第2話

文字数 2,179文字

「あぁもう嫌だ・・・疲れた・・・もう誰も信じる事ができない。」
私はこれから自殺しようと思う。わざと赤信号で横断歩道を渡って、車に轢かれて死のうと思っている。自分の首を吊ったり、練炭を使って一酸化炭素中毒になって死のうと最初は思ったが、私にはそんな勇気はなかった。そこで自分で死ぬのではなく、他人に殺してもらう形で自殺しようと思い、今死に場所に向かっている。私を轢く事になる人は気の毒な事この上なく、非常に申し訳ないと思う。しかし責めるなら、私ではなく私を自殺しようと思わせたあいつ等だと私は思う。
やっと死に場所に着いた。この横断歩道がある所の近くには花屋さんがあり、私にとって思い出の場所である。そしてこの思い出の場所で死ぬ事は私をここまで追い詰めたあいつ等への復習にもなるのだ。
 もう深夜の時間だったので、車が全く通っておらず、私は横断歩道で待ちぼうけしていた。横断歩道の前で5分程待っていると、一台の大型トラックが走ってきた。こんな深夜でも仕事のために懸命に車を走らせている運転手には本当に申し訳ないと思う。しかし、大型トラックに轢かれるのだから何の苦しみも感じず即死できるだろう。私はあのトラックに轢かれて死ぬ事にした。歩行者側の信号は赤信号だったが、私は横断歩道をフラフラと歩き始めた。トラックの運転手は道路に歩き出た私に気づき大きなクラクションを鳴らしたが、私はそのまま道のど真ん中で突っ立って、トラックと衝突するのを待った。トラックの大きなライトに照らされ、巨大な車体が近づいてきてどんどん大きくなって来ている中、私は
「やっぱり怖い・・・死ぬのは嫌だ。お母さん一人にしてごめんなさい。」
と、今更どうしようもできない深い後悔の念が心の底から湧きあがった。そして、トラックの車体は私の目と鼻の先まで迫っていた。
「ああ・・・もうダメだ。」
と私が思ったとき、目の前に大型トラックがクラクションを鳴らしながら走り去っていくのが見えた。そして、私が死ぬために渡った横断歩道が目の前にはあった。私は何が起こったのか分からず呆然としていたところ、後ろから声をかけられた。
「大丈夫ですか?あなたが何を思って自殺しようとしたのかは分かりませんが、死ぬのはまだ早いと思いますよ。」
私が後ろを振り向くと、男が立っていた。男は背が高く、顔も非常に整っていた。さらに身に着けている服やアクセサリーなんかもどこのブランドのものかは分からなかったがどれも非常に高級そうなものばかりで、誰がどう見ても「イイ男」だった。
「えっと、何が起こったのかは私にも分からないんですけど、私はあなたに助けてもらったのでしょうか?一体どうやって?」
「いかにも僕があなたを助けました。方法は企業秘密です」
男は微笑みながら、そう答えた。私はどうやって助けたのかを一番知りたかったが、どうやら彼は私に答えるつもりはないらしい。
「僕の名前はファウストといいます。あなたの名前を教えてくれませんか?」
男はさわやかに自分の名前を語り、私の名前を聞いてきた。
「金花茉莉と申します。助けて頂きありがとうございます。」
私は丁寧に、自分の名前を教えた。正直、やっぱりこの状況に理解が追いついていない。
「その様子だと、気持ちは落ち着いているようですね。普通自殺志願者は自殺を阻止すると、気が動転して暴れるんですけど、茉莉さんはもう自殺する気は無くなった感じですか?それとも今の不思議な状況に理解が追いついていなくて混乱している感じですか?」
「ええ、どちらもあります。死ぬ直前に母の事を考えて、急に死ぬのが怖くなりましたし、今の摩訶不思議な状況が全く理解できません。」
「まぁ、無理もないです。でもやっぱり助けた方法は教える事はできません。」
ファウストさんは再び、微笑みながら答えた。
「ところで、何で、自殺しようと思ったんですか?デリカシーのない質問で申し訳ないんですけど、今落ち着いているみたいですし、良かったら私に話してくれませんか?」
「本当にデリカシーのない質問ですね。でも聞いてもらっていいんですか?」
「もちろんです。僕に話せる事なら、なんでも話してください。もしかしたら茉莉さんの力になれるかもしれません」
ファウストさんは真剣な眼差しで私の目をみて、はっきりと答えてくれた。私はさっきまで死ぬ事ばかり考えていたが、今は「死にたい」という思いは無くなり、代わりに「ときめき」という感情だけが心の中を支配している。
「じゃあ、せっかくですし聞いていただけませんか、私が思い悩んだ事をすべて」
「はい、僕で良ければいつまでも。でもここで積もり積もった話をするのはなんですし、僕の事務所で話をしましょう。」
「私の事務所」という事はファウストさんはどこかの会社の経営者なのだろうか?それなら服装やアクセサリーが高級そうなのに説明がつく。私は自殺を決意してここに来て本当に良かったと思った。だってこんな「イイ男」に出会えたのだから。
「はい、分かりました。そこで話しましょう。」
「では、事務所まで案内しますね、ついてきてください。」
ファウストさんは青信号に変わった横断歩道を歩き始め、私もそれについていく。さっきまで人生のどん詰まりに陥っていたが、この人との出会いは私の人生が大きく前に進むきっかけになるのではないかと私は思った。
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