第11話

文字数 2,006文字

 「友達ができなくて辛いの。学校に行っても授業のレベルが高くてついていけないし、分からないことがあっても一緒に勉強し合う友達がいないから居場所がないの」
 「そうだったの。居場所がないって辛いよね。」
 私も大学内で友達がなかなか出来なかったので気持ちは分かった。私の場合は嘆いていてもしょうがなくて、結局は時間が解決してくれた。学年が上がって模試を受け始めると、結果の点数に応じてゼミ決めという名のレベル分けをされた。
 ゼミの中で点数を競い合えるライバルができたり、親の愚痴を言い合えたりする子ができた。占い師が私の進路を決め、そこに進学したことを初めこそ後悔したものの、どのように学生生活を過ごすかは私の自由であった。進路を自らの意志で決めなかったことを、妹も同じように後悔していた。引きこもってしまった妹のことを、母親は全く相手にしていなかった。


 妹はその後も学校に行けずに時間だけが過ぎて行った。私との交流もなくなった。妹は世界と繋がれるオンラインゲームを通じて、中学時代の友人と毎夜の如くゲームを楽しんでいた。
 我が家は壁が薄いので、笑ったり怒ったりするとほぼ筒抜けであった。別にゲームをすることが悪い訳じゃない。だが、深夜の2時過ぎにギャハハと大声で笑う声が聞こえ、時には壁を激しく叩く音が頻発するのは我慢できなかった。
 ドアをノックしても返事はなかったが、大声で笑う声は聞こえた。
 「失礼、入るよ。もう夜遅いし、ご近所迷惑だからもう少し静かにできる?」
 「え、マジで?それはないわ。アハハハ!……あ、ちょっと待ってて。何?入ってくんならノックしてよ」
 「ちゃんとしたよ。電話中にごめんね。もう夜遅いし、少し静かにしてくれないかな」
 「は?うるせぇな。耳栓でもして寝ればいいじゃん。」
 「イヤフォン付けてても、あなたの声筒抜けなんだってば。かなり音も響いているから近所迷惑だよ」
 「チッ。うるせぇなマジで。邪魔すんなよ」
 ゲームで覚えたのだろうか、母親の影響なのか、明らかに口調が悪くなっていた。イヤフォンをしていても声が聞こえ、壁や床をドンドンと振動するのは本当に苦痛だった。ゲームで勝てば飛び跳ねて喜び、負ければ床や壁を叩く。手で叩くと痛かったのか、ヘアアイロンのコテや身近な物で壁を叩いていた。壁には穴が開き、照明器具にはヒビが入っていた。元父や母親の面影を感じた。結局その日は私への嫌がらせかのように、夜通し罵詈雑言とドスンドスンとした振動が続いた。

 母親ももちろん黙っていなかった。通話中の妹の部屋に突然入り込んで「てめぇ!うるせぇって言ってんだろ!」と怒鳴り込んだ。通話を慌てて切ったか、繋がっていたのかは分からないが、妹は深く傷付いていた。放心状態だった。きっとこんな母親がいると友達に知られたのが恥ずかしかったのだろう。そんなことがほぼ毎日続いた。妹の悪行の日々を、母親は私に愚痴った。私も妹のせいで眠れなくて参っていたので、妹を嫌う連帯感が生まれていた。まるで家庭内でいじめが起きていたかのようだった。


 何度も。何度も何度も何度も。今日も。今日も今日もまた今日もどうせ今日もうるさい。ただでさえ寝不足な私はさらに眠れず、些細な音にも敏感に反応するようになっていた。思春期特有の、甲高くキャンキャンとした声。正直きつかった。耳栓をしたり、好きな動画を観たりして誤魔化していたけど、それはもう本当に気になって眠れなかった。日々の母親からの愚痴を聞き、妹は悪だと思い込んでいた。加えて、妹の夜中騒ぎ続ける声。神経質になっていたのだろう。妹の部屋にノックもせず怒鳴り込んだ。
 「うるさいって言ってんじゃん!眠れないんだよ!あんたのせいで!」
 「はぁ?マジでしつけぇな!あたしの部屋なんだから好きにしていいだろ!指図すんな」
 我慢の限界だった。自分の中の何かが切れた。まず、ゲームのコンセントを抜いた。すると妹がキレ散らかし、怒鳴りこんできたが、妹の真似をして聞こえないフリをした。
 すると、騒ぎを聞きつけて母親がやってきた。母親は大声で何かを叫ぶと妹の部屋を荒らし、壁を叩き、床を蹴り、机を蹴り、ベッドを蹴った。窓からバッグやら学校のジャージやらを投げ捨てると、妹は金切り声を上げた。私はというと、怒るのってエネルギー使うのに、よくそこまで怒ることができるなぁとぼんやり考えていた。しばらくそうしていたのか、一瞬の出来事だったのか覚えてないけど、義理父は母親にお前も来いと言われたのか、のそのそとやってきた。義理父がやってきても何も解決するわけではなかった。威厳なんかこれっぽっちもなかったから。
 「てめぇ、次同じことやったら家でてけ!分かったな!」
 母親はそう吐き捨てると、義理父とともに寝室へ向かった。荒らしが過ぎ去ったかのような妹の部屋には、照明の光のもとで立ち尽くす妹の姿だけがあった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み