国を護った人・田單  (下)

文字数 1,591文字

 田單(でんたん)は畳み掛けます。さらに神託を出しました。

 「神曰く、私は燕の者どもが、わが城の外にある塚や墓を掘り、私の力を弱めるのを恐れる。考えただけで寒気がする」

 燕人たちは真に受けます。齊の聖域や、先祖の墓を次々に余すところなく掘り起し、先祖の死体を焼いて、辱めました。

 ここまでやればやり過ぎです。燕の人たちも、即墨(そくぼく)が落ちないのに困っていたのでしょうか。

 この燕軍の暴行、愚行、無道の沙汰を即墨の人たちは城壁の上から眺めていました。火がともり、煙が上がるのをどのような気持ちで眺めていたでしょう。皆涙を流しました。城壁を飛び出して戦おうとし、止められるものもいました。齊人たちの怒りは抑えられないほど高まったのです。

 そして楽毅が去りました、戦意は抑えられないほど高まっています。田單はついに城を出て闘いを仕掛けることを決意します。田單自らともに道具をとって仕掛けを作り、工作に精を出しました。即墨の人たちは、女子供も兵隊たちに交じって作業に励みました。そして今ある食べ物をすべて出して饗応(きょうおう)を行い、最後の別れを誓いました。そして即墨、最後の戦いが始まりました。

 ある夕暮れ、いや、もう夜だったかもしれません。

 まず城壁に老人や、傷病兵や、女や、子供たちが現れ、たいまつをつけ、旗を持った使者が燕軍に向かって歩み始めました。

 燕軍は炎を見て万歳(ばんざい)を称し始めます。三年にも及ぶ長い戦いがようやく終わろうとするのです。気持ちにゆるみが生まれていました。しかし、その使者の背後には、屈強な兵士・五千人が伏せて田單の合図を待っていたのです。

 燕軍はその使者が、降伏の使者だということをあらかじめ確信していました。なぜなら田單が城中の富豪に使者を出してもらい、千鎰(せんいつ)という大金の賄賂(わいろ)を使って燕軍のある将に、「齊軍はもうすぐ降伏する、お願いですから我が家の者たちに手を出さないでください」と伝えさせておいたからです。燕軍が大喜びしていたのも無理はありません。燕軍は油断しきっていました。

 田單は用意をしていました。城内の牛をかき集め、千余りを得ました。高価な絹の布も集めて色を赤く染め、それに鮮やかな模様を描いて牛を覆いました。燕軍にその正体を知らせないためです。さらにその角に刃をくくりつけます。そして油を注いでおいた(あし)の束を尻尾に括り付けておき、火をつけたのです。

 もともと城壁には、みんなが工作して作られた隠し穴が数十か所も設けられていました。田單やその部下や、民衆皆が協力して作ったものです。その穴から、尻尾に火がついた牛たちが放たれました。

 この時点ではもう夜になっていたようです。猛り狂う牛たちは燕の軍に突入し、その戦車部隊たちを大混乱に陥れました。そしてその背後に屈強な兵士たちが続きました。目指すは大将・騎劫(ききょう)の首です。

 牛は尾っぽが熱くなり、怒りに満ちて突撃してきます。また鮮やかな衣装をまとっていて、夜に映えるので、その本体を知ることができません。角に括り付けられた刃は人や馬を傷つけ、大きな損害と、混乱を巻き起こしました。

 城内では大きなどらや銅でできたすべてのものを家から持ちだして叩いて大きな音をだし、みんなが大声を出していました。その声は天地をふるわせたと伝えられています。

 燕軍は田單の奇襲についに敗走しました。大将の騎劫は田單の策に敗れ、口に板を噛んで、物音を押し殺した徒歩の兵士たちに殺されました。大将を奪われた軍隊は壊滅し、燕軍は敗走を始めました。齊の国が反撃に転じた瞬間でした。

 田單の率いる齊軍が勝利したことは、瞬く間に周りに伝わりました。次々と城が燕から寝返り、田單の軍は兵を増していきました。そして燕の軍をついには北に追い払い、燕に奪われていた七十余城はすべて取り返されたのでした。

 田單は王子を迎え、齊の再興を果たしました。田單によって、齊は復活したのです。
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