さんを呼び寄せ、自分の注文を済ませた。それから美沙子に話しかけてきた。

「あのね、僕が追われているというのは嘘です。そう言えば同席を許してもらえるんじゃないかと思ったので。だから僕は人に追われるような事はしていないので、安心してください」とその人は言って、名前を(あまね)と名乗った。
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