4-5

文字数 847文字

 視界が反転したというのはつまり、俺の視界には天井が広がっていて、至極近いところに汰瀬の顔があるということだ。
 早く退けさせようとしたところに、汰瀬は俺の唇を食むように重ねてきた。それを何度も、角度を変えてしてくるために呼吸のペースも狂わされて苦しくなる。何より気色悪いという感情が先行した。
 少し唇を離したタイミングで、俺は汰瀬の膝を思いっきり蹴った。体勢を少しあげた時に手で押しやって、俺は体を起こした。
「新嶋ともしたの? こういうの」
「ふざけんな」
「ふざけてない」
 大きくもない声が、痛く耳に響いた。それからやってきた静けさは、母が包丁を鳴らす音を拾い上げている。
「じゃあなんだよ。馬鹿にしたいのか?」
「違う」
「俺が新嶋に虐められてるところを見たかったか? 期待した通りにならなくて、むかついたか?」
「違う」
「ああ、掃除のとき永冨と言い合いになってたのは俺が楽しそうにしてる相手だったからか? それで仲間割れさせて俺をひとりぼっちにしたかったか?」
「いま関係ないだろ」
 言葉を続けるほど、汰瀬の目付きが鋭くなる。それを見て俺は饒舌になっていく気がした。そこにある高揚感が肥大すると共に、自分の過去を抉っているようだった。
「じゃあ、何?」
「好きだから」
 その視線は、新嶋が向けたものと同じだった。
「よせよ、そんなこと」
「本当だ、本当なんだよ」
 じりじりと迫ってくる汰瀬から一定の距離を保ちながらドアを開け、階段を下って家を出た。散々だ。そう思って当然だろう。
 暫く走ると、肩の関節が痛み始める。全く運動しないおかげで、既に足がつりそうになっている。汰瀬に追いつかけれる未来が目に見えていた。
「え? なにしてんの」
 十字路を曲がろうとしたとき、学校帰りの中島が歩いていた。咄嗟に口を動かす。
「悪い、家どこ?」
 中島は怪訝な顔をしたが、「すぐそこだけど、なんかやったの?」と取り合ってくれたことが救いだった。
「追われてる」
 何か合点が言ったかのような顔をし、家に案内してくれることになった。
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